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第三章

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「そんなの嘘だ」
「嘘じゃないんだ。叔父上には不公平極まりないのは分かっています。確かに正式な皇帝の権限は持っていない。でも、次の代が選べるのです。私は父に数年お願いした。私は皇帝になるにはまだ若すぎるから」

 私の体は震えた。私は皇太子に一度殺されている。でも、今ラファエルを失うわけにはいかない。

「復讐するなら、相手は私よ」
「ロザーラ!」

 私は皇太子に声をかけた。ラファエルが私を止めようと叫んだ。皇太子はラファエルの首に剣をかけたまま、私をチラッと見ようとした。

 私はシロツメクサで編んだ花冠を素早く投げた。子供の頃、木の枝にシロツメクサで編んだ花冠をかける遊びをしていた時のように。

 私が投げたシロツメクサの花冠は皇太子の顔に飛び、彼は思わず避けようとして一瞬怯んだ。その瞬間を逃さず、レティシアが踊りかかった。

 皇太子はよろめいた。騎士のフィリップスが反対側から剣でついた。皇太子は崩れ落ちた。仰向けに床に倒れた皇太子の胸に花冠がパサッと落ちた。皇太子は動かない。

「諦めてください。あなたのことは決して忘れないから。皇帝選抜の旅は危険で罠と暗号に満ちたものでした。大陸を治める力を与える石は、この宝石ですわ」

 部屋の隅で怯えて立ち尽くしていた宝石商の手から、輝きを増した美しく煌めく宝石を私は手に取った。それを横たわる皇太子に見せた。

「ブロワ谷の伝説をご存知でしょう?財宝がブロワ谷に眠っていて『次の皇帝』を『オリオン座が救う者を決める』伝説です。ジークベインリードハルトの貴族の方々は、子供の頃から皆がご存知のお話だと聞きました。あの『大陸を治める力を与える石』の話です」

 皇太子は驚いた表情をして私を見つめている。

「力づくでこの宝石を手に入れられるルールではなかったのです。宝石入手の順番もトラップが仕掛けられていました。私たちは危ない橋を渡りながら、やっとの思いでなんとか切り抜けたのです」

 私は黙ってその煌めく宝石を皇太子の胸に置いた。シロツメクサの花冠の真ん中に。

 皇太子の目に涙が浮かんだ。
   
  私が皇太子に殺されたショーンブルクでは、皇太子が手にしていたのはオレンジ色のカレンデュラだった。カレンデュラの花言葉は、「別れの悲しみ」「寂しさ」「悲嘆」「失望」だ。甥を殺めなければならないことに、皇太子自身は躊躇わなかったが、失望と寂しさを感じていたことは間違いないだろう。

 父が皇帝であるということと、皇太子であるという地位が彼を苦しめたのかもしれない。

 結果として、ラファエルは無事だった。皇太子はその後、リシェール伯爵領でしばらくひっそりと寝たきりになった。

 皇帝は崩御した。すぐにラファエルの父が皇帝に即位した。ジークベインリードハルトでは皇太子は暗殺されたという噂が流れていた。

 実際は、皇太子は看病の甲斐があって起き上がれるようになったある日、そのまま姿を消した。それっきり、フランリヨンドのコンラート地方で彼の姿を見たものはいない。風の噂で亡くなったらしいと私たちが聞いたのは、姉のマリアンヌと第一王子ウィリアムの結婚式に行くために旅の準備をしていた頃だった。

 表向きは、兄であったジークベインリードハルトの皇太子の暗殺に伴ってラファエルの父がジークベインリードハルトの皇帝となり、ラファエルは、大国の皇帝の嫡男となった。奇しくもジークベインリードハルトの皇位継承権第一位となってしまったことになっている。

 ラファエルの皇帝戴冠式は3年後と密かに決まった。父と息子の間で交わされた約束だった。皇帝選抜に勝ち上がったとは言えないラファエルの父は、早く正式な皇帝になることを認められたラファエルに、きちんと戴冠してもらうことを切望していたからだ。



「ロザーラ、そろそろ行こう」
「今行くわ、ケネス!レティシアもラファエルも準備ができたかしら?」
「できているよ。君を待っているところだ」

 私は急いで荷造りの手を止めて、乗馬の格好をした自分の姿を鏡で確認した。階下に急ぐ。

 今日は葡萄畑の様子を見に行くのだ。その後は毛織物の加工工場を視察に行く。コンラート地方リシェール領は、ラファエルが皇帝になった後はケネスに引き継がれる。オットー陛下と合意したことだ。

 陛下はラファエルが皇帝になることを祝福してくれた。だが、そのことについてはそれほど驚いた様子はなかった。むしろ、妹君が生きていて皇后になったことに驚愕していた。ラファエルの母が生きていたことを大喜びしていたのだ。

 ケネス、レティシアを含めて私たちはこのコンラート地方の発展に力を注いでいた。この地の領民の状況を確認するためによくあちこちを回っていた。

 私は城の大ホールを抜けて、リシェール城の庭園を抜けようとした。先に行くケネスの後を追う。城門のところで馬を引いてラファエルとレティシアが待っているはずだ。

 私の息は弾む。姉のマリアンヌの結婚式に参加できることになって、ここ数日は荷造りに追われていた。

 庭には夏の花が咲き乱れていた。深い青い花びらを広げているクレマティスの花、白いクチナシの花、華やかなダリアの花、「夢への誘い」という花言葉を持つジャスミン、淡いブルーのラベンダー。夏の煌めきが庭のあちこちに満ちている。

 足元の可憐な赤い千日草に目をやる。ジークベインリードハルトでラファエルの祖父に宮殿で会った日にも、雪の中のオランジェリーで見かけた花だ。花言葉は「永遠の恋」「色あせぬ恋」「不朽」だ。「変わらない愛情を永遠に」という願いが込められている花言葉だ。

 今の私の願いにぴったりだ。

 長い髪を束ねて、碧い瞳を煌めかせ、私を見つめる夫の姿を見つけた。私は笑みが溢れるのを抑えきれず、夫の胸まで飛び込むように走っだ。

 没落令嬢だった私は、大陸横断の旅の果てに恋に落ちた。永遠で色褪せぬ恋だろう。


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