【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ

文字の大きさ
3 / 45

03

しおりを挟む

「率直に申し上げます。サミュエル様と別れてくださいませ」
「…………」

 サァ……と、とりわけ強い風が、木々を揺らしながらふたりの間を吹き抜けた。

「理由をお聞きしても?」
「決まってるでしょう。わたくしと彼が――愛し合っているからですわ」

 そう言ってアデラは柔らかく微笑む。
 婚約者がいる男と本当に愛し合っていると言うなら、浮気のはずなのに、少しも悪びれる様子を見せない。

 彼女は余裕たっぷりの様子で続けた。

「サミュエル様のことを想うのなら、身を引いていただきたいのです。正直……オーガスタ様ではあの方にふさわしくないと思うのです。あなたが社交界でなんと呼ばれているかご存知ですか?」
「『男顔令嬢』、ですか?」

 オーガスタは平均的な女性より頭ひとつ分背が高く、余計な脂肪がついておらず引き締まった体型をしている。声は女性にしては低く、彫りが深くて凛とした顔立ちに短い髪をしていて、男だと勘違いされることがしばしば。

 また、類生まれな剣の才能に恵まれていることから、『男みたいな顔』と『男顔負け』をかけて、男顔令嬢などと揶揄されているのだ。

 この国の価値観では、アデラのような守ってあげたくなるような可愛らしい女性が理想とされており、オーガスタは理想からかけ離れていると馬鹿にされてきた。『社交界の花』と呼ばれるアデラに反し、オーガスタの呼び名は蔑称で、とても不名誉なものだった。

 しかしその蔑称は、アデラが、オーガスタを貶めるために名付けて広めたのだった。そのことがダクラスに知れたせいで、彼はアデラを可愛がらなくなった。これはあとから聞いたことだが、アデラにとってダクラスは初恋の相手だったらしい。

(きっと今も王女様は、私のことを憎んでいる)

 傷つけられたのはオーガスタの方で、逆恨みと言っていいだろう。

「サミュエル様は素敵なお方です。本来なら、お相手は選び放題のはずなのに、並んで歩くのがオーガスタ様では可哀想ではありませんか」
「ふ。随分はっきりおっしゃるのですね」
「それは……。わたくしはただ、サミュエル様のためを思って……」
「なるほど、それは殊勝なことです。彼のために心を鬼にして忠告してくださったのですね」

 オーガスタが煽るように言うと、アデラはかっと顔を赤くし、思わず目を伏せた。

(なんだ、失礼なことを言ってる自覚はあるのか)

 オーガスタだって、自分が女の子らしくなくて可愛くないことは自覚している。しかし、男のような見た目は遺伝だし、剣の腕を磨いてきたことは、騎士家系のクレート公爵家の者として誇りに思っている。
 世間でどう揶揄されようと、恥ずべきことはひとつもない。

 アデラはは気まずそうに目をさまよわせてから、すっと椅子から立ち上がって日傘を差した。自分の表情を隠しながら最後に言い放った。

「――とにかく。今わたくしがお伝えした件について、よく考えておいてくださいませ。では、失礼いたしますね」

 彼女はくるりと背を向け、ガゼボから去って行った。爽やかな風が、アデラ香水の匂いを運んできて、オーガスタの鼻腔をくすぐる。

 アデラはかつてオーガスタから父親を取ろうとしたように、今度は婚約者を奪おうとしている。

(王女様はまた、私が大切にしているものを欲しがる)

 だが、起きてしまったことは仕方がない。サミュエルが王女の誘惑になびいたのならそこまでの縁だったということ。

 彼女に言われる前から、サミュエルとは今後の関係について話すつもりでいた。
 物心つく前から一緒にいた人との、思わぬ形での別れを予感し、オーガスタは小さくため息を吐いた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

もう、今更です

ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。 やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

処理中です...