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第82話 ファンサ
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~織原朔真視点~
僕は学校を終えて、ホテルの清掃のバイトに勤しんでいた。客室の清掃にアメニティの補充、ベッドメイク。ホテル内に飾られている調度品を綺麗に磨く。
1日の業務を終えて、自分の荷物のある待機場所に向かおうとしたその時、すれ違う女性のお客さんがカードキーを落とした。僕は素早くそれを拾い上げ、彼女に渡す。
「あ、ありがとうございます!」
ハキハキとした華やかな声だった。僕はいつものように無言で会釈をしたが、その時その女性客と目が合った。
「あ!」
「あ"!」
音咲さんだった。椎名町45のメンバーにして僕の隣の席の女の子。
林間学校以来、声を聞かせてほしいなどと言われなくなった。ということは僕がエドヴァルドかもしれないという疑いが晴れたのだろうか?それに現在、僕の声はがらがら声だ。気付かれないだろうと思った僕は彼女に敢えて声を出して言った。
「おづがれざまでじだ……」
そう言って、この場から離れようとしたが、腕を掴まれる。
「待って!」
この状況、心拍数で言うと150前後といったところだろう。僕は心臓をバクバクと鳴らしていた。それは腕を掴まれるという行為と音咲さんが、今の僕の声でエドヴァルドであると勘づいたのではないかという焦りが相乗効果をもたらした結果だ。
──音咲さんぐらいのファンなら僕が如何にがらがら声でも気付いてしまうのか!?
僕は恐る恐る、そしてバレないためにがらがら声を更に低く歪ませながら声を出す。
「な"、な"ん"でずが?」
音咲さんはキョロキョロと周囲を確認してから言った。
「ちょっと来て」
腕を掴まれたまま、引きずられるようにして僕は音咲さんに付いて行った。廊下を少しだけ歩くと音咲さんは先程落としたカードキーを部屋のドアノブにあるカードリーダーにセットして部屋の扉を開け始めた。
「入って」
音咲さんの宿泊している部屋だ。彼女は扉を押し開き、先に部屋に入室すると僕に中に入るよう促した。僕が躊躇していると、彼女は部屋の中から廊下の左右を再度確認し、急かすように、そして囁くように言った。
「早く入って!!」
僕は言い返す。
「…で、でも"……」
彼女はイライラした様子で言った。
「いいから!早く!!」
「…だっで汚──」
僕が言い終わる前に、腕を思いっきり引っ張られた。僕は音咲さんの部屋に吸い込まれるようにして入室する。ちょうどサッカーの選手がダイビングヘッドを決めたような状態でうつ伏せで床と激突する形となった。
なんとか顔面を守ることに成功した僕だが、扉を閉め終えた音咲さんが、うつ伏せ状態の僕の胸ぐらに手を入れ、僕を半回転させながら仰向けにして、冷たい表情を僕の眼前に持ってくる。そして言った。
「なんか言った?」
僕は脳が揺れるくらい顔を横に振って、何も言っていないことを主張した。僕のジェスチャーに満足したのか、彼女は胸ぐらから手を離す。
「ちょっと掃除するから待ってて」
彼女は僕のことをステップを踏みながら跨いで部屋の奥に進んだ。僕は言う。
「ま、まだ業務がのごっで……」
彼女は僕の発言を聞くと、部屋の片付けをしている手を止めて少しだけ上を向いて思案した。そしてスマホを取り出して誰かと通話する。
「もしもし支配人?織原朔真の今日の業務を終わったことにして」
彼女はハキハキとした声で、電話の向こう側にいるホテルの支配人の話をうんうんと相槌を打ちながら聞いている。そして少しすると話が付いたのか「わかったわ」と言ってスマホを耳から離した。
「もうあがったことにしたって♪︎でも安心して、退社が早くても、いつもと同じお給料を払うことになったから」
僕はポカンと口を開けて、せかせかと部屋の掃除を再開させた音咲さんを見ていた。
