8 / 26
王子妃候補 ミュリエル・ドリューウェット 2
しおりを挟むどうしたらいい?
どうしたら、挽回できる?
ミュリエルの心情を聞き、それでも最早ミュリエルしか自分の妃はいない、と思い詰めているシリルは、挽回の道を模索し始める。
「本当はね。今回王城へ招かれた時も、最終選考には参加せずに王子妃候補を辞退してしまおう、って思っていたのよ」
しかし聞こえたのは、そんなシリルにとって絶望的な言葉。
え?
そこまで!?
そんなに嫌なのか!?
僕が!!
ミュリエルの言葉に瀕死状態のシリルの前で、ミュリエルは困ったような笑みを浮かべた。
「けれど王妃陛下が、秘蔵の図鑑を全巻貸してくださるうえ、自由に模写してもいい、と仰って」
「図鑑、ですか?」
言われ、シリルが改めて見てみれば、ミュリエルが向かう机には図鑑が広げられている。
これは、母上秘蔵の動物図鑑じゃないか。
何十冊とあるそれは、他国の出身である王妃が嫁入りの際に持って来た品で、装丁や仕様だけではなく、その内容も素晴らしいと高い評価を得ているもの。
しかし、見覚えだけはあるそれとミュリエルが結びつかず、シリルは思わずミュリエルの目を見つめてしまう。
「わたくしね、動物の図鑑を見るのが大好きなの」
ずきゅんっ
うっ。
なんだ今の可愛さ。
反則級だろう!
恥ずかしそうに目尻を紅に染めるミュリエルの、そのはにかんだ微笑みにシリルは胸を撃ち抜かれ、思わず胸に手を当てた。
「こんな趣味、令嬢らしくないわよね」
「そんなことありません!」
寂しそうに笑うミュリエルを見ていられなくて、シリルは思い切り声をあげる。
「セシル」
「わ、私の母も同じ動物図鑑を持っていて私も・・・鳥の、鳥のを見たことがあります!」
シリルの言う母とはもちろん王妃の事なので、シリルが見たことがあるのも同じ図鑑で間違いはない。
ただ、何冊にも分冊されている図鑑の、鳥の巻の一冊だけをちょこっと見たことがあるだけ、しかも美しい装丁に惹かれて覗いてみた程度でしかないシリルは、過去の自分を殴りたくなった。
もっときちんと見ておけば、今ミュリエルともっと話が出来たのに、と、後悔しかない。
ああ、過去の僕を殴りたい!
思っても、時は還らない。
「まあ、見たことがあるの!?凄いわ。このシリーズは他国で作られたものだから、こちらではなかなか手に入らなくて。わたくしが見たことがあるのは、せいぜい頁の写しだったわ。セシルのお母様、すごいのね」
ええ。
何と言っても王妃ですから!
言う訳にもいかず、そうか、その図鑑はそんなに貴重なのか、とそこからのシリルは、それでもミュリエルがこの図鑑を見ることが出来てよかったと思う。
ん?
ちょっと待て。
さっきミュリエルは、最終選考自体辞退しようと思っていたけれど、母上が図鑑を貸してくれるから想いとどまったようなことを言っていたよな。
つまり、ミュリエルは図鑑に釣られて最終選考に参加することを決めた、ということ。
母上、ナイスです!
ありがとうございます!
今、ミュリエルのなかで、シリルと図鑑の比重は圧倒的に図鑑の方が勝っている。
それに、これまでのシリルの行動から、ミュリエルは自分が王子妃に選ばれることは無いと確信もしているのだろう。
しかし、この時点で既に、シリルはミュリエルを妃にすると決断していた。
見た目もだが、話ししていてこれほど楽しいと思える相手は初めてかもしれない、とさえ思う。
何となれば、今までと楽しさが違うのだ。
これまでのように、流行の話をし、笑いさざめいて誰かを貶す上辺だけの会話とミュリエルとの会話は違う。
話し方も好感が持てるし、もっと実のある血肉の通った話も出来そうだし、何よりやわらかな声は心地よく、的確な返事はミュリエルの賢さを表している。
だがしかし、今現在ミュリエルからシリルの評価は芳しくない。
芳しくないどころか、マイナスの可能性も高い。
それでも、シリルはミュリエルを諦めるつもりは無かった。
これから、もっと会話をして相互理解を深め、これまでの、妃候補でありながら余り話すことも近づくこともない、などという関係を払拭していく。
そして自身、ミュリエルに認めてもらえる王子となり、婚約まで漕ぎ付けるのだ、とシリルは気合を入れてミュリエルを見つめた。
「これは。とんだお邪魔をしてしまいました。私はあちらに控えておりますので、続きをご覧ください」
取り敢えず侍女である今は、壁際まで下がってミュリエル観察を楽しもう、とうきうきと下がろうとしたシリルに、ミュリエルが親しみある笑顔を向ける。
「あちらまで行くことは無いわ。図鑑が好きなら、セシルもそこで見ていていいのよ」
侍女だから、席を同じくすることは出来ない。
それでも、自分が見ている図鑑を共に見ていいという。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
ミュリエル優しい!
