隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

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二十三、四者会談

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「いらっしゃい。ロブレス侯爵令嬢。傷の具合は、いかが?」 

「本日は、お招きにあずかりまして光栄にございます。第一王女殿下。また、傷のことでは王城の医師を派遣いただき、ありがとうございました。お蔭さまで、すっかりよくなりました」 

 その日。 

 フィロメナは、第一王女ロレンサ、第二王女メラニア、そして王太子セリオという、錚々そうそうたる顔ぶれの三人から、連名で送られてきたお茶会の招待状を手に、緊張の面持ちで王城を訪い、その茶会の場へと赴いていた。 

「残念ながら、マリルー達三人の謹慎期間は終了してしまったけれど、今日も今日とて三人揃って何処ぞへ遊びに行っているから、会うことはないわ。安心してね」 

「ありがとうございます」 

 メラニア王女に朗らかに言われ、フィロメナは小さく頭を下げるも、内心では少々混乱する。 

 

 マリルー王女殿下達三人、って、マリルー王女殿下と国王陛下、それから王妃陛下ってことよね。 

 会うことはないと言われて、ありがとうございますというのも、可笑しいかもしれないけど、他に言い様もないわよね。 

 

 王族に会えなくて残念ということはあれど、良かったというのもなかなかだと思いつつ、それが事実であるがゆえに、フィロメナは複雑な思いがした。 

「ベルトランからも、くれぐれもと言われていたのに、あのような仕儀となってしまい。ロブレス侯爵令嬢。本当に申し訳なかった」 

「とんでもないことでございます、王太子殿下」 

 王太子であるセリオ王子にも謝罪を口にされ、フィロメナは恐縮してしまう。 

 

 魔法を放った本人であるマリルー王女殿下は、文面での謝罪でさえ、嫌々なのが明らかだったのに。 

 

 とはいえ、形だけでも、マリルー王女殿下、そして国王はじめ、アポンテ伯爵家からもオロスコ子爵家からも、謝罪と慰謝料を受け取ったフィロメナは、もうこの件は終いでいいと思っている。 

 

 心配だった傷もきれいに治ったし、もう二度としないでくれれば、それでいいのだけれど。 

 それより。 

 ベルトラン様から、くれぐれもって、どういうことかしら。 

 私のことを、ベルトラン様が頼んで行ってくれたと思って、いいのかな。 

 

「ベルトランねえ。このことを知ったら、怒り狂うでしょうね。三家とも、慰謝料と謝罪で済んだ、なんてほっとしていると、後で恐ろしい目に遭うでしょう」 

 フィロメナが、そわそわとした気持ちでいると、メラニア王女が、後半、厳かな様子を装ってそう言った。 

「姉上。予言のように言うのはやめてください」 

「あら。絶対にそうなるじゃない」 

 あっけらかんと言うメラニア王女に、セリオ王子も遠い目になる。 

「まあ、確かに。血を見るでしょうね」 

「鉄拳制裁。それくらい、妥当でしょう」 

 それはもう、予言というより決定事項だとメラニア王女が言えば、セリオ王子も諦めたように言い、ロレンサ王女までもが、止める気もないと微笑んだ。 

「あの・・お伺いしても、よろしいでしょうか」 

 そんな三人に、フィロメナは、おずおずと声をかける。 

「ええ。何かしら?ベルトランの小さい頃の話?それとも、何か秘密を握りたい?」 

 わくわくしたようにメラニア王女に言われ、フィロメナは、決意を込めて問いかける。 

「いえ。実はわたくし、第三王女殿下に、ベルトラン様と恋仲なのはご自分で、わたくしは隠れ蓑婚約者だと伺ったのですが。最近、齟齬を感じると言いますか」 

「「「・・・・・」」」 

 今の三人の会話を聞いて、益々違和感が強くなったと言うフィロメナに、高貴な三人が、決して他者に見せてはいけないような、唖然とした表情・・俗に言う、阿保面になった。 

 そして、やがて凍結が解けたように表情を整えた三人は、揃って口を開く。 

「メラニア、セリオ。わたくし、耳がおかしくなってしまったのかしら?」 

「いいえ、お姉様。わたくしも、同じことが聞こえたと思います」 

「恐らくは、マリルーの妄言を、信じてしまったのだと思いますが」 

 まるで、理解し難い言葉が聞こえたと言わぬばかりの三人に、フィロメナは、自分はそれほどにおかしなことを言ったのだと自覚する。 

「あの、申し訳ありません。ベルトラン様に確認した際『相応しい身分が欲しい』と仰っていたものですから。わたくしはそれを、マリルー王女殿下に相応しい地位、というように解釈していたのです」 

