ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百五十九話:エルフの里の生活革命、あるいは「時間」の贈り物

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 聖域での「種蒔き」を終え、泥にまみれたエルフ使節団と共に里へ戻る頃には、エルフの森を包む夜は、かつてのような「死の静寂」ではなく、どこか期待に満ちた柔らかな闇へと姿を変えていた。
 だが、里の中心にある石造りの広場に辿り着いた俺――ルークス・グルトの目に飛び込んできたのは、相変わらずの、あまりにも「非効率的」で「ブラック」な、停滞したエルフたちの日常だった。

 凍えるような井戸水を重い桶(おけ)で何度も往復して運び、赤く腫れた指先で、皮が剥けるほど擦りながら洗濯物を洗う女性たち。
 明かりを確保するために、貴重な魔力を神経質に削りながら、暗い精霊石を灯し続ける老人たち。
 伝統という名の美しい枷(かせ)に縛られ、彼らは「生きることそのもの」の維持のために、一日という有限の時間の大部分を無慈悲に搾取されていた。

(……なるほど。伝統を守るために不便を強いる。それは、前世の『昔からの慣習だから』という理由だけで、効率化を拒み、無意味な手書き書類と残業を強要する老害上司の論理と同じだ。そんな生存のための雑務に時間を奪われていたら、新しい循環(アイデア)も、心の余裕(スローライフ)なんて生まれるはずがない)

 俺の中の経理担当者が、彼らの「生存コスト」の無駄を瞬時に計算し、不快な音を立てて算盤を弾き始める。
 俺は、泥だらけの顔を洗うことすら忘れ、ただ生存のために摩耗している同胞たちを見て立ち尽くしているセレナを振り返った。

「セレナさん。……皆さんは、聖樹を救うために一生懸命『祈る時間』が欲しいんですよね? 聖樹と対話し、森の未来を想う時間が」

「……あ、ああ。そうだ、ルークス。だが、今の我らは日々の糧を得、寒さを凌ぐだけで精一杯で、心静かに祈る余裕すら失いつつある……。皮肉なことにな」

「なら、その『時間』、俺が作ってあげますよ。……ポイント、いや、『投資家』のやり方で、最も効率的なインフラ整備といきましょう」

---

 俺は広場の中央に立つと、七万ポイントを超える潤沢な残高を示すウィンドウを、かつてないほど大胆に操作した。

【アイテム:大規模魔力駆動・浄水給湯システム:15,000pt】
【アイテム:里全体用・高輝度魔力街灯:8,000pt】
【アイテム:共同炊事場用・大型魔力冷蔵・冷凍庫:10,000pt】
【保有ポイント:74,750pt → 41,750pt】

 三万三千ポイント。日本円にして三億円を超える、過去最大規模の「生活インフラ一括投資」。
 俺がボタンを叩いた刹那、里の光景が、まるで別の世界のレイヤーを重ねたかのように書き換えられていった。
 広場の隅、石造りの冷え切った水汲み場に、突如として銀色に輝く巨大な魔導装置――浄水タンクと熱交換器の複合体が出現し、里の主要な街道には、柔らかな月光のような光を放つ街灯が等間隔に並び立った。

「な、何だこれは!? 空から光の柱が降ってきたのか!?」
「水が……水が温かい! 湯気が立っているわ! 聖なる泉が、冬の前に目覚めたの!?」

 里中に響き渡る驚愕の悲鳴。セレナもまた、温かいお湯が絶え間なく溢れ出す蛇口を、信じられないものを見るような目で見つめていた。その震える指先がお湯に触れた瞬間、彼女の表情から長年の強張りがふっと解けた。

「ルークス……これは、一体何の魔法だ? これでは、我らが重んじてきた『苦難に耐え、精神を研ぎ澄ます美徳』が……」

「セレナさん、勘違いしないでください。道具に頼ることは、魂の堕落じゃありません」

 俺は、冷徹な分析官の目と、十歳の少年の穏やかな声を混ぜ合わせて、彼女の目を見据えて告げた。

「井戸から水を汲むのに三十分、火を熾すのに十分。この一時間を、お湯が出る蛇口が五秒に変える。浮いた五十五分で、あなたたちは、より深く聖樹と対話し、より丁寧に、今日植えた種を慈しむことができる。……『道具』は、あなたたちの堕落を招くものではない。あなたたちの最も大切な『心』を守るための盾なんです」

 ルークスの言葉に、セレナは衝撃を受けたように絶句した。
 伝統を守るために、不毛な不便に耐えるのではない。不便を解消するからこそ、伝統の核にある「本当に守るべきもの」に全霊を捧げられる。それは、前世のブラック環境で死ぬ思いでシステム化に成功し、ようやく「自分自身の時間」を手に入れたルークスだからこそ語れる、重みのある哲学だった。

---

「……さて。生存のための時間が浮いたなら、次は『栄養』の補給、そして生命の祝祭ですね」

 俺は共同炊事場に設置したばかりの巨大な冷蔵庫から、ポイントで召喚しておいた『最高級・霜降り鹿肉(3,000pt)』と『秘伝の熟成醤油ベースだれ(500pt)』を取り出した。
 エルフたちが普段、義務のように食べている味気ない干し肉や、薄い野菜スープではない。
 魔力で精密に温度管理された鉄板の上で、分厚い肉が焼き上がる暴力的なまでの香ばしい匂いが、里の清涼な夜風に乗って瞬く間に広がっていく。

「……フェン、お待たせ。今日は特別に最高ランクの部位だ」

「クハッ! 待ちわびたぞ、主よ! これだ、この滴る脂の匂いと鉄板の叫びこそが、生命の祝祭にふさわしい響きだ!」

 フェンが咆哮し、里のエルフたちが、その抗いがたい芳香に誘われるように一人、また一人と集まってくる。
 ジューッ! という肉の焼ける官能的な音が、彼らの食欲という名の、数百年眠らされていた生存本能を叩き起こした。
 ルークスが提供する「未知の美食」と「文明の利便性」。
 それは、誇り高きエルフの里を、一晩にして「リーフ村流」の圧倒的な幸福感で塗り替えていく、最も平和でえげつない「生活革命」の始まりだった。

---


【読者へのメッセージ】
第百五十九話をお読みいただき、ありがとうございます!
ルークスによる大規模な「インフラ投資」と、道具に対する哲学。「便利になることは、大切なことに時間を使うため」。この言葉が、不便を美徳としてきたエルフたちの心に、温かいお湯のように染み込んでいく描写に力を込めました。
そして、ついに始まる「肉の祝宴」。本来は草食的なイメージの強いエルフたちが、ルークスの焼く肉の暴力的な旨味にどう屈服するのか……。

次回、エルフの里、陥落(胃袋的に)!?
肉の旨味と利便性の快楽に、長年枯れていたエルフたちがどう目覚めていくのか、ご期待ください。
「お湯が出る幸せ、わかる!」「ルークスの説得がカッコいい」という方は、ぜひ評価やブックマークで応援をよろしくお願いします!
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