──一体、何が目的なんだろうか……
散らかった服や飲みかけのペットボトルなどを一箇所に集めた音咲さんは、夜景が臨める筈の窓──現在はカーテンで覆われている為夜景は見えない。おそらく芸能リポーター等の対策だろう──付近にある丸いテーブルを挟んで2つある1人掛けのソファの1つに座るよう僕に促した。
僕はそこに腰掛けて、向かい合うように座った音咲さんを見た。綺麗な艶のある黒髪、ゲレンデのように白く光った肌、パッチリと開いた大きな目、慎ましくも魅力的なピンク色の唇。
僕はアイドルとして活躍している音咲華多莉と一対一で対面していることの重大さに気が付いた。
ゴクリと唾を飲み込み、これから何を切り出されるか緊張していると、音咲さんは両手を合わせて片目を瞑りながら言った。
「お願い!テスト範囲教えて☆」
──────────────────────────────────────────────────
~音咲華多莉視点~
これで落ちないヤツはいない。
『良い華多莉ちゃん?今のトレンドはあざと可愛いなんだよ?手を合わせて、顎を引いて、片目を瞑って、もう片方の目からビームを出すイメージでぇ──』
椎名町45、リーダーの斎藤希さんから伝授してもらった通称『お願いビーム』これを食らってなびかない者などいない。
現に希さんは、このお願いビームで何だって買ってくれた。
『まぁ華多莉ちゃんたらなんて可愛いんでしょう!!おじさん何でも買ってあげちゃう!!』
希さんの言い様を思い出した。
──フフフ、これで織原も……
私はつぶっていない片目から織原朔真の表情を覗き見た。
「……」
まさかの無反応だ。
──え?効いてない…だと?さっき胸ぐら掴んだから?だってあれは織原が部屋が汚いって言おうとしたからで……ってなんか織原といると知らない私がどんどん出てきちゃう……
私はパチパチと何度もウインクをしてビームを放ったが、同じことであった。反応はなかったが、織原は言った。
「い"い"でずげど……」
私は安堵した。
──ほらね、やっぱり言うことを聞いてくれた。
フッと私はしてやったりと内心ほくそ笑んでいたが、織原は続けて言った。
「目にゴミでも入っだんでずが?」
ウインクを連発しすぎた。何事もやりすぎはよくない。仕切り直すつもりで咳払いをしてから私は鞄からノートを取り出し、織原の言うことをメモろうとしたが、がらがら声を無理矢理出させるのはどうにも気が引ける。
「声出すの辛かったらこのタブレットにテスト範囲書いて」
10.2インチサイズのタブレットを丸テーブルに置いて、メモ機能を起動させた。
織原は無言でタブレットに表示されたキーボードをタップしてテスト範囲を入力していく。
私は無言で織原のキーボード捌きを見ていた。淀みない指の動かし方、きっと普段からキーボードを触り慣れているのだろう。
現代文→山月記、道程。主に山月記から出題。漢字の読み方、語彙問題、李徴が虎になった理由。
日本史→室町時代~江戸時代・三代将軍家光まで。
英語→教科書5~38ページまでの英単語、イディオム。関係代名詞、現在完了。
あと英語表現に古文、漢文、etc……ここで見るのを止めた。
「え?こんなにあんの?」
織原は頷いた。それから織原はテスト範囲を打ち込む作業を続ける。少ししてタップしていた指を止めるとおもむろに立ち上がり、私に向かって一礼する。そして私に背を向けた。帰ろうとしているのだ。
「ま、待って!!」
私は去って行く織原の腕を掴んだ。いや、抱き付いたと言っても過言ではない。
「無理無理!あと1週間でこれ全部やるの無理!!」
織原は私の必死の訴えに目を瞑り、首を横に振った。外国人がよくやる、残念だけど仕方ない、と言った感じの振る舞いだった。そして歩みを進める。
「待って待って!私に勉強教えて!!お願い!!」
私は織原の腕にしがみつきながらお願いビームを放った。
