【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第二章

77話:2人で迎える初めての朝①

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 バイクが走り去る音が遠くから聞こえてくる。雲間から漏れる朝日が、ベッドの端を淡く照らしていた。

 まどろみの中で、心地よい布団の感触を抱きしめる。

 あれ……ここ……。

 瞼を持ち上げるのに数秒かかった。慣れない天井の模様に、思考が遅れる。

 いい香りが鼻腔をくすぐっている。なんだか……ホワイトティーにウッディが合わさったような、清潔な香り。自分の家ではない。その事実は把握しても、自分がどこにいるのかを思い出すまでにまた数秒を要した。

「……っ!」

 突如、昨夜の出来事が脳裏に雪崩れ込んでくる。彼とのキス、耳元で余裕なさげに囁かれた言葉、汗ばんだ肌同士で触れ合う熱——そして今、素肌が布団に触れている状況。顔全体が燃えるように熱くなる。

「おはよ」

 隣から声がかかった。横を見ると、逆光の中でも美しい顔が微笑んでいた。神永一織だ。彼は枕に肘をつき、久遠を見下ろしながら優しい眼差しを注いでいる。布団から覗く筋肉質な肩周りは、白い陶器のように滑らかで、窓から降り注ぐ陽光を受けて艶めいていた。

「い、いつから……起きてたんですか?」

「うーん、1時間くらい前かな」

 その数字に絶句する。つまりその間中、だらしない寝顔を観察されていた可能性が浮上する。

 慌てて、頭まで布団を引っ張り上げた。すると、布団ごと抱きしめられてしまう。自分の肩に触れる神永の素肌の感触が生々しくて、頬の火照りが全然消えてくれない。

「……か、勘弁してください」

 神永はそんな言葉では動じず、ふふふと楽しそうに受け流すだけだ。

「って、あ!今何時ですか?」

「ん、まだ6時だよ。もう少しゆっくりしてよう」

 神永はもう一度しっかりと久遠を抱きしめる。神永一織との距離が0センチもない。そのことに緊張してやまないが、会所に遅刻していなかったことには安堵した。

「あそっかよかった……。ってあ、今日土曜日か。え、あ、私もう退職したから関係ないか……」

 久遠が独り言のように呟いていると、神永があっけらかんと言った。

「久遠辞めてないよ」

 神永の胸で、久遠が布団から顔だけ出す。

「辞めましたよ」

「俺が部長に待ったかけといたから、まだ辞めたことになってない。あの件は、一緒に犯人捜し頑張ろうね」

「え」

「ね」

 にっこり微笑まれ、久遠は唖然とした。

 意を決してオフィスを後にしたのは何だったのだろう。まさか、遠方から神永によって食い止められているだなんて思いもしなかった。

 それにしても――。

 視界に神永の白い肌が入ってくるだけで、どこを見ていいか分からなくなる。美しくしなやかについた筋肉の隆起が刺激的で、昨夜の記憶を鮮明にさせてくる。愛と熱に浮かされた昨夜の自分が口走った言葉まで蘇ってきてしまって、全身が沸騰しそうになる。

 久遠は再び、布団を目隠しのために引き寄せようとした両手で布団を掴むが、それは神永によって制された。神永の片手が軽々と毛布を固定し、久遠の精一杯の力と拮抗する。

「顔見たい」

 優しい声だけど有無を言わせぬ口調。久遠は意地になって抵抗を続けた。

「見せてくれないの?久遠の顔見るの、俺ずっと我慢してたのに?やっと見れるのに……」

 そう言われてしまっては弱い。久遠はしぶしぶ両手の力を抜いた。神永は嬉しそうに布団を久遠のデコルテまで下ろして、久遠の頭を撫でた。大きな手がくれる安心感と、会社では見ることのない表情へのときめきで、複雑な気持ちになる。

「見られるの恥ずかしい?昨日の久遠、可愛かったよ」

 その一言で全身が真っ赤に染まる。

「なっ……からかわないでください!」

 昨夜は、「ちゃんと話そう」ということで神永の家にお邪魔した。ところが、家に上がりドアを閉めるなり、神永に後ろから抱きしめられ顎を掴まれてキスされた。久遠が驚いていると、唇を繰り返し重ねられながら寝室に導かれ、話し合いなんて少しもしないまま、こうして朝に至っている。

「話そうって言ったのに……」

「ごめんごめん、無理だった」

 神永はあっけらかんと笑う。この軽さが憎らしい。久遠が睨むと、神永はそっと久遠の額にキスを落とした。しばらく見つめ合って、どちらともなく今度は唇で触れるだけのキスをする。

「でも、どうして昨日東京こっちにいたんですか?帰られるのは今日だと思ってたんですけど……」

 久遠が尋ねると、神永は眉先をかすかに上げ、当然といった表情で言った。

「久遠止めに来たんだよ。仕事自体は出張が前倒しになったことでほとんど済んでたし……。部長から久遠の件の連絡があって、ああまた勝手に消えようとしてんだーって頭に血昇って、気づいたらあそこに」

「そんな!」

 久遠が大きな声を出すと、神永はくすっと笑い、小さく肩を揺らした。そんな何気ない表現ひとつでさえ完成された美しさで、視線が吸い寄せられてしまう。

 まさか、自分を止めるために出張を切り上げただなんて。エレベーターホールで神永の姿を見た時、久遠諸共壁にのめり込まされるのではないかと感じたあの危機感は、あながち的外れでもなかったのかもしれない。

「無事捕まえられてよかった」

 神永はそう言って、久遠の頭を自分の胸に寄せた。彼の心音が聞ここえくる。厚い胸板に密着させられて赤面するが、久遠の顔を見下ろす神永がニコニコとご満悦そうなので、何も言えなくなった。

 神永が間に合ってくれて本当によかった。あの時エレベーターホールで追いつかれたおかげで、昨日まで嫌われていると思っていた久遠が、今日はこうして神永の家で撫でられている。

 ……と、思ったが、神永曰く久遠はまだ退社手続きが済んでいないようなので、どっちにしろまた会社で顔を合わせていたのかもしれない。ただ、だとしても、"チーム長"と"小島さん"の2人では想いが通じ合うまではまた相当な時間を要していただろうと容易に想像がつく。



「――じゃあ、改めてちゃんと話そうか。何から話したらいいのか分からないくらいだけど」
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