王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

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十九、密談

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「しかし、犯人は分かっているというのに、証拠が何も無いからな。どうするか」 

「エヴァ様。やはり正攻法では難しいのではありませんか?あちらは何やら怪しい術も用いているのですし」 

「そうだな・・・」 

 深く沈思するエヴァリストに、ピエレットが、ずい、と顔を寄せた。 

「れ、レッティ・・・ちか」 

「エヴァ様。わたくしが、あちらの子爵家へ侍女として潜り込みましょうか」 

「は!?」 

 エヴァリストは顔を近づけられ、照れたことも忘れて頓狂な声をあげる。 

「わたくしが、アダン子爵令嬢に近づけばよいのではありませんか?」 

「駄目に決まっているだろう、そんなこと。許可できない」 

「なぜですか?それは、わたくしの顔をご存じかもしれませんが、少し印象を変える工夫をすれば大丈夫だと思います」 

 そう親しいわけでも、幾度も会ったわけでもないので、と言うピエレットにエヴァリストは厳しい声を出した。 

「そういう問題ではない。レッティに侍女の真似事などさせられるか」 

「あら、エヴァ様。わたくし、きっと採用されてみせますわ。これでも色々と頑張っているのです」 

 デュルフェ公爵夫人も誉めてくださいました、と胸を張るピエレットにエヴァリストは内心で首を大きく横に振る。 

「そういう問題ではない。俺が、そのような真似をさせたくない。第一、危険だ。あの女、何をするか分からないからな」 

「では、やはり脅しますか」 

「レッティ・・・」 

「だって、急がないとエヴァ様が・・・・あ」 

 目に涙を滲ませ、これは緊急事態だと言ったピエレットが、何かに気付いたような声をあげた。 

「どうした?レッティ」 

「エヴァ様。エヴァ様が大変です!」 

「ん?まあ、既に大変なことになっているな?」 

「そうではなくて!それだけではなくて、エヴァ様が危険なのです!」 

 ぐいっと孔雀のぬいぐるみを掴みあげ、ピエレットが叫ぶ。 

「れ、レッティ・・・何事だ・・・?」 

 荒海で航海した時のように揺らされながら、エヴァリストはピエレットに問うた。 

「アダン子爵令嬢は、突然エヴァ様のお傍に現れたのですよね?ということは、王城にいらっしゃるエヴァ様のお体のお傍へ行くのも、容易なのでは!?」 

「あ!それはまずい!まずいぞ、レッティ!」 

「どうしましょう。王家の方にお伝えして、それで、警護を強化していただきましょうか」 

 それが一番だと言うピエレットに、しかしエヴァリストは否定の言葉を告げる。 

「いや。信じてもらえないだろう」 

「そうでしょうか。実際に、こうやってお話しされているのですから」 

「レッティ。俺がこのような状態になったこと、外部には知られない方がいい。知る人間が増えるほど、あの女の元へも情報が届く」 

「ああ・・そうですね。確かに」 

 こくりと頷いて、ピエレットはエヴァリストの目を覗き込んだ。 

「いや、レッティ。だから、ちか」 

「密かに、デュルフェ公爵家へエヴァ様のお体をお移ししましょうか」 

「あ、ああ・・・それは、いいな。邸ならば、俺も安心できる」 

 ぬいぐるみ、今の俺はぬいぐるみだからと唱えるように内心で呟き、エヴァリストは、これだけ近づいてもけろりとしているピエレットを見返す。 

『可愛い・・・近くで見るレッティ・・ものすごく可愛い』 

「そうですよね。密かにお移しすれば、アダン子爵令嬢の目も誤魔化せるでしょうし」 

「そうだな。王家には何と言うか・・・。いや、その前に父上と母上にどう説明するかだな。どのみち、レッティに任せてしまうのが情けないが、何とか、話し合いの内容は決めて」 

「大丈夫ですわ、エヴァ様。わたくしが、とびっきりの我儘を申しますから」 

 意識の無い体を密かに移す理由、と考えるエヴァリストに、ピエレットが明るい笑みを浮かべてそう言った。 

 

 

『レッティが風呂・・・レッティが、風呂に・・・』 

 声に出さないよう、内心でぶつぶつ呟きながら、エヴァリストは目の前に広がる布の世界を見つめる。 

 エヴァリストの体をデュルフェ公爵家へ移すため自分が我儘を言う、と言ったピエレットだが、エヴァリストがその内容を深く聞く前に、侍女がピエレットの部屋へと来、湯あみの用意が出来たと告げたことで、ピエレットは今、この場を離れている。 

 その際『湯上がりは、寝間着姿で恥ずかしいので』とエヴァリストを後ろ向きにした、そのピエレットの頬がほのかに色づいていて、エヴァリストは、あまりに近いそれに魅入られずにはいられなかった。 

『ああ。レッティ・・・可愛いかった・・それに、ちゃんと俺を意識してくれていて、よかった』 

 本当に良かった、俺の立場はぬいぐるみと同位では無かった、と椅子の背もたれを見つめるエヴァリストの耳が微かな衣擦れの音を拾うと同時、ピエレットがエヴァリストに声をかける。 

「エヴァ様、ただいま戻りました」 

 声が密やかなのは、未だ侍女が部屋にいるからなのだろう。 

 その響きさえ心地いいと、エヴァリストは心が満たされる思いがする。 

「ああ。おかえり」 

 おかえりというのも、おかしいのかもしれないが、とエヴァリストは思い、婚姻後には、こういった会話をすることになるのだと感慨深く思った。 

「エヴァ様も、お風呂に入れるとよかったのですが」 

「気にするな。この姿では無理だろう。ぬいぐるみが風呂に入るなど、聞いたこともない」 

「すみません。今日のぴぃちゃんのお手入れは終わっていたもので、そこまで気が回りませんでした。エヴァ様がいらっしゃると分かったのですから、お湯をいただく前に、もう一度お手入れすればよかったです」 

 失敗した、とうなだれるピエレットに、エヴァリストは不思議そうな声を出す。 

「手入れ?レッティは、このぬいぐるみの手入れをしてくれているのか」 

「はい。毎日、ぴぃちゃんとお話しするのが、わたくしの楽しみなのです」 

 ふふ、と笑う気配がして、ああ、今のレッティも可愛いに違いない、と振り向くことも出来ないながら、エヴァリストはその雰囲気にあたたかさを感じた。 

「そうか。大切にしてくれているのだな」 

「エヴァ様からの贈り物ですもの。それに、ぴぃちゃんはわたくしのお友達ですから」 

 言い切って、ピエレットは孔雀のぬいぐるみの頭をそっと撫でる。 

「くすぐったい」 

「感じますか?」 

「ああ。俺の頭を撫でてもらっているようだ」 

 まるで幼い頃に戻ったようだ、と呑気に考えたエヴァリストは、その時ふわりと香った優しい香りが、湯上がりのピエレットの香りだと気づいて、ひとり動揺した。 

『落ち着け、落ち着くんだ、俺』 

 落ち着くために、と意味なく椅子の背もたれに使われている布の織り目、装飾に使われている釦の数を数えて気を紛らわせる。 

「エヴァ様。お腹は、空いていらっしゃいませんか?」 

「ああ。そちらも問題ない」 

「それなら、よかったです」 

 エヴァ様がお辛いのは、わたくしが嫌なので、と言ったピエレットの細やかな心遣いに、エヴァリストは和やかな安らぎを感じる。 

「それでは、エヴァ様。おやすみなさいませ」 

「っ・・あ、ああ、おやすみ」 

 ピエレットの言葉に心情的にぴくっと飛び上がり、エヴァリストは何気なさを装ってそう返事をした。 

『あ、危なかった』 

 いや、何が危なかったと言われても困るが、と飛び跳ねる鼓動を何とか抑えれば、聞こえるのは密やかなピエレットの息遣い。 

『もう寝たのか?寝顔も、可愛いのだろうな。婚姻すれば、毎日見られるのか。そうか。レッティのおやすみなさいませ、も人間の姿で聞くとまた違うのだろうな』 

 隣り合って横になり、可愛い寝顔を見つめて髪を撫でるのもそう遠い未来ではない、とエヴァリストは、ひとりその日を待ちわびる。 

「エヴァ様?もうお休みになりましたか?」 

「・・・い、いや。なんだ、未だ起きていたのか」 

 想像ではない、今現在のピエレットの声に、ぴくん、と反応したエヴァリストの耳に、寝返りをうったらしいピエレットの動きの音が、やけに大きく響く。 

「はい。なんだか、緊張してしまって。いえ、婚姻したらずっとこうなのだ、とエヴァ様と一緒に居られるのが嬉しくもあるのですが」 

 エヴァ様がそこにいらっしゃると思うと色々想像してしまって、と、はにかんで言うピエレットはさぞかし可愛いのだろうと、急ぎ脳内でその笑顔を作成したエヴァリストは、暗くなった部屋でふたりきりという状況を意識し、胸が高鳴るのを感じているのは自分だけではない、と嬉しく感じた。 

「一緒にいると言っても、今はこのざまだからな。安心しろ。何もしない、というより出来ないのだから」 

「ふふ。何をおっしゃいますか。何も出来ないなどということは、無いではありませんか」 

「っ。れ、レッティ!?」 

 楽し気に笑うピエレットの、その笑みが妖艶にさえ聞こえて、エヴァリストの鼓動が再びうるさいほどに高鳴る。 

「だって、こうしてお話ししているではありませんか。何も出来ない、などということはありませんわ」 

「ああ・・・そういう・・・」 

 のほほん、と悪気なく言ったピエレットに、エヴァリストは遠い目になった。 

『なんだろう・・俺が凄く汚れているのか?いや、この場合、レッティが純真だというべきか』 

 決して自分が不純なわけではない、いや、不純といえばそうなのかもしれないが、普通だと言い訳のようにエヴァリストは自問自答する。 

「エヴァ様。明日の朝もいらっしゃいますよね?」 

「ん?あ、ああ。そのつもりだが・・・どうかな」 

「では、一晩中お話ししていましょう!エヴァ様が、ここからいなくならないように」 

 その心配はしていなかった、と内心で首を傾げるエヴァリストに、ピエレットがそう告げる。 

「いや、しかしそれでは」 

「不安なのです。エヴァ様が、いなくなってしまいそうで」 

「レッティ・・・」 

 ピエレットの不安が満ちるその声に、エヴァリストはピエレットを抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。 

「エヴァ様」 

「大丈夫だ。俺は、絶対にレッティの傍に居る。ここに、いるよ」 

 誓うように言って、エヴァリストは小さな声で、歌を歌い始める。 

「エヴァ様のお声・・・好きです」 

「ゆっくり眠れ。また明日、レッティ」 

「はい。また明日お会いしましょう、エヴァ様」 

『といっても、俺は少しも眠くないのだが。この身は一体どうなっているのやら。ああ、王城の警備、俺の体を頼む』 

 思えば、自身の体が心配になり、エヴァリストは体の安全を他者に託すしかない現在に、不安を覚えた。 

 

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