【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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本編 

交錯する想い

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 ――駐屯地を巡ったその日の夕刻。ネウクレアは、言いようのない感覚に囚われていた。


「……理解、不能……」


 この浮遊しているような、柔らかい感覚はなんだろうか。

 夕暮れの光に包まれた天幕の中で独り静かに佇み、今日の出来事を思い返す。

 騎士団の団員たちが笑顔でネウクレアを歓迎し、その能力を賞賛し……存在を欲してくれた。

 笑い声や感嘆の声が周囲にあふれ、感情の揺らぎなどほとんどなかった研究機関での日々とは全く違う空気に、終始包まれていた。

 ゼスの、『人間の脳はその性質上、自己を肯定されることを好み、喜びを感じる』という言葉を思い出す。

「これが……」


 ――これが、そうなのか。


 セディウスとのやり取りで感じたものとはまた違う感覚だが、不快なものではない。とても……好ましい。

 そう理解した途端、胸の奥がふわりとした、日なたにいるような温かさを帯びた。『楽しかっただろ?』と、ファイスが言っていたが『喜び』とは『楽しい』ものなのだろう。


「……楽しかった」


 言葉を口に出してみると、温かい感覚が胸の中に大きく広がっていく。

 ネウクレアは我知らず目を閉じた。

 セディウスから与えられた行為も、楽しいものに分類されるのだろうか。記憶の狭間から、頭をなでられて『よく頑張ったな……偉いぞネウクレア』と、賞賛された感触が浮かび上がる。

 また脈拍が少し早くなって、胸に新しい熱が生まれた。

 先ほどまで感じていた温かく柔らかいものとは違っている。もっと強く、心地がいい。

 まだ、理解できない部分がある。もっと解析したい。


「セディウス……」


 ――無性に彼の元へ行きたくなった。


 触れてほしい。……頭をなでてほしい。……彼の温かい手を感じたい。


 ――ネウクレアの中の感情が、思考を巡らせるうちに色を帯び始める。それは、今までの論理的なものではなく、生々しくも人間らしい感情の発露だった。


 なぜか、空腹を感じた。

 
 栄養や水分は充分に摂取している。肉体的不足など感じていない。……それなのに……なにかが足りない。掴みどころのない飢えを感じる。ぽっかりとした空洞があるような……実に奇妙な感覚だ。

 この奇妙な空腹は、セディウスがきっと満たしてくれるはずだ。

 行為の継続を要求した際に、『検討しよう』と、彼は言っていた。その返答は、まだ受け取っていないが……。今すぐ、頭をなでて欲しい。

 恐らく、彼はまだ執務中だ。妨害はしてはならないだろう。夜まで待つべきだ。彼が個人の天幕へ戻ってからならば、妨害には当たらないはずだ。

 ……要求に応えてくれるだろうか……。

 ああいった行為は普通、騎士である自分のような男が上司に要求しないものだと説明していた。彼は、頭をなでるという行為の再現を要求した際に、かなり躊躇ちゅうちょしていた。

 ――要望を却下される可能性がある。

 それを想定するだけで、胸に痛みを感じた。外傷も疾患もないというのに。思わず胸の辺りを押さえた。実験や訓練の苦しさや痛みとは違う。逃れる術がわからない痛みだ。

 早く時間が経過すればいいと強く思った。……こんな性急で強い感情を抱くのも初めてだ。



 ――自身の中で暴れ始めた感情に戸惑いながら、ネウクレアはじっと夜が訪れるのを待ち続けた。






 ――黄昏を過ぎ、天幕内に灯りが点されるころ。


 ファイスから駐屯地案内の報告を受けた後。セディウスは思い悩みながらも書類の処理に没頭し続けていた。

「さ、そろそろ上がってください」

「あ、ああ……。もうそんな時間か……」

 リュディードにそう言われて、ようやく灯りが点されたことに気付く。

「しかし……、もう少しこれを……」

 手に取ろうとした書類は、そっと彼に押さえられた。

「これは、明日にしても構わない書類ですよ。今日は処理が随分と進みましたから、大丈夫です」

 そうして背中を押されるようにして、セディウスは執務用の天幕からの退出を促された。

 ……日が沈みかけているが、まだ空は明るい。

 いつもなら、もうしばらく後の完全に暗くなった辺りで解散になるのだが。

「気を使われてしまったか」

 眉間を触ると、皺が寄っていた。

 悶々と悩んでいたのが顔に出ていたのだ。これでは気を使われても仕方がない。肩を落として歩き、自身の天幕へと向かう。

 ……疲れた。

 防衛戦からずっと、気が休まらない日々が続いている。ネウクレアのことも悩みどころだが、今後の戦局の先行きには暗雲が立ち込めている。

 ――今回の砲撃防衛戦は、皇国に衝撃をもたらした。十五年前の侵略戦争に端を発した、国内の反帝国感情は激しく燃え上がる一方だ。

 両国において、今後予想される動きは全面戦争だ。

 帝国は、撤退の事実をうやむやにし、難攻不落の防壁を破壊したとして軍の活躍を報じ、兵力増強の勢いを加速させているという。

 防衛線での砲撃部隊の殲滅および大隊の壊滅は、帝国にとってかなりの痛手だったはずだ。

 しかし、それを急ごしらえとはいえ十分に補った上で再び帝国軍が押し寄せてくるのだとしたら、安心はできそうにない。

 ヴァイド帝国軍の勢力を、どれほど削ることができるだろうか。

 最悪の事態を視野に入れて、ほかの騎士団との人員配置調整や駐屯地の配置変更、防壁の修復など様々な対応が進んでいるが、砲撃部隊と圧倒的な兵士の多さが厄介だ。

 単独での戦闘能力こそ魔導騎士はヴァイド兵をはるかに上回るが、それでも限界がある。砲撃によってこちらの兵力を削られ、帝国軍の数に任せた強攻突破を受けてしまったら、圧し潰されてしまうだろう。


 ……力がほしい。


 戦局を盤ごとひっくり返せるほどの、大きな力が。

 トウルムント公がネウクレアを派遣したのは、帝国軍の動きを懸念してのことだろう。

 しかし、単独で砲撃部隊を壊滅させたネウクレアの力は確かに大きいとはいえ、彼の能力に頼り切るのはあまりにも脆弱で、愚策にすぎる。

 公には何か、今以上の策を講じるつもりはあるのだろうか。魔導研究機関からは、その情報は送られてきていない。

 ……不安は拭い切れないが、とにかく明日はネウクレアとしっかりと向き合おう。

 彼との関係を今後どうするかが、セディウスにとって最優先で解決に当たらなければならない懸念事項となっていた。

 個人として、強くネウクレアに惹かれている自覚はある。この揺れ動く感情を上手くあしらうことができなければ、皇国を守る騎士としての責務を全うする障害となるだろう。

 冷静に状況を見据えているつもりでも、苛烈な騎士でありながら無垢な子供のようでもある彼を思うと、心が揺らぐのを止められないのだ。


 ――帝国の脅威よりもネウクレアこそが、セディウスにとって最大のになっていた。
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