44 / 57
第44話 兄 4
しおりを挟む殿下は脇目も振らず大地へ爪を立て、土をかき分けている。
いずれ気が済むだろうと見守っていたが、いつまで経ってもやめる気配がない。
太陽が昇り切り、これ以上見ていられず声をかけることにした。
「殿下」
何度か呼びかけ、その肩に触れる。
「誰だっ!」
瞬間、血走った目に睨みつけられ、強く手を振り払われた。
「殿下、私です」
「……ああ、貴方か……何故、ここ……ああ、そういえば貴方は兄であったな……」
身を引いて告げると、私を認識したらしい殿下の表情が緩んだ。
「はい。ところで殿下は何をしていらっしゃるのですか?」
「何とは? 見て分かるだろう。私は彼女に会わなければならない。だから……」
少しずつ目がうつろになり、止まっていた手が土を掴む。
「殿下……おやめください。こんなことをしても妹には会えません。妹はここに葬られてはいません」
「何を言っている。宰相が彼女はここにいると言っていた」
殿下は手を止めぬまま、まるで妹が生きているかのような言葉を放つ。
その様子に薄ら寒さを覚え身が震えたが、伝えるべきことを口にする。
「えぇ、墓はここです。妹は聖女様の御業で浄化され、この世に髪の毛一本も残りませんでした。ですから妹が生きた印として墓碑だけをここに建てました」
「せ、いじょ? じょう、か?」
殿下の顔が曇る。
「何故……そんな……浄化など……自ら命を絶ったからか? だから……」
ぼそぼそとようやく聞こえる声が、不思議なことを言った。
「何を言っているのです、殿下! 妹は病気でした。自ら命を絶ったりしておりません」
それだけは否定しなければ。
「だが宰相が言っていた。私と婚約したことを伝える日の朝に自ら死んだと!」
地面に両手を打ち付けながら、殿下が叫ぶ。
私はそれ以上の声を張り上げた。
「違います! 妹は、病気でしたっ!」
「それは……本当か?」
「はい。ある日突然倒れ、その原因も分からぬまま、数日で亡くなりました。流行り病かもしれないと医師に言われたので、貴族として原因を調査してもらうべきでしたが、心情的に無理でした。ですから、後の憂いをなくすため聖女様に浄化していただいたのです」
「……そうか……」
殿下は、力なく座りこんだ。
「殿下、妹は殿下の隣に立つため、幼少より努力をしていました。こうして気にかけてくださったことを喜んでいるでしょう。私からもお礼を申し上げます」
「……いや、私は……礼を言われるようなことは何もしていない。それどころか……」
目を閉じた殿下の肩が震える。
―――このまま落ち着いてくれればいいが……。
「……彼女の病は何だったのだろう」
しばらくして、そう声がした。
他に興味が向いたなら、良い兆候だ。
「私が調べただけですので正しいかはわかりませんが、数年前、特効薬が見つかった病ではなかったかと」
「数年前?」
「はい。隣国との境あたりで子供によく見られる、致死率はそんなに高くはない病です。数年前、薬師の一家がその病を患う娘の為に薬を作ったそうです。そういえば、殿下もご存じかもしれません」
「私が?」
「薬師の娘が、一年ほど前に学園へ入学したそうです。病のこともですが、薬がもっと早くできていれば、妹も……殿下?」
殿下は目を見開いて私を見ていた。
「……一年前に入学した娘……」
「殿下?」
「は、ははっ」
殿下の中で何があったのか、急に笑い出した。
「そうか、そういうことか」
その目から涙があふれるのはすぐだった。
座ったまま天を仰ぎ、狂ったような笑い声は慟哭に変わった。
163
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
※新作です。アルファポリス様が先行します。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
魔力がないと決めつけられ、乳母アズメロウと共に彼女の嫁ぎ先に捨てられたラミュレン。だが乳母の夫は、想像以上の嫌な奴だった。
乳母の息子であるリュミアンもまた、実母のことを知らず、父とその愛人のいる冷たい家庭で生きていた。
そんなに邪魔なら、お望み通りに消えましょう。
(小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる