【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第一章

70話:あの日の構図①

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 11時30分。

 午前の業務も、あと少しで落ち着く。

 久遠は、給湯室と繋がっている印刷室で印刷作業を行っていた。書類がどんどん刷られていくのを眺めなら、コピー機に体重を少し預けている。

 コピー機にかけた右手に貼られた絆創膏が目に入る。今朝のありすとの一悶着で出来た軽傷への応急処置だ。
 久遠のバッグの内ポケットに、展示会の日に神永にもらった絆創膏が箱のまま入れてあったのでちょうどよかった。

 ――ちょっと、くたびれたな。

 今日は朝から感情が動かされすぎた。まだ1時間半しか働いていないのに、いつもより疲れている気がする。
 午前の業務は、あとはこの大量のコピーを終わらせて、デスクへ戻ったあとは、谷口に指示を煽ればいいはずだ。その後、昼休みに入る。

 昼休みに神永に話しかけてみるという決意。朝は霧島に宣言したくなるほど昂っていたそれへの熱意は、今現在、完全に下火になっていた。
 理由の一つは、まず、神永とありすのキスを目撃してしまったことだ。次に、ありすとの間でトラブルが生じたこと。
 この2つがある中で、神永と落ち着いて話せるとは思えない。久遠が変に神永と接触したら、ありすからまた警戒されてしまうかもしれない。

 ありすとはまだそこまで仲良くないから、ありすからどう思われても構わない。では何が問題なのかと言えば、それは、神永が抱く久遠への心象だ。ありすが久遠からの被害を訴えたならば、神永は久遠を今カノを脅かす存在として認知し、久遠の過去の罪に加えて新たな悪い印象がプラスされるだろう。久遠がありすに対して故意に加害しているならまだしも、ありすの中になにか誤解がある中でそういった構図になるのは、やはり、出来れば避けたかった。

 それから、ありすの動揺の仕方も気になっていた。

 久遠が写真を手にした時もそうだけれど、それ以前に、修斗からありすの名を聞いたことについて尋ねた時の反応。あの時のありすは、何も心当たりのない人の反応にしては敵意的だったような気がしている。ありすが何か久遠に隠しているのは間違いないのではないかという疑いが残った。

 ……でも、彼とちゃんと話すのは、霧島さんに宣言しちゃったしちゃんと遂行しないと……。

「……ははは!それ笑うな」

 久遠がコピー機を操作していると、開放されたドア1枚で繋がった給湯室から笑い声が上がった。久遠が印刷室に来る前から誰かいるみたいで、先ほどから話し声が聞こえていた。

「まあなー、俺たちの同期じゃナンバーワンよな」

 男性2人組らしい。ネクサイユの給湯室にはテーブルセットやカプセル式コーヒーマシンもあって、いつでも一息つける場所になっている。コピー機が並んだ印刷質を通り過ぎると、その給湯室に辿り着く構造になっていた。

「顔がいいと得するのは事実よな」
「間違いない。俺らの顔で神永と同じプレゼンやってもぜってぇ反応違うって」
「ひでぇ」

 下品な笑い声が響いた。

 ――神永?

 今までBGMにしかなっていなかった、自分とは関係のない人たちの会話の中にその名前が現れた途端、久遠の注意フィルターに引っかかった。

「同期であそこまで昇ってんのあいつだけなわけだけど、俺はどうかねー……と思ってるよ」
「言いたいことは分かる」
「正味、実力ってより外見だよ。この国はやっぱ外見至上主義よなー」
「イージーモード人生羨ましいっすわ」

