【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第一章

71話:あの日の構図②

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 男性2人の視線を辿って久遠が振り向くと、久遠の背後に神永がいた。飛び退きそうになる。

「うちのチームの子、いじめないでくれる?」

 久遠はもう神永の方を見られず、地面を凝視した。

 まずい、変なところを見られてしまった……。

 男2人は、久遠ほどではないが動揺しているようだった。口元に笑みはたえているが、目は余裕を失っている。

「神永、誤解だって。むしろ俺たちがこの子に絡まれて――」

「聞いてたよ。同期の噂大会?楽しそうだったね。俺も混ぜてよ」

 神永も笑顔で尋ねる。軽快な口調が恐ろしかった。男2人はますます表情がぎこちなくなる。

「俺が知ってる噂は、そうだな……。――合コン会費を取引先との経費って形で落としてる人がいる、って話くらいかな」

 神永がそう言った時、2人の顔はあからさまに青ざめた。

「誰がやってるかは知らないんだけどね。……お前らは何か知ってる?」

 なるほど。この2人がやっていることなのか。

 何も知らない久遠でもそれを察してしまうほど、その後の2人の動揺は明らかだった。「俺たちもう仕事あるから、またな」と言って、久遠と神永の横を通り抜けていってしまう。

 要するに、印刷室と給湯室の境界で、久遠と神永が取り残されてしまったのだ。

「……」

 久遠はなんと言ったらいいか分からず、ひとまず黙ってしまう。

「ごめんなさい、こんなところで油売って。戻りま――」

 俯いたまま久遠も神永の横を通り抜けようとすると、手首を掴んで止められた。どきりとする。

 顔を見上げると、目を細めて久遠を見下ろしていた。久遠はもう一度謝った。

「仕事中とか、そんなことで怒ってるんじゃない。君が危なっかしいからだろ」

 見つめられ、久遠は思わず唇に力を込めた。

 手首はすぐに放された。けれど、まだ掴まれているかのように熱が帯びている。

 顔が赤くなっていることに気づかれたくなくて、久遠はまた顔を伏せた。

「今回は俺がたまたま通りがかったからよかったけど、もうこんなことしないで」

「…………でも」

「でもじゃない。俺のせいで部下がいじめられたら嫌なんだよ」

 真剣な顔でそう言われて、久遠もさすがに口答えできなくなる。落とした視線の先、組んだ両手で、指同士を絡ませる。

 ……だって、あなたがバカにされたから。誰よりも努力家なあなたが、人を馬鹿にすることでしか自分を保てないような人たちに貶されたから。

「けど……ありがとうね」

 久遠が視線を上げると、神永はため息をつくように肩を落とした。

「俺のこと守ってくれたんだよね。嬉しかったよ」

 神永はそう言って、少しだけ微笑んだ。

 胸がきゅっと痛くなる。

 優しい声を向けられるだけで、同じ空間に居続けてくれるだけで、こんなにも嬉しい。自分がここにいていいんだって、ついそう思いかけてしまう。

「でも、こんなこともうしないでね」

 釘を刺すように神永が言った。

「あいつらは元々僻みっぽい奴らなんだよ。いちいち気にしなくていい」

「……気にしなくていい、って、でも……。チーム長は努力の人なのに。それをないものにされて、悔しくないんですか」

 久遠が聞くと、神永は鼻で笑う。

「俺は、俺より下の人が自分をどう評価していようと気にしないよ。仕事上別に障壁にならないし。それに……あいつらがああ言いたくなるのもわかる」

 神永は、私たちの話をどこから聞いていたのだろう。

「人数少ないチームにしちゃってるのも実際俺のせいで、そこは否定できないんだよね」

 神永は、給湯室にコーヒーを淹れに来たみたいだった。長い脚で給湯室の方に進み、カップを持ってコーヒーマシンを操作する。そして、そのまま話を続けた。

「俺、評価してくれてる人は評価してもらえてるんだけど、あいつらみたいに俺のこと嫌ってる人も一定数いてさ。俺がプロジェクト案出した時、上が、俺をチーム長にしてみちゃえ派と良い思いさせるな派で分かれて。それで、妥協案として、少人数で回せんならやってみろに落ち着いたらしくて」

