繰り返しのその先は

みなせ

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第44話 兄 4

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 殿下は脇目も振らず大地へ爪を立て、土をかき分けている。

 いずれ気が済むだろうと見守っていたが、いつまで経ってもやめる気配がない。

 太陽が昇り切り、これ以上見ていられず声をかけることにした。

「殿下」

 何度か呼びかけ、その肩に触れる。

「誰だっ!」

 瞬間、血走った目に睨みつけられ、強く手を振り払われた。

「殿下、私です」

「……ああ、貴方か……何故、ここ……ああ、そういえば貴方は兄であったな……」

 身を引いて告げると、私を認識したらしい殿下の表情が緩んだ。

「はい。ところで殿下は何をしていらっしゃるのですか?」

「何とは? 見て分かるだろう。私は彼女に会わなければならない。だから……」

 少しずつ目がうつろになり、止まっていた手が土を掴む。

「殿下……おやめください。こんなことをしても妹には会えません。妹はここに葬られてはいません」

「何を言っている。宰相が彼女はここにいると言っていた」

 殿下は手を止めぬまま、まるで妹が生きているかのような言葉を放つ。
 その様子に薄ら寒さを覚え身が震えたが、伝えるべきことを口にする。

「えぇ、墓はここです。妹は聖女様の御業で浄化され、この世に髪の毛一本も残りませんでした。ですから妹が生きた印として墓碑だけをここに建てました」

「せ、いじょ? じょう、か?」

 殿下の顔が曇る。

「何故……そんな……浄化など……自ら命を絶ったからか? だから……」

 ぼそぼそとようやく聞こえる声が、不思議なことを言った。

「何を言っているのです、殿下! 妹は病気でした。自ら命を絶ったりしておりません」

 それだけは否定しなければ。

「だが宰相が言っていた。私と婚約したことを伝える日の朝に自ら死んだと!」

 地面に両手を打ち付けながら、殿下が叫ぶ。
 私はそれ以上の声を張り上げた。

「違います! 妹は、病気でしたっ!」

「それは……本当か?」

「はい。ある日突然倒れ、その原因も分からぬまま、数日で亡くなりました。流行り病かもしれないと医師に言われたので、貴族として原因を調査してもらうべきでしたが、心情的に無理でした。ですから、後の憂いをなくすため聖女様に浄化していただいたのです」

「……そうか……」

 殿下は、力なく座りこんだ。

「殿下、妹は殿下の隣に立つため、幼少より努力をしていました。こうして気にかけてくださったことを喜んでいるでしょう。私からもお礼を申し上げます」

「……いや、私は……礼を言われるようなことは何もしていない。それどころか……」

 目を閉じた殿下の肩が震える。

 ―――このまま落ち着いてくれればいいが……。

「……彼女の病は何だったのだろう」

 しばらくして、そう声がした。
 他に興味が向いたなら、良い兆候だ。

「私が調べただけですので正しいかはわかりませんが、数年前、特効薬が見つかった病ではなかったかと」

「数年前?」

「はい。隣国との境あたりで子供によく見られる、致死率はそんなに高くはない病です。数年前、薬師の一家がその病を患う娘の為に薬を作ったそうです。そういえば、殿下もご存じかもしれません」

「私が?」

「薬師の娘が、一年ほど前に学園へ入学したそうです。病のこともですが、薬がもっと早くできていれば、妹も……殿下?」

 殿下は目を見開いて私を見ていた。

「……一年前に入学した娘……」

「殿下?」

「は、ははっ」

 殿下の中で何があったのか、急に笑い出した。

「そうか、そういうことか」

 その目から涙があふれるのはすぐだった。

 座ったまま天を仰ぎ、狂ったような笑い声は慟哭に変わった。





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