効果はいまひとつのようだ。
「待ってお願い!授業料払うから!!」
織原の足が止まる。
僕は学校を終えて、ホテルの清掃のバイトに勤しんでいた。客室の清掃にアメニティの補充、ベッドメイク。ホテル内に飾られている調度品を綺麗に磨く。
1日の業務を終えて、自分の荷物のある待機場所に向かおうとしたその時、すれ違う女性のお客さんがカードキーを落とした。僕は素早くそれを拾い上げ、彼女に渡す。
「あ、ありがとうございます!」
ハキハキとした華やかな声だった。僕はいつものように無言で会釈をしたが、その時その女性客と目が合った。
「あ!」
「あ"!」
音咲さんだった。椎名町45のメンバーにして僕の隣の席の女の子。
林間学校以来、声を聞かせてほしいなどと言われなくなった。ということは僕がエドヴァルドかもしれないという疑いが晴れたのだろうか?それに現在、僕の声はがらがら声だ。気付かれないだろうと思った僕は彼女に敢えて声を出して言った。
「おづがれざまでじだ……」
そう言って、この場から離れようとしたが、腕を掴まれる。
「待って!」
この状況、心拍数で言うと150前後といったところだろう。僕は心臓をバクバクと鳴らしていた。それは腕を掴まれるという行為と音咲さんが、今の僕の声でエドヴァルドであると勘づいたのではないかという焦りが相乗効果をもたらした結果だ。
──音咲さんぐらいのファンなら僕が如何にがらがら声でも気付いてしまうのか!?
僕は恐る恐る、そしてバレないためにがらがら声を更に低く歪ませながら声を出す。
「な"、な"ん"でずが?」
音咲さんはキョロキョロと周囲を確認してから言った。
「ちょっと来て」
腕を掴まれたまま、引きずられるようにして僕は音咲さんに付いて行った。廊下を少しだけ歩くと音咲さんは先程落としたカードキーを部屋のドアノブにあるカードリーダーにセットして部屋の扉を開け始めた。
「入って」
音咲さんの宿泊している部屋だ。彼女は扉を押し開き、先に部屋に入室すると僕に中に入るよう促した。僕が躊躇していると、彼女は部屋の中から廊下の左右を再度確認し、急かすように、そして囁くように言った。
「早く入って!!」
僕は言い返す。
「…で、でも"……」
彼女はイライラした様子で言った。
「いいから!早く!!」
「…だっで汚──」
僕が言い終わる前に、腕を思いっきり引っ張られた。僕は音咲さんの部屋に吸い込まれるようにして入室する。ちょうどサッカーの選手がダイビングヘッドを決めたような状態でうつ伏せで床と激突する形となった。
なんとか顔面を守ることに成功した僕だが、扉を閉め終えた音咲さんが、うつ伏せ状態の僕の胸ぐらに手を入れ、僕を半回転させながら仰向けにして、冷たい表情を僕の眼前に持ってくる。そして言った。
「なんか言った?」
僕は脳が揺れるくらい顔を横に振って、何も言っていないことを主張した。僕のジェスチャーに満足したのか、彼女は胸ぐらから手を離す。
「ちょっと掃除するから待ってて」
彼女は僕のことをステップを踏みながら跨いで部屋の奥に進んだ。僕は言う。
「ま、まだ業務がのごっで……」
彼女は僕の発言を聞くと、部屋の片付けをしている手を止めて少しだけ上を向いて思案した。そしてスマホを取り出して誰かと通話する。
「もしもし支配人?織原朔真の今日の業務を終わったことにして」
彼女はハキハキとした声で、電話の向こう側にいるホテルの支配人の話をうんうんと相槌を打ちながら聞いている。そして少しすると話が付いたのか「わかったわ」と言ってスマホを耳から離した。
「もうあがったことにしたって♪︎でも安心して、退社が早くても、いつもと同じお給料を払うことになったから」
僕はポカンと口を開けて、せかせかと部屋の掃除を再開させた音咲さんを見ていた。
──一体、何が目的なんだろうか……
