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しおりを挟む静まり返った個室に、馨の声だけが静かに響いた。
「……帰らないで。もう少しだけ、ここにいてほしいんだ」
凪はその言葉に動きを止めた。椅子から立ち上がりかけていた体をゆっくりと戻すと、何も言わず馨の正面の席に座り直した。
そして、しばらくの沈黙の後。
「この前……夜、電話した時」
馨がぽつりと口を開いた。
「ほんとは、声が聞きたかっただけだった……っていうのは嘘で。会いたいって気持ちが暴走して、気づいた時にはもう電話してた」
凪の胸がきゅっと痛んだ。その夜、急にかかってきた電話。出ることはなかったが、なぜかずっと気になっていた。
「あれから、何度もかけようとした。でも……どうしてもできなかった。俺が、また凪を傷つけるんじゃないかって思って……」
「なんで、今さらそんなこと言うの。僕のこと、あんなにひどく言ったのに……」
凪は唇を噛み締めた。込み上げる感情に声が震えてしまう。
馨は顔を伏せ、まるで自分を責めるようにうつむいたままつぶやいた。
「俺のしたことは、許されることじゃないってわかってる。中学の頃から凪のことをいじめて……再会してからも、また同じことを繰り返した。俺って、本当に信じられないくらい馬鹿なんだよ」
そう言いながら、馨は自身の髪を乱暴にかき上げた。悔しさや情けなさ、さまざまな感情が滲んでいた。
「でも、こうして……凪に最後に会えてよかった」
「最後って、なに……?」
馨から突然放たれたその言葉に、凪は固まった。
「俺、アメリカに行くことにした」
「……え?」
その瞬間、時間が止まったように感じた。鼓動だけがやけに大きく響く。
「高校の時から、ずっと夢だった。有名なバスケプレイヤーになることが。アメリカに行って、バスケでどこまでやれるか挑戦したかった。現地のチームとも連絡を取って……今しかチャンスはないって思った」
凪は言葉を失ったまま、馨の顔をじっと見つめた。
「もうすぐ行くことになった。向こうでの準備もあるし、来月には発つことになってる。」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるように痛んだ。
「……じゃあ、もう会えないってこと?」
「うん、そうなると思う。だからこそ凪と今日あえて本当によかった。」
凪は俯き、何と返したらいいかわからなかった。
今にも泣き出しそうで、目を合わせられない。馨との思い出が、次々と浮かんでは消えていく。なぜ泣き出しそうなのかも自分でもわからなかった。
「一緒にいた時間……全部、夢みたいに幸せだった。だけど、俺は凪を傷つけてばかりだった。本当に、ごめん」
馨の声は苦しげで、悔しさを滲ませていた。
「夢みたいだったなんてそんなの……嘘だよ
だって君は」
彼女を作ったじゃないかと言いかけて飲み込み、凪は震えながら答えた。
「嘘じゃない。凪と過ごした時間は、俺にとってずっと宝物だった」
「じゃあ、なんでっ……」
凪は言葉を詰まらせ、テーブルの上にぽたりと涙を落とした。
「なんで、僕を遠ざけるようなことばっかり言ったの……?」
「それはっ…」
馨は目を閉じた。苦しげに、言葉を選んでいた。でも、口を開いてもすぐにまた閉じる。
「……やっぱり、なんでもない
これ言ったら言い訳がましいし、これでも勝手くらい未練が残りそうだから」
馨はそう言ってから、優しく笑った。
「本当にありがとう。俺の初恋でいてくれて。たぶんこれから先、どんな人と出会っても、凪のことは絶対に忘れない」
その言葉に嘘は感じられなかった。馨の瞳には、確かな涙が浮かんでいた。
「ありがとう……そして、傷つけてごめん」
馨は、そう静かに言った。
凪は、その言葉に何も返せなかった。ただ胸の奥に渦巻く感情を押し殺すように、彼の姿をじっと見つめていた。
静かに過ぎていく時間の中、2人の間に流れる空気だけが、すべてを物語っていた。
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