隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
22 / 38

二十二、齟齬

しおりを挟む
 

 

  

「はああ。気疲れしちゃったわ・・・ふう」 

「何ですか、フィロメナ。はしたない声を出して。それに、その姿勢はなんです。しゃんとなさい」 

 豊穣の夜会を終えた、王城からの帰りの馬車のなか。 

 背もたれに思い切り寄り掛かってため息を吐いたフィロメナは、完全に脱力しており、そんなフィロメナを嗜める母、アロンドラの声にも疲労が滲み、いつもと違って切れが悪い。 

「ああ・・・我がロブレス侯爵家が、王家の秘匿事項を知るなんて」 

 そんなアロンドラの隣では、フィロメナの父であり、アロンドラの夫であり、ロブレス侯爵家当主であるクレトが、これまた大きなため息を吐いた。 

「よかったではありませんか、父上。我が家も侯爵家なのですから、もっと中枢に打ち出してもいいと思います」 

 それに対し、嫡男であるバシリオは、いい機会だと瞳を輝かせる。 

「何を言うバシリオ。面倒事が増えるだけではないか。ほどほどが一番なのに」 

「父上。私とて、我がロブレス侯爵家が、ずっとそのような立ち位置だったことは理解しています。ですが、今は中立などと言っている時ではないかと」 

 凛として、此度は王太子殿下に付くべきと言い切るバシリオに、クレトも渋面ながら頷いた。 

「確かに。国王に肩入れする謂れは、無いな。共に沈む義理も無い」 

 となれば、バシリオの言う通り、王太子側に付くのが一番なのだろうと、クレトも漸くに腹を括る。 

「お父様、お兄様。ロレンサ第一王女殿下や王太子殿下がおっしゃっていたことは、現実となるのでしょうか」 

 そんな父の変化を見、現ロブレス侯爵家当主である父と、次期ロブレス侯爵家当主である兄ふたりの会話を聞いたフィロメナは、先ほど王女ふたりと王太子が明かした、俄かには信じがたい話を思い出す。 

 

 

『お姉様。やはり、親玉が出て来ましたわよ。しかも、二人そろって『マリルーがそう言うなら、例え王城で、許可無く魔法攻撃を仕掛けようとも、全面的にマリルーが正しい』なんて、恥ずかしい台詞を真顔で言っていましたが、一刀両断。宰相と大臣たちの同意も得て、三人まとめて謹慎を言い渡して来ました・・・セリオが』 

 フィロメナの治療を終えたロラが退室した後、そう謳うように入って来たメラニア第二王女は、弟である王太子セリオと、ロブレス侯爵家の嫡男、バシリオを従えていた。 

『そう。予想通りね。公務はしないのに、余計な事には口を出すなんて。まあ、お蔭で退位させる準備が整ったのだけれど』 

 そして、ため息を吐く姉、ロレンサ第一王女に、メラニア第二王女は朗らかに笑いかける。 

『お姉様。違いますでしょ。公務は、しないのではなく、出来ないのですから。国王と王妃とは名ばかり。嘆かわしいことです・・・あ、それからもちろん、豊穣の夜会の方も、順調に進んでいますからご安心ください。後は、締めの挨拶をするだけです・・・セリオが』 

 ぽんぽんと軽妙に交わされたここまでの会話で、既に貴族全体に広まっている、王家の仕事をこなしているのは、ふたりの王女と王太子という噂が真実であると知らされて、ロブレス侯爵は顔色を悪くしていた。 

 噂でしか知らないでいるのと、本人たちから真相を聞かされるのとでは、天と地ほども違いがある。 

 しかも、豊穣の夜会は粛々と進んでおり、その締めを務めるのは、国王ではなく王太子だと言う。 

 侯爵家でありながら、権力とは付かず離れず、ほどほどに生きて来たクレトとて、その意味が分からないほど愚かではない。 

 

 国王が、交代する。 

 

 その事実、現実を前に、クレトは、これまでの凪いだ人生が遠ざかるのを感じていた。 

 