 流石に最近、それは違うのではと、自分の考えの大前提が崩れかけているフィロメナは、答えを求めて、自分が、マリルー王女の言葉を信じるに至った経緯を説明した。 

「そうね。ベルトランは、確かに地位を欲するようになったわね。断じて、マリルーのためではないけれど」 

 フィロメナの言葉を受け、ロレンサ王女が、頷きつつ言葉を紡ぐ。 

 断じて、の部分に力を込めて。 

「ああ。あれは、見ものだったな。第二騎士団でいい、爵位など不要だと言っていたのに、急に近衛に転属し、やはり爵位も必要になったなどと。あのベルトランが必死の形相で、カルビノ公爵に談判していたからな。マリルーのためになど、表情ひとつ変えない男が」 

「本当よね。『宝石とは、何故あのように高価なのだ』なんて。女性に贈り物したことないって怖いと思ったわ。女性のために買う初めての宝飾品が、婚約指輪。まあ、堅物のベルトランらしいわよね」 

 そして、セリオ王子とメラニア王女も、ロレンサ王女に続く。 

 その表情は、手のかかる弟の話をしているように、穏やかで優しい。 

  

 お三人とも、ベルトラン様とかなり親しいのね。 

 さっきも、ベルトラン様の幼いころのお話も聞かせてくださる、みたいなことを仰っていたし。 

 

「でも、素敵な恋をしている、幸せそうだと、喜ばしく思っていたのけれど。まさか、通じていなかったとは」 

「確かに。そのうえ、遊撃を目指すと聞いて、漸く私に協力する気になったかと、心強くも思ったというのに」 

 片手落ちもいいところではないかと、しみじみ言うセリオ王子に、メラニア王女が首を傾げる。 

「ええ?遊撃を目指すとは言っても。あれ、国のためって感じじゃないと思うけど?」 

「それでも、国のためにもなるじゃないですか。第二騎士団では、ベルトランの実力を生かしきれずにいたのだから」 

 近衛でもいいが、遊撃ともなれば、よりベルトランの実力を生かせる。 

 何よりベルトランの望みも叶う。 

 つまりは、一挙両得だと言って、セリオ王子は満足そうに笑った。 

「遊撃。ベルトラン様は、爵位を得られるというより、遊撃の地位を得られることに重きを置いていらっしゃるようでした」 

 考えるように言ったフィロメナに、セリオ王子が頷きを返す。 

「そうだね。伯爵位なら、カルビノ公爵家が有しているものを、そもそも貰える立場だから」 

「あの。そもそも、遊撃というのは、どのような立場なのですか?すみません、勉強不足で」 

 騎士であり、その地位を目指しているベルトランの婚約者でありながら、知らないとは恥ずかしいがと、フィロメナは問うた。 

「あまり公にならない地位だから、知識不足ということはないよ。遊撃というのは、固定の騎士団に属さない者のことをいう。立場を明らかにしないまま、情報を探るのが主な目的かな。騎士としての実力だけでなく、交渉術や語学なども必須だね。因みに、国王直属の栄えある存在、なんだけど、今は訳あって、私が代理を務めている」 

「訳あって、って。そんな意味深な。ただ単に、国王が才覚皆無により、じゃないの。あの人、ほんとに何も仕事していないわよね」 

 『ねえ?』とメラニア王女に同意を求められるも、まさか同意するわけにも、かといって否定するわけにもいかず、フィロメナは曖昧に微笑んだ。 

「ロブレス侯爵令嬢。真実は、自分で確認した方がいいと思うけれど。マリルーには、虚言癖があります。それから、ベルトランが誰のために地位を欲しているのか。マリルーと貴女が考えている位置に誰かを置き換えて、考えてみるといいわ」 

「あとは、よおおく、ベルトランと話をして。きちんと、主語を言わせてね・・・というわけで、靴、持って来てくれた?」 

「あ、はい。お持ちしました・・・・それから、ありがとうございます」 

 言われていたので靴は持って来ていると、すぐさま用意しようとして、それより先に、助言へのお礼が未だだったと、何が『というわけ』なのか分からないまま、フィロメナは、きちんと礼をしてから、持参の靴を取り出した。 

 
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