初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉

濘-NEI-

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 色んな物件を眺めながら、どんな街なのか別のページを開いて環境を調べていると、置きっぱなしになっていたバッグの中でスマホが震える音がした。
「長いな。電話かな」
 バッグを手繰り寄せてスマホを取り出すと、画面に表示された 斉藤さいとう 菜穂子なほこの文字に、そういえば美咲の結婚で引っ越しが確定したことを従姉妹に相談したのを思い出した。
「もしもーし。菜穂ちゃん、やっほ」
『はいはい、やっほ。メッセージ見たよ』
「わざわざ電話くれたの」
『あ、今大丈夫だった? 』
「平気。でもメッセージで良かったのに」
『だって電話の方が早いかと思って。メッセージでダラダラやり取りするの嫌いなんだよね、知ってるでしょ』
「分かってる」
 菜穂ちゃんは母方の従姉妹の中でも、一回りほど歳が離れた三児の母で、私にとっては昔から頼りになるお姉ちゃんだ。
 美咲の結婚が決まり、ルームシェアが解除されることになって、真っ先に相談相手として頭に浮かんだのが菜穂ちゃんだった。
『おめでたい話だけど、引っ越しとなると大変ね』
「そうなんだよ、急な話でさ。親にも愚痴れなくて」
『叔母ちゃんたちなら、確かに家に帰ってこいって言いそう』
「でしょ」
 夕飯の途中だと断りを入れて、ご飯が冷めてしまわないうちに頬張りながら電話の受け答えをすると、菜穂ちゃんは一通りの世間話を済ませてから、本題を思い出したと言った。
『私の昔馴染みにさ、心当たりがあるんだけど』
「は? なんの」
『家よ、家。引っ越し先』
「引っ越し先って私の?」
『他に誰の話すんのよ。広い家なんだけど、仕事が忙しくてほとんど家に帰れてないみたいでね。とにかく、部屋がもったいないって話をしててね。行く宛がないなら聞いてみようか』
「え。まさか、菜穂ちゃんの知り合いの家で厄介になれってこと」
『だって今の家に住み続けらんないんでしょ。あの家ならルームシェアみたいに気を遣わなくて済むわ。めちゃくちゃ広くて度肝抜かすわよ』
「でも」
『私の馴染みよ? 信頼出来る人間だから安心して』
 そうは言っても、相手がどんな人かも分からないのに、菜穂ちゃんはいつもの少し強引すぎるほどのペースで話を進めていく。
『今メッセージ送った』
「え、誰に。まさかその昔馴染みの人に?」
『うん。あ、返信来た。OKだって』
「いや、OKって言われても」
『そんな高い部屋、悩んでる時間ないでしょ。新婚で子どもも産まれるとなると、何かと入り用なんだから。相手の子に家賃を負担させ続けて、良い部屋が見つかるとも限らないでしょ』
「それはそうなんだけど」
『先方はいつでも大丈夫って言ってるし、さっさとそこ、退去しちゃいなさい』
「いや、急すぎるよ」
『香澄、こういうことはね、即断即決した方がいいのよ。それで、引っ越してからゆっくり部屋探せば良いのよ』
「でも菜穂ちゃん」
『ああ、ごめん。 桃乃もものがグズり始めた。とにかく、先方の連絡先と住所は後で送っとくから、すぐに引っ越しなさいよ。案外楽しくやっていけると思うわよ』
 スピーカーの向こうから子どもたちの騒ぐ声が聞こえると、じゃあねと言い残して電話は一方的に切れた。
「楽しくやっていけるって言われても」
 虚しい機械音になった電話を切ると、テーブルにスマホを置いて、残り僅かになった冷えたご飯を平らげる。
 菜穂ちゃんだって、私の相手が嫌で適当なことを言ってる訳じゃないのは分かってる。
 だけど、いくら菜穂ちゃんの知り合いだからって、部屋空いてるらしいですねなんて、軽々しくお世話になることなんて出来ないのは、私の中では常識的な判断だと思う。
「断るにしても、ちゃんと部屋を見付けないとな」
 タブレットをタップして、改めて住宅情報サイトを眺めてみるものの、数十分で優良物件の情報が更新されるはずもなく、虚しい溜め息だけが部屋に響く。
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