 そこまで言うと、神永は自嘲気味に笑って久遠を見た。

「だからチームのみんなの1人あたりの負担が大きくなっちゃってるのは俺のせいなんだ。申し訳ないと思ってる」

 そのあと神永は、独り言のように「早く結果も出さないとね」と呟いた。

 そう言われると、久遠はしおらしい気持ちになるよりも、なんだか腹が立ってきた。

 ――なんで、謝られないといけないの?

「チーム長はまた、背負い込みすぎです」

「え?」

「みんな忙しくても、チーム長だからついていきたいと思ってるんです。だから、そんなふうに謝るのやめてください」

 久遠に言われて意表を突かれたような顔をしている神永が、昔の一織に重なった。

 ――あの時の彼だ。弓道が好きかどうかなんて考えたことがなかったと驚いていた、あの時の彼。

「分かっていらっしゃるでしょうけど、結果なんてそんなすぐ出ないし、どれだけ頑張ったって効果検証には期間が必要だし。そんなふうに、結果だけ見ないでください」

 結果にこだわるのは、彼の長所であり、短所でもあった。彼がそんな性格だから、常に成功を追うことができるのだろうというのは分かってる。けれど、先を見るあまり、"今ここ" にいる彼を何が取り囲んでいるのか、に気づけないのは、彼の欠点だった。

 何も言わない神永に、久遠はさらに言葉を連ねてしまう。

「邁進していけるチーム長についていけることを、神永チームに配属されていることを、皆さん誇らしく思ってるんです。今。……だから、活き活きしてる皆さんの顔を、ちゃんと見ていてください。申し訳なさを感じるんじゃなくて」

 高校の時。
 神永一織は、全国大会で団体と個人での優勝を逃した後、罪業を負ったような顔をしていた。一方、他の部員は、岬ヶ浜3位と部長の準優勝という2つの結果に、肩を抱き合って喜んでいた。しばらくは学校全体もお祝いムードで、校舎に幕も掛けられていたのを覚えている。

 その渦中で申し訳なさそうな顔をしている一織には一体何が見えているんだろうと、久遠は不思議に思っていた。全国大会後は久遠と一織が直接話すことはほとんどなかったため、聞くことはなかったけれど。

 申し訳ない顔をする必要性は、彼以外は感じていなかった。なぜならば、あの部活で最も練習量を積んでいたのは神永一織だとみんな知っていたからだ。部長になった後も誰よりも努力を惜しまなかった。

 久遠も、一織が1位だって2位だってどちらでもよかった。期待していないからじゃない。どんな結果でも、彼自身を愛していたから。――けれど当時、それが彼に伝わっていなかったなら、久遠も悪かった。

 一織が灯台もと暗しに陥っているんだったら、久遠が照らせばよかったのだ。
 彼が必要以上に自分自身を苦しめてしまう前に。彼があの日のデートをやめると決めた、その後も。

「それに……そんなに結果に拘ってるんだったら、自分自身の努力を軽視しないでください。せっかくチーム長が積み重ねたものを他の人になかったことにされて、笑ってるのやめてください。私が悔しいです」

 そこまで言うと、コーヒーマシンの表示パネルが点滅し、液体をすべて淹れ終わったことが知らされた。

 2人の間に沈黙が落ちる。


 ――やっ……ってしまった。


 なんだ?私はなんだ?どの立場で、何を言ったんだ今。

 今まで流暢に言葉を並べていた自分が、自分だとは思えない。思いたくない。出来ることなら一目散にここから逃げ出したい。

 説教モードから急に冷静になった久遠がこの状況の収拾のつかなさに目を泳がせていると、言葉が返ってきた。

「変わんないね」

 彼は、そう呟いた。コーヒーカップをマシンから取り出していて、顔は見えなかった。

 けれどその後、振り向いて久遠を見て言う。

「お互いに」
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