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本編
二十一歳⑬
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「ええと……まずはユーファさん、二年前のこと……ごめんなさい。親切にしてくれたのに―――オレの為に、オレ達の為に力を尽くしてくれたのに、オレ、ユーファさんに八つ当たりして……ひどいこと、たくさん言って。自分の心に余裕がなかったからって、やっていいことじゃなかった……本当にごめんなさい。それから、あの時オレを助けてくれて本当にありがとうございました」
天幕に入ったピオはまずはかしこまって、私に謝罪と感謝とを述べてくれた。
「ピオ……」
私は心が温かくなるのを覚えながら、しゅんと獣耳を伏せている彼に言った。
「そう言ってくれてありがとう、嬉しいわ。あなたが元気そうで本当に良かった。他のみんなは元気?」
「うん、元気だよ! ユーファさん、今度オレ達の村へ来たらきっとビックリするよ! あの時とは全く雰囲気が変わっているから!」
ピオはパッと顔を輝かせて、私に穴熊族の村の近況を語ってくれた。
それによると、私達が村を立ち去ってほどなくアズール城から派遣された支援部隊が村にやってきて、食糧の配給や生活に関する様々なサポートがなされるようになったらしい。支援部隊はそのまま村に駐留し、現在も彼らによる保全活動は続いているのだそうだ。
ダーリオ侯爵の計らいで支援部隊主導の下、村は観光地として整備されることになり、ピオ達は故郷を失わずにそこで従事する仕事を得て、安定した生活を送れるようになったという。働き手として近隣の村からも人が雇われるようになり、周辺一帯の暮らしぶりは以前より良くなったそうだ。
ダーリオ侯爵は社交の場で積極的に穴熊族の村を新たな景勝地として触れ込み、その義理立てで半信半疑でやってきた貴族達のほとんどが、異界のような村の光景を目の当たりにして言葉を失い、大変満足して帰って行くのだという。
その評判が評判を呼び、現在穴熊族の村はアズールの新たな景勝地として認知されるようになってきており、上流階級が足繁く通うようになったことで、人々の穴熊族に対する偏見の目にも徐々に変化が出て来ているのだそうだ。
「まだ、微々たるものではあるんだけどね」
ピオはそう言ってちょっと笑った。
「オレ、自分の生まれ育った場所にこんな力があるなんて、今まで思いもしなかったよ。見慣れた村の景色が、見たことのない人達の心をこんなにも揺さぶるものだなんて、想像もしていなかった……ダーリオ侯爵は自分の手柄みたいに言っているらしいけど、本当はフラムアーク様の発案なんでしょ? 全部全部、フラムアーク様のおかげだよ。感謝してもし足りない。オレ達にとって、フラムアーク様は神様みたいな人だよ……」
ピオの表情にはフラムアークへの感謝が溢れている。
「だから今回、フラムアーク様がオレ達を頼ってくれて嬉しかったんだ。本当は大人だけ呼ばれていたんだけど、無理を言ってオレも付いてきちゃった。どうしても、あの人の役に立ちたくて」
フラムアークを支えてくれる小さな手が、またここにひとつ。
ささやかな希望の光をそこに感じて、私の表情はほころんだ。
「エレオラさんもフラムアーク様に呼ばれて来たの?」
無邪気なピオの質問にエレオラはかぶりを振った。
「私はダーリオ侯爵の使者としてフラムアーク様の元へ遣わされたのよ」
この数日の間に書簡を使って行われたフラムアークとダーリオ侯爵の密約により、エレオラはダーリオ侯爵がフラムアークに送った正式な使者として扱われることが決まっていた。
今回の“比類なき双剣”の挙兵はダーリオ侯爵にとっても不測の事態で、長年自領に潜んでいた大規模な反帝国組織に気付くことが出来ぬままここまで放置してしまったという事実、更にはその組織が皇帝暗殺を目論んで八千という規模の挙兵に至るのを未然に防げなかった大失態、おまけにそれを第四皇子からの報せで知った上、あろうことか第四皇子にその一報をもたらしたのが使者の証を無断で持ち出した城の使用人とあっては、面目が潰れるどころの騒ぎではなかった。
これが公となれば無能の烙印を押され、領主という地位から排斥され訴追されるのは免れないと青ざめたダーリオ侯爵は、フラムアークが“比類なき双剣”の反乱を未然に防いでくれることを願い、自身の命運を賭けて全面的に協力することを決めたのだ。
