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しおりを挟む「率直に申し上げます。サミュエル様と別れてくださいませ」
「…………」
サァ……と、とりわけ強い風が、木々を揺らしながらふたりの間を吹き抜けた。
「理由をお聞きしても?」
「決まってるでしょう。わたくしと彼が――愛し合っているからですわ」
そう言ってアデラは柔らかく微笑む。
婚約者がいる男と本当に愛し合っていると言うなら、浮気のはずなのに、少しも悪びれる様子を見せない。
彼女は余裕たっぷりの様子で続けた。
「サミュエル様のことを想うのなら、身を引いていただきたいのです。正直……オーガスタ様ではあの方にふさわしくないと思うのです。あなたが社交界でなんと呼ばれているかご存知ですか?」
「『男顔令嬢』、ですか?」
オーガスタは平均的な女性より頭ひとつ分背が高く、余計な脂肪がついておらず引き締まった体型をしている。声は女性にしては低く、彫りが深くて凛とした顔立ちに短い髪をしていて、男だと勘違いされることがしばしば。
また、類生まれな剣の才能に恵まれていることから、『男みたいな顔』と『男顔負け』をかけて、男顔令嬢などと揶揄されているのだ。
この国の価値観では、アデラのような守ってあげたくなるような可愛らしい女性が理想とされており、オーガスタは理想からかけ離れていると馬鹿にされてきた。『社交界の花』と呼ばれるアデラに反し、オーガスタの呼び名は蔑称で、とても不名誉なものだった。
しかしその蔑称は、アデラが、オーガスタを貶めるために名付けて広めたのだった。そのことがダクラスに知れたせいで、彼はアデラを可愛がらなくなった。これはあとから聞いたことだが、アデラにとってダクラスは初恋の相手だったらしい。
(きっと今も王女様は、私のことを憎んでいる)
傷つけられたのはオーガスタの方で、逆恨みと言っていいだろう。
「サミュエル様は素敵なお方です。本来なら、お相手は選び放題のはずなのに、並んで歩くのがオーガスタ様では可哀想ではありませんか」
「ふ。随分はっきりおっしゃるのですね」
「それは……。わたくしはただ、サミュエル様のためを思って……」
「なるほど、それは殊勝なことです。彼のために心を鬼にして忠告してくださったのですね」
オーガスタが煽るように言うと、アデラはかっと顔を赤くし、思わず目を伏せた。
(なんだ、失礼なことを言ってる自覚はあるのか)
オーガスタだって、自分が女の子らしくなくて可愛くないことは自覚している。しかし、男のような見た目は遺伝だし、剣の腕を磨いてきたことは、騎士家系のクレート公爵家の者として誇りに思っている。
世間でどう揶揄されようと、恥ずべきことはひとつもない。
アデラはは気まずそうに目をさまよわせてから、すっと椅子から立ち上がって日傘を差した。自分の表情を隠しながら最後に言い放った。
「――とにかく。今わたくしがお伝えした件について、よく考えておいてくださいませ。では、失礼いたしますね」
彼女はくるりと背を向け、ガゼボから去って行った。爽やかな風が、アデラ香水の匂いを運んできて、オーガスタの鼻腔をくすぐる。
アデラはかつてオーガスタから父親を取ろうとしたように、今度は婚約者を奪おうとしている。
(王女様はまた、私が大切にしているものを欲しがる)
だが、起きてしまったことは仕方がない。サミュエルが王女の誘惑になびいたのならそこまでの縁だったということ。
彼女に言われる前から、サミュエルとは今後の関係について話すつもりでいた。
物心つく前から一緒にいた人との、思わぬ形での別れを予感し、オーガスタは小さくため息を吐いた。
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