王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

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二十、デュルフェ公爵夫人

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「お願いします、デュルフェ公爵夫人。エヴァリスト様のお体を、こちらのお邸へお移しください」 

 ピエレットがそう言った瞬間、エヴァリストは思わず内心で叫びをあげた。 

『レッティ!それは、直接に過ぎるだろう!』 

 許しを得て訪れたデュルフェ公爵邸にて、懐かしいと感慨にふける間もなく、エヴァリストはだらだらと冷や汗の流れる思いを味わう。 

 自信満々に任せてほしいと言っていたピエレットの、その言葉を信じ、何か策があるのかと思っていたエヴァリストだが、事ここに至ってどうやら違うらしいと気づくも、今の自分に出来ることは無い。 

『それは、とびっきりの我儘を言う、とか言っていたが。比喩だったんじゃないのか?それに、もっとこう、社交辞令や軽い会話の後に、迷いながら切り出すのだと思いきや、いきなり本題とは。レッティ、鋼の心臓の持ち主か?』 

 席に着き、茶を供されるなり本題に突入したピエレットを、エヴァリストは恐ろしいものを見るような目で見る。 

「エヴァリストの体を、って。それではまるで、エヴァリストの魂は別になってしまっているような言い方ではありませんか」 

「夫人!流石です」 

 縁起でもない、と吐き捨てるように言おうとしたデュルフェ公爵夫人の言葉を、ピエレットが尊敬の眼差しと共に打ち消した。 

「ピエレット?流石とは、どういう意味かしら?それが、事実のような言い方をして。何か意図があるの?」 

「意図、というか。そのままです。だってエヴァ様は今・・・・っ」 

『ああ。気づいたか。確かに、俺はここに居るからな。だが、それを未だ母上には伝えないようにしようと、約束したものな』 

 最悪の場合、ピエレットが窮地に立つ、と考えたエヴァリストは、心配しているだろう自分の両親にも、現状を告げない方向で行くことに決めたことに後悔は無い。 

『母上は、現実主義だからな。たとえ俺の声が孔雀のぬいぐるみからしても、ここに俺が居ると断定、受け入れるには時間がかかるだろう。レッティ、背負わせてすまないが、頼むな。うまく、誤魔化してくれ』 

 きゅ、とピエレットが孔雀のぬいぐるみを強く掴むのを感じ、咄嗟にその手を取ろうとして・・またもエヴァリストは嘆息する羽目になる。 

「だって、エヴァリストは今?何かしら?」 

「あっ・・その。エヴァ様は今、ご自分で動くことができません。そのような時に、もし襲われでもしたら」 

 他者の前で、エヴァリスト様、ということも忘れ、懸命に言い募るピエレットを、デュルフェ公爵夫人はじっと見据えた。 

「エヴァリストは、王城で預かられているのです。どこよりも、警備は強固ですよ」 

「いいえ!王城では駄目なのです!現に、エヴァ様は王城で」 

「ピエレット。不敬ですよ」 

 きり、と表情を厳しくしてデュルフェ公爵夫人がピエレットを窘める。 

「あ・・・申し訳ありません。ですが、王城では、その、侍女がエヴァ様のお世話をしていて、侍女に成りすま・・いえ、侍女だって貴族のご令嬢ですから、もしかしたら、エヴァ様によからぬ・・・」 

 言いながら、自分を見据えるデュルフェ公爵夫人を幾度も見つめ返そうとし、その度に敗北しながら、それでも言い募ろうとするピエレットに、デュルフェ公爵夫人が、小さく息を吐く。 

「よからぬ、なんですか?」 

「そ、それは・・・」 

「それは?」 

『レッティ!俺の貞操の心配をしてくれるのか。鈍いと思っていたが、そこはきちんと知っていたのだな』 

 そうかそうかと嬉しくなったエヴァリストは、もじもじと恥ずかしそうに孔雀のぬいぐるみをいじるピエレットを愛しく思う。 

『ああ、こんな時に抱き締められないなんて。拷問か』 

 じっと我が手を見つめることもできない、いや、今の俺の手はぬいぐるみの羽か?などとエヴァリストが思っていると、ピエレットの口から、思いがけない言葉が飛び出した。 

「え、エヴァ様は眠っていらっしゃるのですから、頬を撫でたり、髪を撫でたりされても分からない、と思いまして」 

『は?頬や髪を撫でる?それだけか?』 

 虚脱したエヴァリストと同じ感覚なのだろう、デュルフェ公爵夫人がふと頬を緩める。 

「まあ、可愛らしいこと。ふふ。エヴァリストが聞いたら、がっかりしそうだわ。いえ、そうでもないかしら。いずれにしても、勘違いをして、ぬか喜びはしそうね」 

『・・・・・母上。その意味深な笑いやめてください。どうせ、俺は貞操を心配してくれたと思って自惚れましたよ・・悪かったですね』 

 ふい、とやさぐれて、それからエヴァリストは思い直す。 

『まあ。他の人間が俺に触れるのは嫌だ、とは思ってくれているのだから、よしとするか』 

「デュルフェ公爵夫人?どうかされましたか?」 

「いいえ。そうね。確かに、そういう心配はあるわ。でも護衛もいるし、ひとりの侍女がずっとエヴァリストの傍に居るわけでもないから、そこまで心配する必要は無いと思うわよ」 

 優しく諭され、ピエレットは確かにと頷きながらも、言葉を続けた。 

「ですが、いきなり現れるような方を相手に、護衛の方もすぐに反応できるかどうか、とても不安なのです」 

「いきなり現れる?何を言っているの、ピエレット。王城なのよ?しかも、我がデュルフェ公爵家が賜っているお部屋に、何の紹介もなく近づける者などいません」 

 きっぱりと言い切ったデュルフェ公爵夫人に、ピエレットは必死で首を横に振る。 

「デュルフェ公爵夫人。紹介など必要ないのです。何と言っても、突然、本当に何の前触れもなく現れるそうなので。それで、エヴァ様も対処仕切れなかったとおっしゃって。エヴァ様ほどの」 

「レッティ!」 

 不安が決壊したかのように話すピエレットに、エヴァリストは思わず叫びをあげた。 

「え?エヴァリスト?」 

「あ」 

『・・・しまった・・・!』 

 息子の声がした、と辺りを見渡すデュルフェ公爵夫人と、遅まきながら話し過ぎてしまったことに気付き、青くなってエヴァリスト・・即ち孔雀のぬいぐるみを見つめるピエレット。 

「ピエレット。どういうことなのか、きちんとすべて、詳らかになさい」 

 何ともいえない空気の漂うなか、デュルフェ公爵夫人の凛とした声が、その場に響いた。 

 

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