これにより、エレオラはダーリオ侯爵がフラムアークへ送った正式な使者として扱われることとなり、使者の証を無断で持ち出した罪を免除されることになった。同時にダーリオ侯爵も使用人に使者の証を持ち出されたという不名誉な事実を秘匿出来ることとなったのだ。
また、首謀者をあくまでブルーノにしたいと考えるフラムアークは、アズール領へ敗走するであろう“比類なき双剣”の兵達を見かけてもみだりに捕えず便宜を図るよう、ダーリオ侯爵に要請した。
スレンツェ曰く、カルロはいくつかの撤退ルートをあらかじめ定めており、撤退時は分散して逃げる手筈になっているだろうという見立てだったけど、あの規模の人数が完全に人目に付かずに逃げ切るというのは無理があるものね。
あくまでも彼らをブルーノに唆されて蜂起した一般領民とするのなら、この騒乱に“比類なき双剣”というレジスタンスは存在してはならないのだ。ここまでの事態になった以上、情報を完全に統制することは無理でも、公的にそれが公になることだけは防がなければならなかった。その為にはアズールの兵に彼らを見逃してもらう必要があったのだ。
ダーリオ侯爵も今回に限るという条件でそれを了承した。今後は“比類なき双剣”の動向に厳しく目を光らせるが、今回に限り彼らの存在を黙認すると。
後は捕えたブルーノからどうにかして背後関係に迫りたいところだったけど、おそらく素直に口を割ることはないだろうし、相手がフェルナンドだと考えると、そうやすやすと尻尾を掴ませてくれるとは思えないのよね……。
そんな考えに沈んでいた私の前で、ピオがふと思い出したように言った。
「そういえばあの悪い奴、何か独特の匂いがしたなぁ……」
独特の匂い……?
それを聞いたエレオラが軽く小首を傾げる。
「ブルーノのこと? そんなに変わった匂いがした? 私は気が付かなかったけれど……」
「そんなに強い匂いじゃなかったし、人間には分からないかもね。オレも初めて嗅いだ匂いだからちょっと気になったってだけだし」
「それって、どんな匂いだった?」
身を乗り出した私にピオはちょっと眉を寄せて考え込んだ。
「ううん……口で説明するの難しいなぁ……オレの身近にはない匂いだから―――でも、もしかしたらユーファさんなら分かるかもね。気になるなら会って確かめてみたらいいんじゃない?」
そうね……どんな些細なことでも情報が多いに越したことはないし、もしかしたら何かの手掛かりになるかもしれない。後でフラムアークに頼んで、ブルーノに面会させてもらおう。
天幕に入ったピオはまずはかしこまって、私に謝罪と感謝とを述べてくれた。
「ピオ……」
私は心が温かくなるのを覚えながら、しゅんと獣耳を伏せている彼に言った。
「そう言ってくれてありがとう、嬉しいわ。あなたが元気そうで本当に良かった。他のみんなは元気?」
「うん、元気だよ! ユーファさん、今度オレ達の村へ来たらきっとビックリするよ! あの時とは全く雰囲気が変わっているから!」
ピオはパッと顔を輝かせて、私に穴熊族の村の近況を語ってくれた。
それによると、私達が村を立ち去ってほどなくアズール城から派遣された支援部隊が村にやってきて、食糧の配給や生活に関する様々なサポートがなされるようになったらしい。支援部隊はそのまま村に駐留し、現在も彼らによる保全活動は続いているのだそうだ。
ダーリオ侯爵の計らいで支援部隊主導の下、村は観光地として整備されることになり、ピオ達は故郷を失わずにそこで従事する仕事を得て、安定した生活を送れるようになったという。働き手として近隣の村からも人が雇われるようになり、周辺一帯の暮らしぶりは以前より良くなったそうだ。
ダーリオ侯爵は社交の場で積極的に穴熊族の村を新たな景勝地として触れ込み、その義理立てで半信半疑でやってきた貴族達のほとんどが、異界のような村の光景を目の当たりにして言葉を失い、大変満足して帰って行くのだという。
その評判が評判を呼び、現在穴熊族の村はアズールの新たな景勝地として認知されるようになってきており、上流階級が足繁く通うようになったことで、人々の穴熊族に対する偏見の目にも徐々に変化が出て来ているのだそうだ。
「まだ、微々たるものではあるんだけどね」
ピオはそう言ってちょっと笑った。
「オレ、自分の生まれ育った場所にこんな力があるなんて、今まで思いもしなかったよ。見慣れた村の景色が、見たことのない人達の心をこんなにも揺さぶるものだなんて、想像もしていなかった……ダーリオ侯爵は自分の手柄みたいに言っているらしいけど、本当はフラムアーク様の発案なんでしょ? 全部全部、フラムアーク様のおかげだよ。感謝してもし足りない。オレ達にとって、フラムアーク様は神様みたいな人だよ……」
ピオの表情にはフラムアークへの感謝が溢れている。
「だから今回、フラムアーク様がオレ達を頼ってくれて嬉しかったんだ。本当は大人だけ呼ばれていたんだけど、無理を言ってオレも付いてきちゃった。どうしても、あの人の役に立ちたくて」
フラムアークを支えてくれる小さな手が、またここにひとつ。
ささやかな希望の光をそこに感じて、私の表情はほころんだ。
「エレオラさんもフラムアーク様に呼ばれて来たの?」
無邪気なピオの質問にエレオラはかぶりを振った。
「私はダーリオ侯爵の使者としてフラムアーク様の元へ遣わされたのよ」
この数日の間に書簡を使って行われたフラムアークとダーリオ侯爵の密約により、エレオラはダーリオ侯爵がフラムアークに送った正式な使者として扱われることが決まっていた。
今回の“比類なき双剣”の挙兵はダーリオ侯爵にとっても不測の事態で、長年自領に潜んでいた大規模な反帝国組織に気付くことが出来ぬままここまで放置してしまったという事実、更にはその組織が皇帝暗殺を目論んで八千という規模の挙兵に至るのを未然に防げなかった大失態、おまけにそれを第四皇子からの報せで知った上、あろうことか第四皇子にその一報をもたらしたのが使者の証を無断で持ち出した城の使用人とあっては、面目が潰れるどころの騒ぎではなかった。
これが公となれば無能の烙印を押され、領主という地位から排斥され訴追されるのは免れないと青ざめたダーリオ侯爵は、フラムアークが“比類なき双剣”の反乱を未然に防いでくれることを願い、自身の命運を賭けて全面的に協力することを決めたのだ。
これにより、エレオラはダーリオ侯爵がフラムアークへ送った正式な使者として扱われることとなり、使者の証を無断で持ち出した罪を免除されることになった。同時にダーリオ侯爵も使用人に使者の証を持ち出されたという不名誉な事実を秘匿出来ることとなったのだ。
また、首謀者をあくまでブルーノにしたいと考えるフラムアークは、アズール領へ敗走するであろう“比類なき双剣”の兵達を見かけてもみだりに捕えず便宜を図るよう、ダーリオ侯爵に要請した。
スレンツェ曰く、カルロはいくつかの撤退ルートをあらかじめ定めており、撤退時は分散して逃げる手筈になっているだろうという見立てだったけど、あの規模の人数が完全に人目に付かずに逃げ切るというのは無理があるものね。
あくまでも彼らをブルーノに唆されて蜂起した一般領民とするのなら、この騒乱に“比類なき双剣”というレジスタンスは存在してはならないのだ。ここまでの事態になった以上、情報を完全に統制することは無理でも、公的にそれが公になることだけは防がなければならなかった。その為にはアズールの兵に彼らを見逃してもらう必要があったのだ。
ダーリオ侯爵も今回に限るという条件でそれを了承した。今後は“比類なき双剣”の動向に厳しく目を光らせるが、今回に限り彼らの存在を黙認すると。
後は捕えたブルーノからどうにかして背後関係に迫りたいところだったけど、おそらく素直に口を割ることはないだろうし、相手がフェルナンドだと考えると、そうやすやすと尻尾を掴ませてくれるとは思えないのよね……。
そんな考えに沈んでいた私の前で、ピオがふと思い出したように言った。
「そういえばあの悪い奴、何か独特の匂いがしたなぁ……」
独特の匂い……?
それを聞いたエレオラが軽く小首を傾げる。
「ブルーノのこと? そんなに変わった匂いがした? 私は気が付かなかったけれど……」
「そんなに強い匂いじゃなかったし、人間には分からないかもね。オレも初めて嗅いだ匂いだからちょっと気になったってだけだし」
「それって、どんな匂いだった?」
身を乗り出した私にピオはちょっと眉を寄せて考え込んだ。
「ううん……口で説明するの難しいなぁ……オレの身近にはない匂いだから―――でも、もしかしたらユーファさんなら分かるかもね。気になるなら会って確かめてみたらいいんじゃない?」
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