【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。

曽根原ツタ

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一章

〈26〉モブのはずが、小公爵様とデートに来ています(1)

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 潮の香りが鼻腔をくすぐる。
 ぱっかぱっかと馬の蹄が石畳に音を立てる。

 約束の日、ロベリアはユーリと共に港町アルネスに来ていた。大勢の人が街道を行き交い、活気に満ちている。この国は海に面しており、他国との貿易が盛んだ。国の玄関口といわれるアルネス。泊地には大きな貿易船が停船しており、市場には異国から集められた珍しい品物が揃っている。そしてアルネスは、ローズブレイド公爵家の領土の一つである。

「凄く素敵な街ね。潮の匂いがして、気持ちがいいわ」
「はしゃぐのはいいけど、はぐれないようにね」
「子どもじゃないんだから」

 ロベリアは軽い足取りで石畳の道を歩いた。かつかつと靴音が跳ねる。道の脇は、見渡す限り店が軒を連ねていて、露店から美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくる。

 ロベリアの軽やかな動きに合わせて、スカートの裾がひるがえった。今日は動きやすいワンピースを着てきた。クラシックな雰囲気の若草色の生地に、白いフリルを胸元に当てたヨーク切替が上品さを演出している。曲線が身体のラインを美しく魅せており、袖口の白のレースもまた繊細さを際立たせる。

「今日の服、とてもよく似合ってるね。……綺麗だ」
「それはどうもありがとう。……ユーリ様は、相変わらずどこに行っても人気者ね」
「はは、知ってる」

 多様な人々の往来の中で、ユーリは一際存在感を放っていた。女性たちはユーリを見ながらひそひそと内緒話をし、すれ違いざまに振り返る人までいる。

(まるで少女漫画の世界ね。……いや、似たようなものだったわ)

 ずらりと立ち並ぶ飲食店街で、ユーリに連れられたのは特に上等な高級レストランだった。

 店員にテラス席を案内され、腰を下ろす。ユーリが入店すると、店の奥から見るからに偉い風貌の人たちがわんさかやってきて、恭しく挨拶した。さすがは、領主ローズブレイド公の子息である。

 運ばれてきたのは、夏によく合う爽やかなフルコースメニュー。港町ということで、海の幸が贅沢に使われている。

 色調豊かなオードブルから始まり、グランデーが効いたソースとレモンの酸味が癖になるサーモンに海老とアボカドの料理に、ひんやりとしたスープ。それから、牛のワイン煮込みは口の中でとろけるほど柔らかかった。

「ふふ、君は本当に美味しそうに食べるんだね」
「ここのお料理、本当に美味しいんだもの……!」
「よかった。気に入ってくれたならまた一緒に来よう。違う季節に来ると、そのときの旬のものが食べられるから」
「ええ、ぜひ」

 デザートに運ばれてきたのは、夏が旬のイチヂクを使った赤ワインのマリアージュタルト。ご機嫌で頬張っているロベリアは、ユーリの次の誘いに、深く考えずに承諾した。

「……あの、ロベリア。アルネスには、母の墓があるんだ。……寄ってもいいかな?」
「…………」

 ロベリアはフォークを動かす手をぴたりと止めた。

 彼の母親が逝去していることは、小説を読んで知っているが、彼自身の口から語られるのは初めてだ。勿論、こちらも知らなかったという体で話を聞く。

「そう……。私も挨拶させていただきたいわ」
「あえて話すことでもないと思って言わなかったんだけど、母は僕が幼い頃に病死したんだ。アルネスは……母の故郷でね」
「お母様はどんな方だったの?」
「とても綺麗で、優しい人だったよ。よく可愛がってもらってた。……君のご両親はどんな人たちなんだい?」
「穏やかで、目立つことを好まない人たちね。でも、領民のことをとても想っていて、信頼も厚いわ。……ふっ。面白い話があるんだけどね、先代が当主だったころ……父が幼かったとき、雨漏りする家に住んでいたの。公爵家の当主ともあろう人がよ?」

 ロベリアは、父から聞いた話を思い出しながら語り始めた。

「そのころ、領地では不作が続いて、民たちは生活苦に陥っていた。だから、先代は屋敷の改築をするのは、血税の無駄遣いだと言ってやらせなかったの。家族もみんな、庶民と同じ粗末な食事をして暮らしていたそうよ。……父はそんな先代の影響を受けてか、決して贅沢はしないし、私もそんな父や先代当主――お爺様を尊敬してる」
「へぇ。君のお父上は素晴らしい領主なんだね。君のお人好しは、お父上に似たんだろうな」
「私、お人好しってこともないと思うのだけれど。結構自分勝手に生きいるし」
「はは、確かに自由奔放ではあるね。でも、良い話を聞かせてくれてありがとう」

 食事を済ませた二人は、再び商店街を散策した。しばらく歩いていると、小さな女の子がロベリアたちの元へ駆け寄ってきた。

「お兄さんお姉さんっ!   おひとついかが?」

 七歳ほどの彼女が掲げた大きな籠の中に、杏がいっぱいに入っている。

「お使いかな?   小さいのに偉いね」

 ユーリが愛想よく少女に微笑みかけると、少女は照れくさそうにはにかんだ。

「うん!   採れたての美味しい杏、いかがですか?」
「じゃあそれ、全部いただこうかな」
「え……全部!?」

 戸惑う彼女から籠ごと杏を買い取り、定価より余計に代金を渡す。少女はほくほくしながらスキップで帰っていった。帰り際、何度も振り返って手を振る様子はなんともいじらしい。

 続いて、屋台で野菜をたたき売りしている婦人にユーリが呼び止められる。

「あんた本当にいい男だねぇ。うちの旦那の若い頃にそっくり!   新鮮なのが揃ってるから買ってっとくれ!   オマケするよ」
「はは、ありがとうございます」

 押しに押されたユーリは、二つの紙袋いっぱいに野菜を買った(買わされた)。
 少女から買い取った杏の籠と、婦人に売りつけられた野菜で両手が塞がったユーリに言う。

「その量……店でも開くおつもり?   ほら、籠の方を貸してちょうだい。私が持つわ」
「ありがとう、助かるよ。……母の墓に行く前に、もう一箇所寄ってもいいかな?」
「ええ。構わないわ」

 そうして辿り着いた先は、レンガ造りのこじんまりとした施設だった。敷地にはいくつかの遊具があり、子どもが走り回って遊んでいる。

(……ここは――孤児院?)
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