 お父様。 

 顔色が悪いわ。 

 

 そして、そんな父を見るフィロメナもまた、自分が大海原に投げ出されたかのような感覚に陥っていた。 

 ロブレス侯爵家の家訓は『ほどほどに、細く長く』であり、頭抜けて評価されることも無い代わり、悪評を受けることもなく、平和に過ごすことを何よりとする一族。 

 それが、ここへ来て、覆されそうとしている。 

 自身、平和なぬるま湯で生きて来たであろう父ロブレス侯爵クレトが、今、否応なくその家族を守るための決断を強いられる立場と相成ったことを、フィロメナは切実に理解した。 

 

 ごめんなさい、お父様。 

 

 そんな父を見つめ、フィロメナは心の内で謝罪の言葉を口にする。 

 何と言っても、そういった状況を生み出してしまったのが、自分であることは間違いない。 

 ベルトランと縁を結んだことにより、マリルー王女に恨まれ、そしてここへと至るのだから。 

『ここに居る皆様には、伝えておきます。わたくしとメラニアが、今日まで独り身で来たのは、王族としての仕事をこなすため。そして、一日も早く、セリオに王位を継がせるためです』 

 そいて出た、決定的な言葉に、フィロメナは息が止まるかと思った。 

 現在の国王と王妃に対し、否定的な意見が多いことは、フィロメナも知っている。 

 しかし、同じ王族である王女ふたりや王太子が、積極的に動いているとは知る由もなかった。 

『この先は、皆の期待に応えられる王家を目指すと、誓う』 

 静かに言った王太子の瞳には、静かな決意が宿っていて、フィロメナは信頼に値すると感じる。 

 そしてその時、カルビノ公爵夫妻に動揺の色が無かったことで、カルビノ公爵家は既にその話を知っていたのだとも、理解した。 

 それこそが、中枢にかかわる者と、そうでない者の差であるのだと。 

『ロブレス侯爵。フィロメナ嬢への謝罪、侯爵家への謝罪、そして慰謝料など、簡単にだけれどまとめて来たので、確認してもらえるかしら』 

『はい。拝見いたします』 

 そして、目を回しながらもメラニア第二王女殿下から書類を受け取ったフィロメナの父、ロブレス侯爵はじめその一家は、自分達の『ほどほど』の生き方が、終わりを告げたことを知った。 

 

 

 はあ。 

 カルビノ公爵家と縁を結ぼうとしておいて、靴を作るなんて、私って呑気だったわ。 

 ああ、でも。 

 それこそ、ベルトラン様との婚約が破棄された時のための手立てだった。 

 

「・・・お父様。でも未だ、カルビノ公爵家と婚姻を結んだわけではないのですから、この先、また変化する可能性も高いのではありませんか?」 

 確かに、国王の交代という、とんでもない秘匿事項は知ってしまったが、その先はまた分からないと言ったフィロメナはしかし、決意の籠った父の目を見て、そうはならないのだと理解する。 

 港を出た船は、後戻りできない。 

 これは、そういう旅路だと。 

「フィロメナ。自分の幸せのことだけを、考えなさい。家のことは、父様に任せて」 

「そうだぞ、フィロメナ。何か色々情報過多だけど、カルビノ公爵子息と第三王女殿下の縁組の話なんて、微塵も出なかったうえ、第三王女殿下の行き先は修道院だと、皆様揃って言い切っておられただろう?つまり、カルビノ公爵家は、我が家に先んじて計画をしっていたということだと思うから。カルビノ公爵子息の事情を、詳しく聞く必要があるだろうな」 

「でも、身分が必要で、他の誰かと居ても、マリルー王女殿下のことを考えている、って」 

 マリルー王女が、はっきりとそう言い、ベルトランも、照れながら肯定していたと、フィロメナは眉を寄せて考え込んだ。 

 

~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、エール、しおり、ありがとうございます。

  
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。 婚約者の愛が自分にあることを。 だけど、彼女は知っている。 婚約者が本当は自分を愛していないことを。 これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。 ☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...