病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

文字の大きさ
68 / 139
本編

二十一歳⑫

しおりを挟む
 フラムアーク率いる連合軍はカルロ率いる“比類なき双剣アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド”の軍勢をイズーリの丘陵地帯にて退け、人的被害をほとんど出すことなく勝利を収めた。

 この戦いにおけるスレンツェの功績は突出していて、彼の活躍により短期決戦に持ち込めたことが勝利に大きく影響を及ぼした。その戦いぶりを目の当たりにした兵士達は戦闘前とは明らかにスレンツェを見る目が変わり、畏敬いけいの念を込めた眼差しを送るようになっていた。

 特筆すべきは、スレンツェは驚異的な単騎駆けで敵陣の奥深くまで到達していたにも関わらず、彼自身は敵側に一人の死者も与えていなかったということだ。スレンツェが斬り開いた道を追って彼の救出に向かった兵士達の証言によれば、薙がれて負傷した人馬はまるで道標のように連なっていたものの、死体が転がっている様は目にしなかったという。

 実際、戦闘後に兵士達が戦場を見回った際には、スレンツェが駆け抜けた周辺に遺体は見当たらなかったそうだ。戦場跡に置き去りにされた遺体そのものが、この規模の戦闘があったとは思えないほど少なかったらしい。

 とはいえ、こちらも全く死者を出さずに済んだわけではなく、残念ながら幾ばくかの尊い生命が失われてしまった。

 私は負傷者達の手当てに追われながら、救護所の片隅に布をかけた状態で並べられた自軍の兵士達の遺体を視界の端に捉え、その事実に胸を痛めた。

 相手側の兵士の遺体はフラムアークの命により丘陵地の一角に集められ、後ほど荼毘だびに付されるそうだ。

 スレンツェもフラムアークも無事で良かったけれど、亡くなった彼らにだってそう願う相手はいただろうに……それを思うと、やりきれない気持ちになる。

 こんな戦いが起こらなければいい。もう、二度と。

 そんな思いを噛みしめていた時、本陣の方がにわかに騒がしくなった。人の流れがそちらへと集まり始め、救護所にいる負傷兵達も何事かと首を巡らせて、歩ける者はそちらへと移動を始める。

「何かあったんでしょうか……?」

 私の治療を受けていた兵士がそう言って、そわそわと周囲を見渡した。

「そうみたいね―――はい、包帯を巻き終えたから見に行って来ていいわよ。ただし走らないようにね」
「はい。ありがとうございます」

 一礼してそちらへ向かった彼と入れ替わるようにして、本陣の方からエレオラがやって来た。

「ユーファさん、お忙しいところすみません。私も診ていただけますか」
「エレオラ! 怪我をしたの!?」

 現れた彼女の姿に私は目を瞠った。止血用の端切れを巻いたエレオラの左肩は、乾いた血で赤黒く汚れている。

「大した傷ではないんです。もう血も止まっているようですし……ただ、ユーファさんに診てもらうようスレンツェ様から勧められたものですから」
「化膿したら大変だもの、診せて。きちんと手当てしないとダメよ。さあこっちへ」

 私は人目を憚らず手当て出来るよう、重傷者の治療用に設置してあった天幕の中へとエレオラを招き入れた。

「相手の剣を受け止め切れなくて……こんなことではいけませんね、もっと鍛えて強い筋力を手に入れなければ」

 上衣を脱いだエレオラは気丈にそう言ったけれど、兵士達の屈強な肉体を見た後では彼女の線の細さが余計に際立った。さほど深い傷ではなかったものの、華奢きゃしゃな肩に横たわる赤黒い刃の痕は痛々しく、より凶悪なもののように映る。

 この傷は、もしかしたらうっすらと残ってしまうかもしれない。

「……あなたが無事で良かったわ。本当に」

 色々な感情を飲み込みながら、私はそう呟いた。エレオラが心身共に過酷な状況から生還を果たしたのだと実感して、恐ろしさと安堵がない交ぜになった冷たい余韻を紛らわすように話を続ける。

