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二十一、作戦
しおりを挟む「はいっ。デュルフェ公爵夫人。エヴァ様は今、ぴぃちゃんのなかにいらっしゃいます!」
デュルフェ公爵夫人の言葉に、ぴしっと飛び上がらぬばかりに姿勢を正したピエレットが、思わず手を挙げ言えば、デュルフェ公爵夫人が大きなため息を吐いた。
「ピエレット。貴女は、今のそれが詳細だと言うの?たったそれだけの情報で、わたくしにすべてを推察しろと?」
「っ。も、申し訳ありません、デュルフェ公爵夫人」
じろりと睨むように見られ、ピエレットが、思わず声を震わせる。
「母上!今回の件は、誠に信じ難い、奇天烈な事象なのです。ですから、当事者である俺から説明させてください」
「ぬいぐるみは、黙っていなさい」
緊張のあまり失敗してしまったピエレットを庇うようにエヴァリストが言うも、デュルフェ公爵夫人はピエレットから視線を外さない。
「ピエレット。貴女が、あまり駆け引きに向いていないことは知っています。相手からの圧に弱いことも。ですが、公爵家に嫁ぐとなれば、それは避けられない道と教えもしたはず。揚げ足を取られるような、隙を見せてはなりません。貴女の過失は、このデュルフェ公爵家の過失となることを忘れないように」
「はい。デュルフェ公爵夫人」
ここへ来てからの態度すべてがいけなかった、とピエレットは反省し、焦りは禁物と孔雀のぬいぐるみ、エヴァリストの目をじっと見つめた。
「エヴァ様。デュルフェ公爵夫人に、すべてお話ししますね?」
「ああ。頼む」
エヴァリストから了承を得たピエレットは、改めてデュルフェ公爵夫人と向き直る。
「デュルフェ公爵夫人に、エヴァリスト様からお聞きしたことを、ご報告いたします」
「ええ。お願い」
自分の母と婚約者の、真剣な語らい。
それをエヴァリストは、テーブルの上に置かれたクッションから見つめる。
『なんだろう、この感じ。いつもより視界が狭いだけで、俺は普通にふたりを見ているけど、ふたりから見る俺は孔雀のぬいぐるみ・・・どんな場面だよ・・はあ』
エヴァリストが複雑な思いを抱えるうちにもピエレットの話は進み、エヴァリストがピエレットに伝えたすべてを、デュルフェ公爵夫人に伝え終わった。
「・・・なんてこと。いきなり現れる怪しい術だなんて。それでピエレットは、既にエヴァリストが襲われている王城は、危険だと言ったのね。侍女に扮装して転移すれば、見咎められることも無いもの・・・もちろん、護衛の視界の範囲に転移しなければ、ですけれどね」
「デュルフェ公爵夫人。護衛の方は、お部屋のなかにもいらっしゃいますか?」
ピエレットの問いに、デュルフェ公爵夫人は緩く釘を横に振る。
「いいえ。それこそ、王城なのだからと扉の前にふたりいるだけよ。そんな、突然現れる術だなんて、予想外だもの」
「分かります。ですが、それではエヴァリスト様が危険です。デュルフェ公爵夫人、何とかこちらへお連れできないでしょうか」
冷静さを取り戻したからか、きちんとエヴァリスト様と呼ぶピエレットを見つめ、デュルフェ公爵夫人が淡く微笑んだ。
「ピエレットは、本当にエヴァリストを大切に想ってくれているのね」
「え・・・あ、はい」
照れたように言うピエレットに、デュルフェ公爵夫人は尚も尋ねる。
「エヴァリストのこと、好き?」
「え!?」
「どうかしら?そうでもない?公爵家の嫡男だから、婚約をしただけ?」
首を傾げて言うデュルフェ公爵夫人に、ピエレットは大きく首を横に振った。
「違います!エヴァリスト様だから、お傍に居たいと思ったのです。そして、その想いは日々強くなっております。わたくしでは、足りないことも多いでしょうが、これからも精進してまいりますので、どうぞ、エヴァリスト様のお傍にいさせてください」
そう言って、優雅に頭を下げたピエレットを見て、デュルフェ公爵夫人がエヴァリスト・・孔雀のぬいぐるみを見た。
「ですって。よかったわね、エヴァリスト」
「母上!」
「あ」
そんなふたりのやり取りに、エヴァリストがこの場に居たことを思い出したピエレットが、真っ赤になる。
「ふふ。こちらこそ、どこぞの女にこんな目に遭わされる愚か者だけれど、これからもよろしくね」
「愚か者って、母上。俺だって、好きでこのような目に遭ったわけでは」
「当然でしょう。いきなり殺されなかっただけ、運がよかったと思いなさい。武に秀でていると誉めそやされて、いい気になっていた証拠ですよ」
デュルフェ公爵夫人の言葉に、ピエレットは改めて恐怖を覚えた。
「エヴァ様」
「大丈夫だ、レッティ。二度と、油断などしないから」
「そうよね。油断したせいで、こうやって可愛いピエレットの髪を撫でることも出来ないのだから」
言いながら、ピエレットの髪を優しく撫でるデュルフェ公爵夫人に、エヴァリストが怨嗟の声をあげる。
「分かっていてやるとは、母上もお人が悪い」
「悔しかったら、早く体に戻りなさい。まずは、そうね。ふたりの言う通り、王城から移した方がいいでしょうね。そうと決まれば、旦那様とバルゲリー伯爵夫妻にも話をしなければならないわね」
言いつつ、早くも執事を呼び寄せるデュルフェ公爵夫人に、ピエレットは首を傾げた。
「あの。うちの両親にも、話をしてしまって大丈夫なのですか?」
「もちろんよ。というより、エヴァリストの体を、バルゲリー伯爵邸で預かってほしいの。その方が、より犯人から遠ざけることが出来るでしょうから」
デュルフェ公爵夫人の言葉に、ピエレットも大きく頷きを返す。
「分かりました。両親にも、連絡を取ります」
「すまないな、レッティ。よろしく頼む。母上にも、ご面倒をかけます」
「任せておきなさい、馬鹿息子」
そんなふたりのやり取りに、ピエレットは思わず笑ってしまう。
「いいこと、ふたりとも。今回の目標は、今、この孔雀のぬいぐるみに居るエヴァリストを、無事に体に戻すこと、それから、エヴァリストにこんな事をした、その子爵の娘を捕らえることよ」
「「はい!」」
司令官の如くに言い切ったデュルフェ公爵夫人に、ピエレットとエヴァリストも力強く返事をした。
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