【完結】傷物の姫 妃選抜の儀の最下位者ですが、若君、あなたは敵ではなかったのですか?

西野歌夏

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傷物姫 後宮降臨 本編

花蓮は存在そのものが私の心を熱くしてくれる存在

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「では、一つ申し上げてよろしいですか?鷹宮さま」
「申すが良い」


 鷹宮は少し苛立った声音だ。
 ここは白蘭梅はくらんばい棟の爛々らんらんの家の部屋だ。


 大きな窓からは赤く紅葉した葉と、青く澄み渡った空が見える。庭にはたくさんの秋桜こすもすの花が咲いているのが見えた。金木犀の甘い香りがこの部屋にも微かに香っていた。


 長く美しい髪を靡かせるようにして自慢の刺繍を広げて先程私たちに見せてくれたのは、爛々の家の二の姫である優琳姫ゆうりんひめだ。


 大きな胸を強調するような胸元が広く開けられた衣を着ており、化粧も濃く、全体的にふくよかな姫だ。「厚みなら任せて」という色気をあからさまに強調していながら、顔立ちは非常に可愛らしい。


 ははん。
 そうなの……ね?


 夜々の家、冥々の家、蓬々の家と太ってもおらず、痩せ過ぎてもおらず、程よい体の厚みだったところに、これほどの厚みを誇りながら可愛らしいという姫を選んで入れてくるあたり、鷹宮の好みが分からないのであらゆる類の若い美女を取り揃えたのであろう。

 
 選抜の儀も大変ですわね……。


 優琳姫とは詩吟の教室で隣になったことがあるが、真正面からまざまざと顔を見つめ合ったのは初めてかもしれない。



「花蓮様の一体どこがよろしかったのでしょう?」


 ずいぶんとあからさまな質問だ。


 私の目の前で聞く?
 き……気に入らないのが分かり過ぎる。


 小袖が私の後ろで鼻息を荒くして憤慨したのが、分かる程だ。


「すべてだ。私にとって花蓮はその存在そのものが私の心を熱くしてくれる存在だ」


 きゃっ!

 ど……っどういうお顔でそんなくさいセリフを?

 いやっ……。
 恥ずかしいじゃないですかっ!
 しかも、真顔じゃないですか……。 


 私は鷹宮の言葉に真っ赤になって恥ずかしくなってうつむいた。

 真面目な顔で話す鷹宮の横で、美梨の君は涼しい顔をしている。鷹宮は、美梨の君を羅国に留学していた従兄弟だと優琳姫に紹介した。


 つまり、美梨の君は蓬々の家の璃音りおん姫の兄という設定だ。


「あったりまえだろ?」


 そうつぶやく声が美梨の君から聞こえた。美梨の君はほぼ無表情で、爛々の家のニの姫である優琳姫を見ている。


 この人、美梨の君は一体何を考えているんだろう?
 

 優琳姫の本人前にして、「一つ申し上げてよろしいですか?」と言う場合、大抵が兎角とかく相手に対して少なからず良くない心根を隠しているものだ。単純な私でも、それはよく分かる。


 これから相手をイラッとさせるセリフである、そういう前置きのセリフだ。


 この言葉が口癖の者は頭良からずと、かつて私の母はよく言っていた。


 確かに、宮に対して喧嘩をふっかけますよ、と言う姿勢がバレバレだ。妃候補の立場としては良くない手だ。


 爛々の家の者たちは冷や冷やするのか、お付きの者がしきりに優琳姫に目配せをしている。だが、当の優琳姫本人は知らん顔だ。

 

 北に位置する爛々らんらんの家は、御咲の国ならず、御咲の西と北に隣接するらあ国にも酒を売っている。南側の広い海の向こうの秦野しんやん国にも酒を売っている。


 そう、爛々の家は御咲でも有数の酒蔵を持つ。淡麗な味わいは、一度飲めばやみつきになるとも噂されていた。私も大好きだ。


「不敬な物言いでしたら、大変申し訳ございません」


 優琳姫は謝りつつ、じろっと私を見た。


「最下層から頂点におさまった済々の姫様。下剋上としてみるとたった一月で合体の儀まで成し遂げられました。さぞかし、鷹宮さまのお好みでらしたのでしょう。わたくし、悔しいですわ」


 うわっ。
 正直過ぎる物言い……。
 最下層からの下剋上って、あなた……。

 まあ確かに傷物と疎まれていたから、あり得ない展開なのですがっ!