 諦念感や妬みが作る嫌な空気が、狭い給湯室に満ち溢れているのを感じる。

「俺だって今チーム長になれんならあの顔に生まれたかったわー」
「やめとけやめとけ、あいつみたいに人数少ないチーム作られてもだりぃだけだって」

 そうしてまた下品な笑い声が聞こえてくる。

 コピーの原本を持っていた方の手に力がこもってしまい、くしゃりと紙が潰れる。

「あてかさ、この噂お前んとこにも行ってる?」
「何がよ」
「神永が、上の女性陣に枕とかしてんじゃねえのかって――」

 その時、久遠の堪忍袋の緒が切れてしまった。……代理で。

「あの」

 久遠は、給湯室の入り口に立ち、中にいた男性2人に声をかけた。

 彼らに同時にこちらを向かれて怖くなる。けれど、もうここまで来たら引けない。

「神永さんはそんな人ありません」

 衝動的に声をかけるべきじゃなかった。緊張で声が震えてしまう。

 2人の男性社員は一度顔を見合せ、鼻で笑い合い、また久遠を見た。とても嫌な感じだ。中学生女子か。

「なので、そんなふうに言わないでください。……失礼します」

「ちょっとちょっと」

 そそくさと去ろうとする久遠を、男性は半笑いで制止した。

「言い逃げ?なに、キミ誰」
「あんま見たことない顔だね。何年目?」

 2人に聞かれ、久遠は翻しかけていた身を止め、短く答えた。

「派遣です」

 久遠がそれしか言わなかったため、一人が立ち上がって久遠の方へ向かってきた。久遠が首にかけている社員証を無断でつまみ上げると、「はっ」と嗤う。

「もしかして、神永んとこに入ってんの?」

 社員証を持たれたままそう聞かれ、不快感で胸がざわつく。

 座っていた方も立ち上がってきて、久遠の方へやってくる。

「あーーそゆことね。直属の上司が噂されてるの聞いて、黙ってられなかった的な?」

 給湯室の入り口に立ち塞がるように男性2人が並ぶと、威圧感があった。けれど、怯んでいると思われたくないので目をそらさないようにする。

「あーね。君みたいな子、神永のこと好きそうだよねぇ。騙されちゃダメだよ~。案外遊ぶから、ああいうの」

 冒頭に関しては間違いない。が、久遠が恋愛感情で神永を庇っていると思われるのは不服だった。

「キミもイケメン上司狙ってんのかもしんないけど、やめときな。あいつ高貴ぶってるけど、受付嬢に手出してるもん。知ってる?ありゃ相当手練れだよ」

 ありすのことを言っているのだろうか。この言い草では、ありすの他の女性にも手を出しているというイメージなのかもしれない。

「キミみたいな純粋な子だと食われちゃうかもよ~」
「やもしかして、それも本望だったりする?」

「私のことはどうでもいいです」

 久遠がそう言うと、男たちの下品に上がっていた口角が固まってた。

「神永さんの女性関係がどうとか、外見がどうとかも、どうでもいいです。ただ、あの人が努力してないみたいに言わないでください。あの人が上手くいっている理由を、努力以外のところで探そうとしても、見つけたとしても、お二人が昇進するわけじゃないです」

 久遠は男たちを睨みつけて言う。それに応じるように、男たちの目の色も変わったように見えた。

 一方、内心では、久遠はこう思っていた。

 …………言い過ぎた。

 ここまで刺激したいわけではなかった。ただ、神永を侮辱した分、この人たちにもなにか傷がつけばいいのにと思った気持ちを止めることができなかった。

 男たちが何も言わないので、久遠は冷や汗をかく。そして、自分を責める。

 どうして時々、思考より口が先走ってしまうんだろう。最近これで後悔したばかりなのに……。

 久遠が内心ドキドキしていると、腕を組んでドア枠にもたれていた男たちは顔を見合せ、ぷっと吹き出した。

「はははははっ、ガチ何、お笑い?」
「いやアツい、とても良いね」
「神永も色恋営業うまいなー、派遣まで射程範囲内なわけね」

 "派遣まで"と言う時に、1人の男が久遠の髪を指に絡めてきてぎょっとした。

 久遠が「ちょっと」と言いかけると、そこへ――

「どういうメンツ?」

 目の前の2人のものではない男性の声がした。
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