【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

文字の大きさ
88 / 124

89

しおりを挟む


静まり返った個室に、馨の声だけが静かに響いた。


「……帰らないで。もう少しだけ、ここにいてほしいんだ」


凪はその言葉に動きを止めた。椅子から立ち上がりかけていた体をゆっくりと戻すと、何も言わず馨の正面の席に座り直した。

そして、しばらくの沈黙の後。


「この前……夜、電話した時」


馨がぽつりと口を開いた。


「ほんとは、声が聞きたかっただけだった……っていうのは嘘で。会いたいって気持ちが暴走して、気づいた時にはもう電話してた」


凪の胸がきゅっと痛んだ。その夜、急にかかってきた電話。出ることはなかったが、なぜかずっと気になっていた。


「あれから、何度もかけようとした。でも……どうしてもできなかった。俺が、また凪を傷つけるんじゃないかって思って……」

「なんで、今さらそんなこと言うの。僕のこと、あんなにひどく言ったのに……」


凪は唇を噛み締めた。込み上げる感情に声が震えてしまう。

馨は顔を伏せ、まるで自分を責めるようにうつむいたままつぶやいた。


「俺のしたことは、許されることじゃないってわかってる。中学の頃から凪のことをいじめて……再会してからも、また同じことを繰り返した。俺って、本当に信じられないくらい馬鹿なんだよ」


そう言いながら、馨は自身の髪を乱暴にかき上げた。悔しさや情けなさ、さまざまな感情が滲んでいた。


「でも、こうして……凪に最後に会えてよかった」

「最後って、なに……?」


馨から突然放たれたその言葉に、凪は固まった。


「俺、アメリカに行くことにした」

「……え?」


その瞬間、時間が止まったように感じた。鼓動だけがやけに大きく響く。


「高校の時から、ずっと夢だった。有名なバスケプレイヤーになることが。アメリカに行って、バスケでどこまでやれるか挑戦したかった。現地のチームとも連絡を取って……今しかチャンスはないって思った」


凪は言葉を失ったまま、馨の顔をじっと見つめた。


「もうすぐ行くことになった。向こうでの準備もあるし、来月には発つことになってる。」


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるように痛んだ。


「……じゃあ、もう会えないってこと?」

「うん、そうなると思う。だからこそ凪と今日あえて本当によかった。」


凪は俯き、何と返したらいいかわからなかった。

今にも泣き出しそうで、目を合わせられない。馨との思い出が、次々と浮かんでは消えていく。なぜ泣き出しそうなのかも自分でもわからなかった。


「一緒にいた時間……全部、夢みたいに幸せだった。だけど、俺は凪を傷つけてばかりだった。本当に、ごめん」


馨の声は苦しげで、悔しさを滲ませていた。


「夢みたいだったなんてそんなの……嘘だよ
だって君は」


彼女を作ったじゃないかと言いかけて飲み込み、凪は震えながら答えた。


「嘘じゃない。凪と過ごした時間は、俺にとってずっと宝物だった」

「じゃあ、なんでっ……」


凪は言葉を詰まらせ、テーブルの上にぽたりと涙を落とした。


「なんで、僕を遠ざけるようなことばっかり言ったの……?」

「それはっ…」


馨は目を閉じた。苦しげに、言葉を選んでいた。でも、口を開いてもすぐにまた閉じる。


「……やっぱり、なんでもない
これ言ったら言い訳がましいし、これでも勝手くらい未練が残りそうだから」


馨はそう言ってから、優しく笑った。


「本当にありがとう。俺の初恋でいてくれて。たぶんこれから先、どんな人と出会っても、凪のことは絶対に忘れない」


その言葉に嘘は感じられなかった。馨の瞳には、確かな涙が浮かんでいた。


「ありがとう……そして、傷つけてごめん」


馨は、そう静かに言った。

凪は、その言葉に何も返せなかった。ただ胸の奥に渦巻く感情を押し殺すように、彼の姿をじっと見つめていた。

静かに過ぎていく時間の中、2人の間に流れる空気だけが、すべてを物語っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定 (pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

手の届かない元恋人

深夜
BL
昔、付き合っていた大好きな彼氏に振られた。 元彼は人気若手俳優になっていた。 諦めきれないこの恋がやっと終わると思ってた和弥だったが、仕事上の理由で元彼と会わないといけなくなり....

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

処理中です...