 猪が出るあの山で、私と小袖と昌俊が飲みあかした酒は、爛々の家の酒蔵で醸造されたものだ。幻の酒と呼ばれる史上最高級の酒、紫央しおんだった。


 山に近いのは冥々の家。私たちが飲んだ酒を醸造しているのは爛々の家だ。


「あら?正直に申し上げ過ぎましたか?」


「最近、猪に遭遇しましたせいか、大概のことには驚かなくなりましたので、大丈夫でございます。ある意味お褒めのお言葉と受け取りますわ」


 私はおおらかに言った。密かに優琳姫の反応を見守った。


「猪ですか?それは大変でしたこと。大丈夫でしたでしょうか?」


 古狸ふるだぬき並の化かしができるのか、表情からは何も読み取れなかった。自然に驚いたように見えた。


 傷物の上に猪に追いかけられた。

 こういう奇妙な噂が皆は大好きだ。


 私は新たに噂が広まるかもしれないと思い、黙って微笑むだけにした。


優琳ゆうりん姫、私の心には、花蓮しかいない。花蓮に何かあれば、この縁組は残り31人の入内は取り消される。妃候補失格とする。意味がわかりますか。今後、花蓮の身に何かあれば、そなたも疑われる。分かりましたか?」


「なっ……何をっ!?」


 明らかに優琳姫は狼狽えた。爛々の家の者たちは青ざめて、顔を見合わせている。


「わたくしを疑ってそのようなことを申されているのでしょうか?わたくし鷹宮さまを愛しておりますっ!そのような汚い手で妃の座を狙うのは、わたくしの矜持と違いますっ!」


 ふるふると体を震わせ……たわわな2つの果実も見事に震え……狼狽する優琳姫。


「全員を疑うしかない事態が起きた。すまないが、そういうことだ。迂闊な行動は慎むように願う」

 
 一瞬、呆けた表情になった優琳姫は小さくつぶやいた。


紫央しおんが使われましたか?」
「そうだ」


 かなり勘が鋭いようだ。


 眉間に皺を寄せた優琳姫はグッと声を潜めようとして、わずかにふわりと手を動かした。


 爛々の家の者をお付きの侍女含めて下がらせようとする合図のようだ。爛々の家の者たちは顔を見合わせたが、優琳姫が大きくふわりと振り上げた二度目の手の合図で、静かに部屋から渋々と退いた。


 私も小袖と吉乃を下がらせた。


 爛々の家の者を全員追い出すと、優琳姫は身を乗り出して、ひそひそと話し出した。


紫央しおんは爛々の家でも幻の酒と呼ばれています。秘密ですが、この4年間醸造できませんでした。今年ようやく醸造できました。門外不出の作り方なのですが、ある食材が手に入らず、苦戦が続いたのです。これは公にされていない爛々の家の中でもごく僅かな人間しか知りません」



 優琳姫はふくよかな体をジリジリとこちらにすりよせてきて、ついには鷹宮と膝先わずかな所まですり寄ってきた。


 他の爛々の家の者は知らない話のようだ。


「今年の紫央しおんは実に5年ぶりの醸造でございました。その貴重な酒を献上した先は皇帝のみでございますわ」


 皇帝!?
 へ……っ。

 話の規模が膨らんだ?
 


 あたりがシンと静まり返った。


 私の微かな記憶の底で何かが揺れ動いた。だが、それがなんだか分からない。


 美梨の君の手が僅かに震えた、と思う。私の視覚の端で、はらりはらりと舞い降りる赤い葉の一緒に動くようで、美梨の君の手が小刻みに揺れた。


 え?
 私はチラリと美梨の君を見た。


 美梨の君は能面のような表情をしていた。だが、少し頬が上気しており、息が荒い。


「皇帝?」

 
 鷹宮が目をつぶった。



 私の入内は予想もしない展開になったようだ。

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