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第一章
舞踏会で
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時計台の鐘が鳴った。いよいよだ。私は深呼吸をする。
私の死を回避するには契約を全うするしかない。私が振り向くと上等なレースを贅沢にあしらったドレスの衣擦れの音がさやさやと私の耳に響く。これらも全ては契約のために特別にあつらえたものだ。
私は潔く心を決めた。行くしかない。煌びやかで美しいドレスを身に纏った姿でつかつかとまっすぐにドアの前に歩み寄る。ドアの両側に立つ着飾った従者がさっとドアを開けた。
――落ち着いて……さあ、ぶちかますわっ
私は壇上の玉座に座る陛下にスッと視線を送った。陛下は小さくうなずいた。私は何食わぬ顔で舞踏会場の美しい床の上を滑るように優雅に歩く。目的の人は……。
――いたわ……
鼻筋のスッと通った美麗な横顔を一目見て、彼が微笑んでいるのが分かった。微笑んで彼が見つめている視線の先には私の姉がいる。優しい表情の姉は私が歩いて近づいてくるのに気づいた。
「あら、お姉様。わたくしの婚約者である第一王子とやけに親しくしてらっしゃるのね」
私は最上の笑顔で嫌味を口にした。
「やけに親しいとは、何が仰りたいのかしら?あなたと王子が結婚すれば、私の可愛い弟君になるのよ。王子、弟君と言ってしまってごめんなさい」
「いや、構わないよマリアンヌ。ロザーラ、何が言いたいんだ?」
第一王子のウィリアムはイライラと私を見つめている。はらりと落ちてくる前髪を気忙しそうにかきあげている。
――その前髪は女性を口説くためにわざと落としてきましたわね?前髪の隙間からのぞくあなたの瞳が艶っぽくてステキと教えたのは私でしたけれども……。
――私は完全にお邪魔虫だったかしら?
私は大袈裟にため息をついて見せた。そのまま頬を赤らめて王子を見つめる姉の顔を引っ叩いた。
パンッ!
「痛いわっ!」
「何するんだ、ロザーラ!マリアンヌ、大丈夫か?」
頬をぶたれた姉のマリアンヌが悲鳴をあげるのと、ウィリアム王子が叫ぶのはほぼ同時だった。
「ごめんあそばせ」
私はしっとりとウィリアム王子を見つめた。舞踏会の周りの人々はまるで凍ったかのようにその場に立ち尽くして私とウィリアム王子と姉を見つめている。音楽の演奏も止まった。
「ウィリアム王子、あなたと婚約破棄させていただきますわ。どうぞ私の姉とご結婚なさってくださいますでしょうか」
私はよく通る大きな声でウィリアム王子に向かって述べた。
「な、な、なんだって!?」
私はウィリアム王子の目の前で結婚契約書を取り出して、ビリビリと破り捨てた。破った紙はその場で勢いよく宙に放り投げた。演出過剰なぐらいがちょうど良い。ウィリアム王子の頭の上に、破り捨てられた結婚契約書がはらりはらりと舞い降りてくる。
ウィリアム王子の顔は怒りを通り過ぎて、顔面蒼白だ。彼の私を見つめる目は穴になったように感情のない目をしている。いつもの麗しい瞳も、見る影もない空洞に見える。
私はくるりと踵を返した。横目で玉座に座る陛下を見る。小さく「よくやった」と合図を送ってくれているのがわかる。
――よし。これで陛下からの褒賞を満額頂ける……。
チラッと姉の方に視線を送ると、姉は私に叩かれて赤く腫れ上がった頬のまま、王子に見つからぬぐらいのさりげなさで小さくうなずいてくれた。
――ごめんなさい、マリアンヌお姉様。思いっきりぶっちゃったわ。
私は心の中で優しい姉に謝った。
「殿下、申し訳ございませぬ、妹がとんだご無礼をー」
優秀な姉の演技は続いている。私は後は任せたと心の中で姉に伝えると、そのままさっさと舞踏会場を抜け出した。
私の周りの人がさっと私のために道を開ける。この狂ったような猿芝居を私がすることの意味がわかる人はこの中にはいまい。
――さて。これで私の結婚相手はこの国では一人もいなくなるわ。隣国にでも逃げようかしら?
私の後を息せき切って追ってくる侍女は、何も知らなかったから慌てふためいているのだ。私は涼しい顔で、外に待たせていた馬車に優雅に乗った。
それは、陛下が望まぬ令嬢に王子が入れ上げてしまっていた半年前のこと。私は陛下の密令を受けて第一王子に接近した。この美しい顔と豊満な体をひけらかして、これみよがしに甘くささやくと、第一王子は三日も開けずに私の魅力に陥落した。
私の魅力に陥落した第一王子は、すぐに婚約者候補として私を陛下に紹介した。もちろん陛下は私を大絶賛した。というわけで第一王子は意気揚々と私と正式に婚約を果たした。
この陰謀には私の美しい姉も協力者だった。姉も私に負けず劣らずの美貌を誇る。私と正式に婚約を遂げた後、今度は麗しい私の姉が第一王子ウィリアムに接近した。全ては計画通りだ。
元々第一王子の女好きの噂は、宮中ではもはや常識と同じ程度に知れ渡り、非難の声は随分根強い。妹と婚約しながら姉にも手を出そうとする……いかにもな性格は周知の事実だ。
陛下がこれこそはという令嬢を選び抜くまでの間だけ、私は虫除けの役目を仰せつかったのだ。国の将来を左右することであり、第一王子の妃選びは慎重を期さねばならなかった。
私は没落令嬢と影口を叩かれる、美貌と妖艶な体だけを誇れるロザーラ・アリーシャ・エヴルーだ。エヴルー家は昨今経済的危機にあった。伯爵とは名ばかりの貧しい家の娘だ。
半年前に私に白羽の矢が立てられたとき、私は陛下と一度だけお会いした。宮殿から豪華な馬車がお迎えにやってきて、美しい別荘に密かにお招きされて私は陛下とお会いした。数時間にわたって私と陛下は話し合い、ある程度気心が知れると、陛下から計画を聞かされた。
私の家の事情を陛下はよくご存知だった。そして私の性格もある程度ご存知だった。ウィリアム王子に惚れることは決してないと私は陛下に約束した。そして、半年をかけた作戦が決行されたのだ。
私は半年間、貧乏な伯爵令嬢が色気じかけで第一王子ウィリアムを落としたという良からぬ噂を撒かれても耐え抜いた。
――まぁ、ある意味事実なので致し方ありませんけれど……。皆さんが見抜いてらっしゃったように私が第一王子に惚れることはありませんから。優秀な皆さんが勘づいていらっしゃるように打算で近づいたのですわ。
馬車の窓から街々の灯りを眺めながら、私はため息をついた。
――陛下がくださる褒賞金を何に使おうかしら?まずは家の修理でしょう?それから溜まったツケの支払い。今後数年分の食費、衣装代、給金、家の維持費……。
頭の中で計画している時間はとても楽しい。
半年間考えていた計画はいくつかあった。そのどれにすべきか私はまだ決めかねていたのだ。
馬車の窓の隙間から涼しい夜気が入ってきて、私の興奮のあまりに熱った頬を優しく撫でた。
私の死を回避するには契約を全うするしかない。私が振り向くと上等なレースを贅沢にあしらったドレスの衣擦れの音がさやさやと私の耳に響く。これらも全ては契約のために特別にあつらえたものだ。
私は潔く心を決めた。行くしかない。煌びやかで美しいドレスを身に纏った姿でつかつかとまっすぐにドアの前に歩み寄る。ドアの両側に立つ着飾った従者がさっとドアを開けた。
――落ち着いて……さあ、ぶちかますわっ
私は壇上の玉座に座る陛下にスッと視線を送った。陛下は小さくうなずいた。私は何食わぬ顔で舞踏会場の美しい床の上を滑るように優雅に歩く。目的の人は……。
――いたわ……
鼻筋のスッと通った美麗な横顔を一目見て、彼が微笑んでいるのが分かった。微笑んで彼が見つめている視線の先には私の姉がいる。優しい表情の姉は私が歩いて近づいてくるのに気づいた。
「あら、お姉様。わたくしの婚約者である第一王子とやけに親しくしてらっしゃるのね」
私は最上の笑顔で嫌味を口にした。
「やけに親しいとは、何が仰りたいのかしら?あなたと王子が結婚すれば、私の可愛い弟君になるのよ。王子、弟君と言ってしまってごめんなさい」
「いや、構わないよマリアンヌ。ロザーラ、何が言いたいんだ?」
第一王子のウィリアムはイライラと私を見つめている。はらりと落ちてくる前髪を気忙しそうにかきあげている。
――その前髪は女性を口説くためにわざと落としてきましたわね?前髪の隙間からのぞくあなたの瞳が艶っぽくてステキと教えたのは私でしたけれども……。
――私は完全にお邪魔虫だったかしら?
私は大袈裟にため息をついて見せた。そのまま頬を赤らめて王子を見つめる姉の顔を引っ叩いた。
パンッ!
「痛いわっ!」
「何するんだ、ロザーラ!マリアンヌ、大丈夫か?」
頬をぶたれた姉のマリアンヌが悲鳴をあげるのと、ウィリアム王子が叫ぶのはほぼ同時だった。
「ごめんあそばせ」
私はしっとりとウィリアム王子を見つめた。舞踏会の周りの人々はまるで凍ったかのようにその場に立ち尽くして私とウィリアム王子と姉を見つめている。音楽の演奏も止まった。
「ウィリアム王子、あなたと婚約破棄させていただきますわ。どうぞ私の姉とご結婚なさってくださいますでしょうか」
私はよく通る大きな声でウィリアム王子に向かって述べた。
「な、な、なんだって!?」
私はウィリアム王子の目の前で結婚契約書を取り出して、ビリビリと破り捨てた。破った紙はその場で勢いよく宙に放り投げた。演出過剰なぐらいがちょうど良い。ウィリアム王子の頭の上に、破り捨てられた結婚契約書がはらりはらりと舞い降りてくる。
ウィリアム王子の顔は怒りを通り過ぎて、顔面蒼白だ。彼の私を見つめる目は穴になったように感情のない目をしている。いつもの麗しい瞳も、見る影もない空洞に見える。
私はくるりと踵を返した。横目で玉座に座る陛下を見る。小さく「よくやった」と合図を送ってくれているのがわかる。
――よし。これで陛下からの褒賞を満額頂ける……。
チラッと姉の方に視線を送ると、姉は私に叩かれて赤く腫れ上がった頬のまま、王子に見つからぬぐらいのさりげなさで小さくうなずいてくれた。
――ごめんなさい、マリアンヌお姉様。思いっきりぶっちゃったわ。
私は心の中で優しい姉に謝った。
「殿下、申し訳ございませぬ、妹がとんだご無礼をー」
優秀な姉の演技は続いている。私は後は任せたと心の中で姉に伝えると、そのままさっさと舞踏会場を抜け出した。
私の周りの人がさっと私のために道を開ける。この狂ったような猿芝居を私がすることの意味がわかる人はこの中にはいまい。
――さて。これで私の結婚相手はこの国では一人もいなくなるわ。隣国にでも逃げようかしら?
私の後を息せき切って追ってくる侍女は、何も知らなかったから慌てふためいているのだ。私は涼しい顔で、外に待たせていた馬車に優雅に乗った。
それは、陛下が望まぬ令嬢に王子が入れ上げてしまっていた半年前のこと。私は陛下の密令を受けて第一王子に接近した。この美しい顔と豊満な体をひけらかして、これみよがしに甘くささやくと、第一王子は三日も開けずに私の魅力に陥落した。
私の魅力に陥落した第一王子は、すぐに婚約者候補として私を陛下に紹介した。もちろん陛下は私を大絶賛した。というわけで第一王子は意気揚々と私と正式に婚約を果たした。
この陰謀には私の美しい姉も協力者だった。姉も私に負けず劣らずの美貌を誇る。私と正式に婚約を遂げた後、今度は麗しい私の姉が第一王子ウィリアムに接近した。全ては計画通りだ。
元々第一王子の女好きの噂は、宮中ではもはや常識と同じ程度に知れ渡り、非難の声は随分根強い。妹と婚約しながら姉にも手を出そうとする……いかにもな性格は周知の事実だ。
陛下がこれこそはという令嬢を選び抜くまでの間だけ、私は虫除けの役目を仰せつかったのだ。国の将来を左右することであり、第一王子の妃選びは慎重を期さねばならなかった。
私は没落令嬢と影口を叩かれる、美貌と妖艶な体だけを誇れるロザーラ・アリーシャ・エヴルーだ。エヴルー家は昨今経済的危機にあった。伯爵とは名ばかりの貧しい家の娘だ。
半年前に私に白羽の矢が立てられたとき、私は陛下と一度だけお会いした。宮殿から豪華な馬車がお迎えにやってきて、美しい別荘に密かにお招きされて私は陛下とお会いした。数時間にわたって私と陛下は話し合い、ある程度気心が知れると、陛下から計画を聞かされた。
私の家の事情を陛下はよくご存知だった。そして私の性格もある程度ご存知だった。ウィリアム王子に惚れることは決してないと私は陛下に約束した。そして、半年をかけた作戦が決行されたのだ。
私は半年間、貧乏な伯爵令嬢が色気じかけで第一王子ウィリアムを落としたという良からぬ噂を撒かれても耐え抜いた。
――まぁ、ある意味事実なので致し方ありませんけれど……。皆さんが見抜いてらっしゃったように私が第一王子に惚れることはありませんから。優秀な皆さんが勘づいていらっしゃるように打算で近づいたのですわ。
馬車の窓から街々の灯りを眺めながら、私はため息をついた。
――陛下がくださる褒賞金を何に使おうかしら?まずは家の修理でしょう?それから溜まったツケの支払い。今後数年分の食費、衣装代、給金、家の維持費……。
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