隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
21 / 38

二十一、夢路 ~ベルトラン視点~

しおりを挟む
 

 

 

「嫌な予感がする」 

 王城でフィロメナが、マリルー王女、ダフネ、アリタに襲われている頃、ベルトランは奇しくもそう呟いた。 

「嫌な予感か。まあ、この状況で幸運の予感、って思う方が無理だろうな」 

 そして、ベルトランと背を合わせているフィデルは、自分達の周り、そして上空を見て、然もありなんと頷きを返す。 

 今ふたりが居るのは、猛獣や魔獣、毒虫などがうようよ生息している森の奥地。 

 その場所で、最低限の装備と食料だけを持たされ、十日間生き延びるというのが、現在の課題だった。 

 そして今、ふたりは数多の猛獣に周りを囲まれ、頭上を飛ぶ巨大な鳥、そしてその巨大な鳥に追従する多くの鳥たちにまで、餌として狙われている。 

「いや。俺ではなく。もしや、フィロメナに何かあったのではないかという、嫌な予感だ」 

「お前ね・・これだけの窮地に立たされていて、その余裕。まあ、俺も、アラセリスのことだったら、感知する自信があるが」 

 軽口のように言葉を交わしながらも、ふたりは自分達を囲む猛獣から意識を逸らすことはない。 

「もしや、豊穣を祝う夜会で何かあったか」 

 言いつつベルトランが放った矢が、上空を飛ぶ小型の鳥のうち、群れを率いている一羽を射落とした。 

「おお、やるな」 

 どさりと落ちて来たそれは、巨大な鳥と比べれば小型であるものの、鳥としてはかなりの大きさで、フィデルは揶揄うように手を叩き、自分も同じように猛獣の群れのかしらを狙って、魔法を放つ。 

「豊穣の夜会・・となると、王城か。二度とフィロメナに近づかないよう、釘は刺したのだが」 

「はあ。有名だよな。第三王女殿下が、婚約者を愚弄する発言をしたのを知って、二度は無いって凄んだって話。怖いもの知らずめ」 

 桑原桑原と、フィデルは矢を番えながら呟いた。 

「フィロメナに非など無いのだから、当然だ」 

「まあね。あの王女様、馬鹿さ加減が規格外だから」 

 言いつつ、ふたりは魔法を放ち、矢を射って確実に獲物を仕留めて行く。 

「今すぐ、傍に行きたい。フィロメナの」 

「はい、はい。お前も、おかしな王女様に好かれちゃって大変だとは思うけどさ。危険って言っても、言葉で攻撃されるくらいでしょ。王城なんだし」 

 王城では、帯剣するにも規制があり、魔法も許可なく使用することが出来ないため、そう危ないことは無いだろうとフィデルは言って、また一羽、鳥を射落とした。 

「規則はともかくとして。剣は扱えないが、魔法は使える」 

「誰が?ああ、甘えんぼ王女殿下か。でも、まさか魔法を使うとかないでしょ。王城だよ?いくらなんでも、使ったらどうなるかくらい、分かるでしょ」 

 『謀反と取られかねないんだよ?王族なら、なおさら気を付けるでしょ』と、フィデルは肩を竦める。 

「そういった常識も、考える頭も無いのが、あれだ」 

「あれ、って・・・。でも、まあ。実際に使ったと想定して」 

「あの国王のことだ。王女が泣いて訴えれば、不問としてしまうだろうな。くず親子め」 

 吐き捨てるように言ったベルトランの肩を、フィデルがばんばんと叩いた。 

「不敬、不敬。不敬が過ぎるよ、ベルトラン君」 

「なんだ、その呼び方」 

「いやだって。俺、ベルトランの恋愛の師匠だから。ね?ベルトラン君」 

 冗談のように言うフィデルに一瞥をくれて、ベルトランは土壁を作ると、猛獣の攻撃を防ぐ。 

「お、ありがと。でもさ。口は災いのもと。たとえ真実でもさ、王族に対してそんなこと言って、誰かに聞かれでもしてごらん?不敬罪で、中身最悪王女を娶れとか言われちゃうよ?ベルトラン君には、何よりの罰だよね」 

 ふむふむと言うフィデルに、ベルトランは思い切り眉を顰めた。 

おぞましい。想像でも口にするな」 

「いや、いや。有り得るから。っていうか、高確率であるから。だからね、ベルトラン君。慣れない君が饒舌になるのは、婚約者に愛を語る時だけにしようか」 

 フィデルの言葉に、ベルトランが、ばばばっと首まで赤くなる。 

「な、何をいきなり」 

「いやいや。ずっと、婚約者へ捧ぐ愛のお話だったでしょうが。真面目な話さ。嫌な奴のことを考える暇があったら、愛しの婚約者に『愛しているよ』って言った時の、彼女の表情を思い出してさ、和みなさいよ・・っと。猛獣も鳥も、大分散らせたかな。後は、あの巨大な鳥さんか」 