散らかった服や飲みかけのペットボトルなどを一箇所に集めた音咲さんは、夜景が臨める筈の窓──現在はカーテンで覆われている為夜景は見えない。おそらく芸能リポーター等の対策だろう──付近にある丸いテーブルを挟んで2つある1人掛けのソファの1つに座るよう僕に促した。
僕はそこに腰掛けて、向かい合うように座った音咲さんを見た。綺麗な艶のある黒髪、ゲレンデのように白く光った肌、パッチリと開いた大きな目、慎ましくも魅力的なピンク色の唇。
僕はアイドルとして活躍している音咲華多莉と一対一で対面していることの重大さに気が付いた。
ゴクリと唾を飲み込み、これから何を切り出されるか緊張していると、音咲さんは両手を合わせて片目を瞑りながら言った。
「お願い!テスト範囲教えて☆」
──────────────────────────────────────────────────
~音咲華多莉視点~
これで落ちないヤツはいない。
『良い華多莉ちゃん?今のトレンドはあざと可愛いなんだよ?手を合わせて、顎を引いて、片目を瞑って、もう片方の目からビームを出すイメージでぇ──』
椎名町45、リーダーの斎藤希さんから伝授してもらった通称『お願いビーム』これを食らってなびかない者などいない。
現に希さんは、このお願いビームで何だって買ってくれた。
『まぁ華多莉ちゃんたらなんて可愛いんでしょう!!おじさん何でも買ってあげちゃう!!』
希さんの言い様を思い出した。
──フフフ、これで織原も……
私はつぶっていない片目から織原朔真の表情を覗き見た。
「……」
まさかの無反応だ。
──え?効いてない…だと?さっき胸ぐら掴んだから?だってあれは織原が部屋が汚いって言おうとしたからで……ってなんか織原といると知らない私がどんどん出てきちゃう……
私はパチパチと何度もウインクをしてビームを放ったが、同じことであった。反応はなかったが、織原は言った。
「い"い"でずげど……」
私は安堵した。
──ほらね、やっぱり言うことを聞いてくれた。
フッと私はしてやったりと内心ほくそ笑んでいたが、織原は続けて言った。
「目にゴミでも入っだんでずが?」
ウインクを連発しすぎた。何事もやりすぎはよくない。仕切り直すつもりで咳払いをしてから私は鞄からノートを取り出し、織原の言うことをメモろうとしたが、がらがら声を無理矢理出させるのはどうにも気が引ける。
「声出すの辛かったらこのタブレットにテスト範囲書いて」
10.2インチサイズのタブレットを丸テーブルに置いて、メモ機能を起動させた。
織原は無言でタブレットに表示されたキーボードをタップしてテスト範囲を入力していく。
私は無言で織原のキーボード捌きを見ていた。淀みない指の動かし方、きっと普段からキーボードを触り慣れているのだろう。
現代文→山月記、道程。主に山月記から出題。漢字の読み方、語彙問題、李徴が虎になった理由。
日本史→室町時代~江戸時代・三代将軍家光まで。
英語→教科書5~38ページまでの英単語、イディオム。関係代名詞、現在完了。
あと英語表現に古文、漢文、etc……ここで見るのを止めた。
「え?こんなにあんの?」
織原は頷いた。それから織原はテスト範囲を打ち込む作業を続ける。少ししてタップしていた指を止めるとおもむろに立ち上がり、私に向かって一礼する。そして私に背を向けた。帰ろうとしているのだ。
「ま、待って!!」
私は去って行く織原の腕を掴んだ。いや、抱き付いたと言っても過言ではない。
「無理無理!あと1週間でこれ全部やるの無理!!」
織原は私の必死の訴えに目を瞑り、首を横に振った。外国人がよくやる、残念だけど仕方ない、と言った感じの振る舞いだった。そして歩みを進める。
「待って待って!私に勉強教えて!!お願い!!」
私は織原の腕にしがみつきながらお願いビームを放った。
効果はいまひとつのようだ。
「待ってお願い!授業料払うから!!」
織原の足が止まる。
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