王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)

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王子妃候補 ミュリエル・ドリューウェット 2

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 どうしたらいい? 

 どうしたら、挽回できる? 

 

 ミュリエルの心情を聞き、それでも最早ミュリエルしか自分の妃はいない、と思い詰めているシリルは、挽回の道を模索し始める。 

 

「本当はね。今回王城へ招かれた時も、最終選考には参加せずに王子妃候補を辞退してしまおう、って思っていたのよ」 

 しかし聞こえたのは、そんなシリルにとって絶望的な言葉。 

  

 え? 

 そこまで!? 

 そんなに嫌なのか!? 

 僕が!! 

 

 ミュリエルの言葉に瀕死状態のシリルの前で、ミュリエルは困ったような笑みを浮かべた。 

「けれど王妃陛下が、秘蔵の図鑑を全巻貸してくださるうえ、自由に模写してもいい、と仰って」 

「図鑑、ですか?」 

 言われ、シリルが改めて見てみれば、ミュリエルが向かう机には図鑑が広げられている。 

  

 これは、母上秘蔵の動物図鑑じゃないか。 

 

 何十冊とあるそれは、他国の出身である王妃が嫁入りの際に持って来た品で、装丁や仕様だけではなく、その内容も素晴らしいと高い評価を得ているもの。 

 しかし、見覚えだけはあるそれとミュリエルが結びつかず、シリルは思わずミュリエルの目を見つめてしまう。 

「わたくしね、動物の図鑑を見るのが大好きなの」 

 ずきゅんっ 

 

 うっ。 

 なんだ今の可愛さ。 

 反則級だろう! 

 

 恥ずかしそうに目尻を紅に染めるミュリエルの、そのはにかんだ微笑みにシリルは胸を撃ち抜かれ、思わず胸に手を当てた。 

「こんな趣味、令嬢らしくないわよね」 

「そんなことありません!」 

 寂しそうに笑うミュリエルを見ていられなくて、シリルは思い切り声をあげる。 

「セシル」 

「わ、私の母も同じ動物図鑑を持っていて私も・・・鳥の、鳥のを見たことがあります!」 

 シリルの言う母とはもちろん王妃の事なので、シリルが見たことがあるのも同じ図鑑で間違いはない。 

 ただ、何冊にも分冊されている図鑑の、鳥の巻の一冊だけをちょこっと見たことがあるだけ、しかも美しい装丁に惹かれて覗いてみた程度でしかないシリルは、過去の自分を殴りたくなった。 

 もっときちんと見ておけば、今ミュリエルともっと話が出来たのに、と、後悔しかない。 

 

 ああ、過去の僕を殴りたい! 

 

 思っても、時は還らない。 

「まあ、見たことがあるの!?凄いわ。このシリーズは他国で作られたものだから、こちらではなかなか手に入らなくて。わたくしが見たことがあるのは、せいぜい頁の写しだったわ。セシルのお母様、すごいのね」 

 

 ええ。 

 何と言っても王妃ですから! 

 

 言う訳にもいかず、そうか、その図鑑はそんなに貴重なのか、とそこからのシリルは、それでもミュリエルがこの図鑑を見ることが出来てよかったと思う。 

  

 ん? 

 ちょっと待て。 

 さっきミュリエルは、最終選考自体辞退しようと思っていたけれど、母上が図鑑を貸してくれるから想いとどまったようなことを言っていたよな。 

 つまり、ミュリエルは図鑑に釣られて最終選考に参加することを決めた、ということ。 

 

 母上、ナイスです! 

 ありがとうございます! 

 

 今、ミュリエルのなかで、シリルと図鑑の比重は圧倒的に図鑑の方が勝っている。 

 それに、これまでのシリルの行動から、ミュリエルは自分が王子妃に選ばれることは無いと確信もしているのだろう。 

 しかし、この時点で既に、シリルはミュリエルを妃にすると決断していた。 

 見た目もだが、話ししていてこれほど楽しいと思える相手は初めてかもしれない、とさえ思う。 

 何となれば、今までと楽しさが違うのだ。 

 これまでのように、流行の話をし、笑いさざめいて誰かを貶す上辺だけの会話とミュリエルとの会話は違う。 

 話し方も好感が持てるし、もっと実のある血肉の通った話も出来そうだし、何よりやわらかな声は心地よく、的確な返事はミュリエルの賢さを表している。 

 だがしかし、今現在ミュリエルからシリルの評価は芳しくない。 

 芳しくないどころか、マイナスの可能性も高い。 

 それでも、シリルはミュリエルを諦めるつもりは無かった。 

 これから、もっと会話をして相互理解を深め、これまでの、妃候補でありながら余り話すことも近づくこともない、などという関係を払拭していく。  

 そして自身、ミュリエルに認めてもらえる王子となり、婚約まで漕ぎ付けるのだ、とシリルは気合を入れてミュリエルを見つめた。 

「これは。とんだお邪魔をしてしまいました。私はあちらに控えておりますので、続きをご覧ください」 

 取り敢えず侍女である今は、壁際まで下がってミュリエル観察を楽しもう、とうきうきと下がろうとしたシリルに、ミュリエルが親しみある笑顔を向ける。 

「あちらまで行くことは無いわ。図鑑が好きなら、セシルもそこで見ていていいのよ」 

 侍女だから、席を同じくすることは出来ない。 

 それでも、自分が見ている図鑑を共に見ていいという。 

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」 

  

 ミュリエル優しい! 

 ほんと妖精天使! 

 ・・・・・・ん? 

 

 またも浮かんだ妖精天使という言葉。 

 ミュリエルと居ると浮かんで来るその言葉。 

 今、ミュリエルはきらきらと瞳を輝かせ、図鑑を見てはペンを走らせている。 

 

 なんだ? 

 この感覚。 

 

 ミュリエルの、ふわふわな髪を見つめ、シリルは懸命に己の感覚を探り続けた。 

 



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