ほんと妖精天使!
・・・・・・ん?
またも浮かんだ妖精天使という言葉。
ミュリエルと居ると浮かんで来るその言葉。
今、ミュリエルはきらきらと瞳を輝かせ、図鑑を見てはペンを走らせている。
なんだ?
この感覚。
ミュリエルの、ふわふわな髪を見つめ、シリルは懸命に己の感覚を探り続けた。
61
あなたにおすすめの小説
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
【完結】髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜
大森 樹
恋愛
髪は女の命。しかし、レベッカの髪は切ったら二度と伸びない。
みんなには秘密だが、レベッカの髪には魔法が宿っている。長い髪を切って、昔助けた男の子レオンが天才魔法使いとなって目の前に現れた。
「あなたを愛しています!絶対に絶対に幸せにするので、俺と結婚してください!よろしくお願いします!!」
婚約破棄されてから、一人で生きていくために真面目に魔法省の事務員として働いていたレベッカ。天才魔法使いとして入団してきた新人レオンに急に告白されるが、それを拒否する。しかし彼は全く諦める気配はない。
「レベッカさん!レベッカさん!」とまとわりつくレオンを迷惑に思いながらも、ストレートに愛を伝えてくる彼に次第に心惹かれていく…….。しかし、レベッカはレオンの気持ちに答えられないある理由があった。
年上訳あり真面目ヒロイン×年下可愛い系一途なヒーローの年の差ラブストーリーです。
【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
秋月一花
恋愛
旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。
「君の力を借りたい」
あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。
そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。
こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。
目的はたったひとつ。
――王妃イレインから、すべてを奪うこと。
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
結婚した次の日に同盟国の人質にされました!
だるま
恋愛
公爵令嬢のジル・フォン・シュタウフェンベルクは自国の大公と結婚式を上げ、正妃として迎えられる。
しかしその結婚は罠で、式の次の日に同盟国に人質として差し出される事になってしまった。
ジルを追い払った後、女遊びを楽しむ大公の様子を伝え聞き、屈辱に耐える彼女の身にさらなる災厄が降りかかる。
同盟国ブラウベルクが、大公との離縁と、サイコパス気味のブラウベルク皇子との再婚を求めてきたのだ。
ジルは拒絶しつつも、彼がただの性格地雷ではないと気づき、交流を深めていく。
小説家になろう実績
2019/3/17 異世界恋愛 日間ランキング6位になりました。
2019/3/17 総合 日間ランキング26位になりました。皆様本当にありがとうございます。
本作の無断転載・加工は固く禁じております。
Reproduction is prohibited.
禁止私自轉載、加工
복제 금지.
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
悪役令嬢の面の皮~目が覚めたらケモ耳旦那さまに股がっていた件
豆丸
恋愛
仲良しな家族にうんざりしていた湯浅風花。ある夜、夢の中で紫髪、つり目のキツメ美人さんと体を交換することに。
そして、目を醒ますと着衣のまま、美麗ケモ耳男に股がっていました。
え?繋がってる?どーゆーこと?子供もいるの?
でも、旦那様格好いいし一目惚れしちゃた!役得かも。うそ、私、悪役令嬢でしかも断罪後で旦那様にも嫌われてるの?
よし!嫌われてるのなら、押して押して押し倒して好きにさせてみせる!!
閨から始まる拗らせ公爵の初恋
ボンボンP
恋愛
私、セシル・ルース・アロウイ伯爵令嬢は19歳で嫁ぐことになった。
何と相手は12歳年上の公爵様で再々婚の相手として⋯
明日は結婚式なんだけど…夢の中で前世の私を見てしまった。
目が覚めても夢の中の前世は私の記憶としてしっかり残っていた。
流行りの転生というものなのか?
でも私は乙女ゲームもライトノベルもほぼ接してこなかったのに!
*マークは性表現があります
■マークは20年程前の過去話です
side storyは本編 ■話の続きです。公爵家の話になります。
誤字が多くて、少し気になる箇所もあり現在少しずつ直しています。2025/7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる