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第三章
リシェール伯爵領の春
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コンラート地方の大気は春の予感に満ちていた。寒さの中に暖かさが織り交ざり、大地のあちこちで新たな春の始動を感じることができた。
間もなく春の種まきのために畑の手入れが始まる。空には青空が広がり、どこまでも続く大地と空は、雪に覆われた大地の白が目立つ風景から、ところどころに雪の下から力強くめぶく新芽と雪が解けた土の色が混ざる春の風景に変わり始めていた。
あと少しして新緑が美しくなった山に登れば、忘れな草を見つけることができるだろう。青い可憐な花びらの忘れな草の花言葉は「真実の愛」。白い忘れな草なら「私を忘れないで」だ。ピンクの忘れな草は「真実の友情」だ。黄色いハイキンポウウゲの花や忘れな草、ピンクのレッドクローバーなどを愛でることができる春はすぐそこまでやってきている。それは、冬の間は待ち遠しくて待ち遠しくてたまらないものだった。
朝起きて身支度を整えていると、これまでは部屋の小窓の外にピンクの花びらのクリスマスローズの花が見えていた。美しい大輪の花が咲くさまは心浮き立つものだった。
今日はその小窓の鉢にクロッカス・シーベリーがついに咲いた。紫と白と黄色の鮮やかな色合いが春の訪れを予感させる。このリシェール伯爵の城の庭には黄色いミモザの花がちらほらと咲き始めていた。数百の花びらが重なりあうラナンキュラスの美しい花も咲き始めた。
ついに春だ。
私は小走りで城の廊下を急いだ。飛ぶように歩いて夫の待つ客間に急いだ。今日はダイヤモンド研磨の新しい成果を見せてもらう日だった。磨き方を変えると、劇的に輝きが変わると聞いていた。
「マクシムス!」
レティシアが嬉しそうに話しかける声がして、私は振り返った。廊下を急いで歩く私に、プラチナブロンドの髪のレティシアがぶつかりそうになった。
リシェール伯爵領地で何かの死が訪れる瞬間で、誰かが穏やかな死を迎える時、(例えばそれは村の老人が天国に召される瞬間などだ)、お迎えにやってきた死神が、この城に尋ねてくる時がこれまでに二度あった。
レティシアはそれがどういう時かよく分かっているようだった。だが、私にはいまだに理解できない。マクシムスとレティシアは恋人同士だった。それ以外にも、二人の間には何かあったようだ。私はそれが何か知らない。でも、マクシムスとレティシアとケネスが幸せならそれで良いと思っている。
数世紀前から脈々と続く『生の王冠』の9つの宝石を巡る皇帝選抜の旅は、私かレティシアによって再開されるその時まで役目を終えて、本来の輝きを魅せようとしていた。現皇帝からすると次代は2代に渡って決まっているのだ。それまでの間、宝石は磨かれて磨かれて、煌めく宝石として姿を現すのみだ。
この宝石の使用目的を知っているのは、皇帝選抜に関わったもののみ。次の出番まで王冠につけられることはなく、単独のダイヤモンドとして磨かれ続けるのだ。
冬中、毛織物の加工のことを調べていた私は、春が来たら川を使った交易についても試行を開始するつもりだった。
私とレティシアは口をつぐんだ。
私たちは、あれから死の5分前の契約の話はしない。マクシムス皇帝に会ったのは、私がセルドの街で死んだ時以来会ったのは三度目だ。私が死を迎える瞬間ではなく、いずれも誰かの死の前触れでやってきていた。つまり、コンラート地方リシェール伯爵領では私の命は狙われていないということを意味していた。
「ロザーラ、気をつけるんだ。ラファエルが危ない」
マクシムス皇帝はいつものように仕立てのよさそうな服を着ていたが、鋭い声で私にささやいた。マクシムス皇帝の声に緊迫したものを感じた私はハッとして彼を見返した。
「僕は救えない。ラファエルを僕は救えないんだ。だから気をつけてほしい。まもなく皇帝が崩御する。僕はそちらの担当だ」
死神さまの顔を私は見返した。
「ラファエルのお祖父様が亡くなるとおっしゃっているのですか?」
「そうだ。僕はもう行かなければならない。敵は同じタイミングで仕掛けてくる」
それだけ告げると、死神さまは消えた。
「マクシムス!」
レティシアの手が宙をかすめた。彼の姿がふっと消えたのだ。
「ロザーラ!剣を持つわよ」
レティシアはそれだけささやくと、素早い身のこなしですぐに部屋に引き返して行った。
「フィリップス!」
私はラファエルの元に走りながら、騎士の名を叫び、騎士団を呼ぶために笛を吹いた。ダイヤモンド研磨の技術を見せてもらうために、客間にラファエルはいるはずだ。
私が走って部屋にかけこんだ。
客間の扉を開けると、床に落ちた水仙の花が見えた。私はハッとして目を上げた。
「お祖父様は皇帝選抜の旅に、幼い私の父を連れて行った。叔父上、あなたの勘違いなんだ。次の皇帝は私の父なのだ。当時の父に判断能力があったわけではない。だが、私にもしものことがあれば、私の父とケネスが皇帝になるだけなんだ。あなたの弟は実は皇帝候補だったんだ」
ラファエルが掠れた声でささやく声がして、皇太子がラファエルの首に剣を当てている姿が見えた。
レティシアと騎士が同時に飛び込んできたのはその時だ。
床に白いシロツメクサで編んだ冠が置いてあった。四葉のクローバーも近くに落ちている。花言葉は「幸運」「私のものになって」だ。
いや、もう一つあった。
「復讐」だ。
間もなく春の種まきのために畑の手入れが始まる。空には青空が広がり、どこまでも続く大地と空は、雪に覆われた大地の白が目立つ風景から、ところどころに雪の下から力強くめぶく新芽と雪が解けた土の色が混ざる春の風景に変わり始めていた。
あと少しして新緑が美しくなった山に登れば、忘れな草を見つけることができるだろう。青い可憐な花びらの忘れな草の花言葉は「真実の愛」。白い忘れな草なら「私を忘れないで」だ。ピンクの忘れな草は「真実の友情」だ。黄色いハイキンポウウゲの花や忘れな草、ピンクのレッドクローバーなどを愛でることができる春はすぐそこまでやってきている。それは、冬の間は待ち遠しくて待ち遠しくてたまらないものだった。
朝起きて身支度を整えていると、これまでは部屋の小窓の外にピンクの花びらのクリスマスローズの花が見えていた。美しい大輪の花が咲くさまは心浮き立つものだった。
今日はその小窓の鉢にクロッカス・シーベリーがついに咲いた。紫と白と黄色の鮮やかな色合いが春の訪れを予感させる。このリシェール伯爵の城の庭には黄色いミモザの花がちらほらと咲き始めていた。数百の花びらが重なりあうラナンキュラスの美しい花も咲き始めた。
ついに春だ。
私は小走りで城の廊下を急いだ。飛ぶように歩いて夫の待つ客間に急いだ。今日はダイヤモンド研磨の新しい成果を見せてもらう日だった。磨き方を変えると、劇的に輝きが変わると聞いていた。
「マクシムス!」
レティシアが嬉しそうに話しかける声がして、私は振り返った。廊下を急いで歩く私に、プラチナブロンドの髪のレティシアがぶつかりそうになった。
リシェール伯爵領地で何かの死が訪れる瞬間で、誰かが穏やかな死を迎える時、(例えばそれは村の老人が天国に召される瞬間などだ)、お迎えにやってきた死神が、この城に尋ねてくる時がこれまでに二度あった。
レティシアはそれがどういう時かよく分かっているようだった。だが、私にはいまだに理解できない。マクシムスとレティシアは恋人同士だった。それ以外にも、二人の間には何かあったようだ。私はそれが何か知らない。でも、マクシムスとレティシアとケネスが幸せならそれで良いと思っている。
数世紀前から脈々と続く『生の王冠』の9つの宝石を巡る皇帝選抜の旅は、私かレティシアによって再開されるその時まで役目を終えて、本来の輝きを魅せようとしていた。現皇帝からすると次代は2代に渡って決まっているのだ。それまでの間、宝石は磨かれて磨かれて、煌めく宝石として姿を現すのみだ。
この宝石の使用目的を知っているのは、皇帝選抜に関わったもののみ。次の出番まで王冠につけられることはなく、単独のダイヤモンドとして磨かれ続けるのだ。
冬中、毛織物の加工のことを調べていた私は、春が来たら川を使った交易についても試行を開始するつもりだった。
私とレティシアは口をつぐんだ。
私たちは、あれから死の5分前の契約の話はしない。マクシムス皇帝に会ったのは、私がセルドの街で死んだ時以来会ったのは三度目だ。私が死を迎える瞬間ではなく、いずれも誰かの死の前触れでやってきていた。つまり、コンラート地方リシェール伯爵領では私の命は狙われていないということを意味していた。
「ロザーラ、気をつけるんだ。ラファエルが危ない」
マクシムス皇帝はいつものように仕立てのよさそうな服を着ていたが、鋭い声で私にささやいた。マクシムス皇帝の声に緊迫したものを感じた私はハッとして彼を見返した。
「僕は救えない。ラファエルを僕は救えないんだ。だから気をつけてほしい。まもなく皇帝が崩御する。僕はそちらの担当だ」
死神さまの顔を私は見返した。
「ラファエルのお祖父様が亡くなるとおっしゃっているのですか?」
「そうだ。僕はもう行かなければならない。敵は同じタイミングで仕掛けてくる」
それだけ告げると、死神さまは消えた。
「マクシムス!」
レティシアの手が宙をかすめた。彼の姿がふっと消えたのだ。
「ロザーラ!剣を持つわよ」
レティシアはそれだけささやくと、素早い身のこなしですぐに部屋に引き返して行った。
「フィリップス!」
私はラファエルの元に走りながら、騎士の名を叫び、騎士団を呼ぶために笛を吹いた。ダイヤモンド研磨の技術を見せてもらうために、客間にラファエルはいるはずだ。
私が走って部屋にかけこんだ。
客間の扉を開けると、床に落ちた水仙の花が見えた。私はハッとして目を上げた。
「お祖父様は皇帝選抜の旅に、幼い私の父を連れて行った。叔父上、あなたの勘違いなんだ。次の皇帝は私の父なのだ。当時の父に判断能力があったわけではない。だが、私にもしものことがあれば、私の父とケネスが皇帝になるだけなんだ。あなたの弟は実は皇帝候補だったんだ」
ラファエルが掠れた声でささやく声がして、皇太子がラファエルの首に剣を当てている姿が見えた。
レティシアと騎士が同時に飛び込んできたのはその時だ。
床に白いシロツメクサで編んだ冠が置いてあった。四葉のクローバーも近くに落ちている。花言葉は「幸運」「私のものになって」だ。
いや、もう一つあった。
「復讐」だ。
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