「いや・・・それは」 

「ん?散らせていない?随分、数は減ったと思うけど?何か懸念があるのか?」 

 『矢は回収しないとだな。尽きちゃう、尽きちゃう』などと冗談のように言っていたフィデルが、ベルトランの呟きに振り返った。 

「ああ、そちらではなく。その・・だな。俺には、和む要素が、無い」 

「え。ロブレス侯爵令嬢って、厳しい感じなの?愛の囁きしても、無表情とか?・・いやでも、笑顔可愛いよね?表情、豊かだよね?ちらっとしか、見ていないけども」 

 そのちらっとでも、表情はやわらかかったとフィデルに言われ、ベルトランは思い切り弓を引く。 

「愛の言葉を!まともに囁いたことが無い!」 

「えええええ!!??」 

 びゅんっ、と勢いよく飛んだ矢が、巨大な鳥の頭を射抜き、その落下する巨大な体を絶妙なふたりの魔法で包みながら、フィデルは信じられないと叫びをあげた。 

 

 

「ベルトラン君。さっきの話だけれどもね」 

「・・・・・何だ」 

 窮地を切り抜け、今宵の宿を高い木の上の方にある太めの枝と決めたところで、フィデルは、決意を込めて切り出した。 

「ベルトラン君が、ロブレス侯爵令嬢を溺愛していることは、近衛でも第二騎士団でも、知らない者はいないくらいなんだけど。もしかして、ロブレス侯爵令嬢は、そのことも知らないの?ベルトラン君が、俺達を牽制しまくっているって」 

「言うわけない」 

「はあ。そういや、手紙を書いたこともないんだったか・・・。じゃあ、会話は?ちゃんとしているか?愛の言葉はなくても、信頼してもらえるような会話」 

 ずい、と圧をかけるように言ったフィデルに、ベルトランはふっと笑みを零す。 

「フィロメナは、聡いんだ。俺が言う前に、俺がフィロメナに相応しい地位を欲していることも、他の者と居るときに、フィロメナのことを考えてしまうことも、分かってくれていた」 

「へえ・・・じゃあ、平気なのかな」 

 大きな木の枝に、幹を背にして腰かけ、フィデルは器用に寝支度を整えると、ふわっとあくびをした。 

「フィデルは、婚約者に・・・その。どうやって気持ちを伝えているんだ?」 

「そんなの、心のままに、に決まっているだろ」 

「心のままに」 

 ふたりが呑気らしく話す遥か下では、猛獣や魔獣が、激しい生存競争を繰り広げている。 

「そ。心のままに、愛を語れってな。沈黙は金なんてのは、時と場合による。言葉足らずは罪だって覚えとけ」 

「分かった」 

 フィデルの言葉に素直に頷き、ベルトランは、フィロメナの残像を追うように瞼を閉じた。 

 

 おやすみ、フィロメナ。 

 せめて、夢で君に会えたら嬉しく思う。 

  
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、エール、しおり、ありがとうございます。
 
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

心から信頼していた婚約者と幼馴染の親友に裏切られて失望する〜令嬢はあの世に旅立ち王太子殿下は罪の意識に悩まされる

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アイラ・ミローレンス・ファンタナルは虚弱な体質で幼い頃から体調を崩しやすく常に病室のベットの上にいる生活だった。 学園に入学してもアイラ令嬢の体は病気がちで異性とも深く付き合うことはなく寂しい思いで日々を過ごす。 そんな時、王太子ガブリエル・アレクフィナール・ワークス殿下と運命的な出会いをして一目惚れして恋に落ちる。 しかし自分の体のことを気にして後ろめたさを感じているアイラ令嬢は告白できずにいた。 出会ってから数ヶ月後、二人は付き合うことになったが、信頼していたガブリエル殿下と親友の裏切りを知って絶望する―― その後アイラ令嬢は命の炎が燃え尽きる。

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした

ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。 自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。 そんなある日、彼女は見てしまう。 婚約者に詰め寄る聖女の姿を。 「いつになったら婚約破棄するの!?」 「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」 なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。 それを目撃したリンシアは、決意する。 「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」 もう泣いていた過去の自分はいない。 前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。 ☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m ☆10万文字前後完結予定です

処理中です...