「そういえばさっき、本陣の方が騒がしかったようだけど―――」
「ああ、それは―――別動隊がブルーノを捕えて帰還したからです」
「えっ、ブルーノを!?」

 私は目を見開いた。

 ブルーノはスレンツェの使いをかたってカルロをそそのかした今回の騒動の中心人物だ。その背後にはおそらく第三皇子フェルナンドがいる。

 フラムアークはその確証を得る為、そう遠くないところで今回の戦乱の行く末を見守っているであろうブルーノを捜索する為の別動隊を編成していた。

 今回の事件を引き起こした首謀者はあくまで扇動役のブルーノであり、カルロ達は彼に主導され蜂起した一般国民として処理したいとフラムアークは考えており、ブルーノの身柄の確保は私達にとって最重要事項だったのだ。

「先程面通しをして確認してきましたから、間違いありません」

 ブルーノの顔を知るエレオラがそう言うのなら、間違いない。

「良かった……! 別動隊、よくやってくれたわ……! よくブルーノを見つけて捕まえてくれた……!」

 安堵の息をもらしたその時、私の兎耳はこの天幕へ足早に近付いてくる何者かの足音を捉えた。

「―――誰か来たみたい。少し待っていて」

 エレオラにそう言い置いて、万が一にもこの中へ誰かが入ってくることのないよう、天幕の入口を自分の身体で塞ぐようにして表へと出る。

「何か御用ですか? 今は女性の治療中ですので―――」

 言いかけた私は足音の相手を目にして、ひどく驚いた。

 そこにいたのは、浅黒い肌に黒褐色の髪をした、白目部分のほとんどない大きな黒目と側頭部にある丸い小さな耳が特徴的な、見覚えのある穴熊族の少年だったのだ。

「―――! ピオ……!?」

 私は愕然とその名を呼んだ。

 記憶にある面影より少し大人びて背も伸びているけれど、間違いない―――ピオだ。

「ユーファさん!」

 ピオは人懐っこい笑顔を見せて、私に駆け寄ってきた。

「久し振り! 元気にしてた!? こっちにユーファさんがいるって聞いて」
「本当にピオ……!? ど、どうしてここに!?」
「へへ。フラムアーク様から要請を受けて、少し前に村の大人達と一緒にここへ来たんだ。オレ達の助けがいるって言うからさ、恩返し! さっきまで悪い奴を探す手伝いをしていたんだ」
「えっ、もしかして別動隊ってピオ達のことだったの!?」

 目を丸くする私にピオは首を振って、事の次第を語った。

「ううん、その別動隊ってトコにオレ達が飛び入りで加わっていた感じ? 穴熊族は鼻が利くからさ、急遽頼まれて。そっちはついでで、オレ達は本領の分野で呼ばれたんだ。フラムアーク様はその、敵兵も人としてきちんと弔ってあげたいんだって」

 穴熊族は土や岩盤を掘るのが得意な種族だ。

 フラムアークはカルロ達とぶつかることが避けられないとしても、せめてそういった部分で人として彼らに報いたいと考えたのだろう。

 人の義を重んじるフラムアークらしい―――。

 知らず目元が和らいだ時、私達の会話を聞きつけたエレオラが背後から顔を覗かせた。

「―――ピオ?」
「あっ、エレオラさん! エレオラさんも来てたの!? 久し振り、こんな所で再会するなんて」
「久し振りねピオ、元気そうで良かった。ユーファさん、積もる話もありますしどうでしょう、彼にも天幕の中へ入ってもらっては」

 確かにここで話すのは人目にもつくし、兵士達には聞かれない方がいい話もあるものね。

「エレオラは大丈夫?」
「はい、キチンと手当てしていただきましたし、服ももう羽織りましたから」
「えっ、何? エレオラさんケガしたの? 大丈夫!?」

 てっきりエレオラは看護要員としてここにいるものと思っていたらしいピオが、心配そうな表情になった。

「大丈夫よ。問題ないわ」

 そんなピオに明るく笑って、エレオラは彼を中へ招き入れた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...