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本編
激情に震える声
しおりを挟む――鬱々と物思いに耽りながら、セディウスは緩慢な動きで夜着に着替えた。
湯あみのほうが疲れが取れるだろうが、湯に浸かる気力がない。浄化の術式を使うだけで済ませておく。
明日に備えて眠ろうとしたとき、ふと視界の隅をなにかが掠めたような気がして……顔を上げた。
――天幕内に黒鋼の鎧が立っている。
……ネウクレアだ。
彼のことを考えすぎて幻でも見ているのかと思ったが、違う。いつからそこにいたのか。
「どうした」
気配すら感じなかった。冷や汗が出るような感覚を味わいながら問いかけたが、彼からは返答がない。
「なにかあったのか」
腰を下ろしていたベッドから立ち上がり、ネウクレアに近付く。微動だにしない彼の、ただならぬ雰囲気に、セディウスは直感的に答えを察した。
「まさか、返答を聞きに来たのか」
無言で、うなずく。
――『そうだ』と返答するところではないのか。
むしろ唐突かつ率直に『検討の返答を要求する』と言うところか。明らかに様子がおかしい。不安が胸中を掠めるセディウスの前で、彼の兜が外れた。
「……なでてほしい。貴方の与える行為が、もっとほしい……」
論理的で無感情な言葉ではない。熱を微かに滲ませた声が、セディウスの心に衝撃をもたらした。
よろめくようにして眼前で両膝を床に突き、無表情ではあるが潤んだ瞳で見上げられて息を呑む。
無垢な感情に満ちて光る漆黒の瞳は、痛みを感じるほどに胸を締めつける力を持っていた。
「ネウクレア……」
気がつくと自身も床に膝を突いて、彼の純白の頭を撫でていた。ひたむきに求めてくれる彼が、可愛くて仕方ない。潤みを帯びた漆黒の瞳が、かすかな喜色を含み煌めく。心地よさそうに目を細め、わずかにすり寄るような仕草さえ見せてくれる彼の愛らしさに、セディウスの心は躍った。
ネウクレアが愛しい。
抱き締めて、甘やかして、セディウスだけを頼るように、そして求めるようにしてしまいたい。
彼の奥底にある、幼い子供のような心を優しく包み込むようにして愛でたい。
騎士の役目すら捨てて、ネウクレアだけを大切に守りたい。
――浅ましい、独占欲。
「くっ……!」
皇国の未来も、騎士としての責務も、ことごとくを投げ捨てた身勝手な欲望だ。
自身の中に生まれた感情に愕然とし、セディウスはネウクレアから手を引いてしまった。
駄目だ。このままでは、抱き締めてしまう。
歯を食い縛り、自制しようとするが思うように感情を抑えられない。欲望をぶつけてしまうのが恐ろしくて、撫でられない。
こんな、浅ましい自分が許せなかった。喉の奥からせり上がる嫌悪感に、強く拳を握り締める。
セディウスの異変を察して、ネウクレアが弾かれるようにして顔を上げた。
彼の瞳が、驚愕の色を宿してほんのわずかに見開かれた。
「――貴方にとって、この行為は好ましくないものだと、判断した。相違ないか」
絞り出すように薄く整った唇から零れた言葉に、セディウスは己の不覚を悟った。
「違う……、そうではない。そうではないのだ……」
「ではなぜ、行為を中断したのか。理解不能」
先程までの、感情の見え隠れする口調ではなくなっている。冷たく無感情な響きだ。
セディウスが自身に対して抱いた葛藤や嫌悪を、誤解したのは明白だった。
「違う……」
「どうすれば、要求を満たしてくれるのか」
「――違う! 違うんだネウクレア……私は、お前を好ましいと思っている」
「覆せる判断材料が皆無だ」
否定の言葉を連ねても、彼には真意が届かない。ネウクレアが頭を垂れると、純白の髪が肩から滑り落ちていく。その髪は薄明りの中でも際立って白く、強く目に焼きついた。
目の前で、取り残された幼子のように力なく項垂れる彼が、遠く感じる。
今すぐ撫でて安心させてやりたいのに、手を伸ばせない。早く誤解を解かなければと思うほどに、その焦りによって舌が強張りそうになる。
「ネウクレア……、落ち着いてくれ。その判断を覆してみせよう。だから、少しの間でいい、決断を下すのを保留にしてくれ」
再び顔を上げたネウクレアの瞳には、虚ろな光が揺らめいていた。深淵を湛えた瞳に、冷たい不安がじわじわと胸の奥を這い上がり、心臓を刃に貫かれるような恐怖がセディウスを襲った。
「戦果を、挙げれば……自分が有用だと示せば、貴方は、自分を賞賛して……撫でてくれるのか」
感情の抜け落ち、乾いた声が紡ぐそれに、ざわりと全身に悪寒が走った。
「止せ! 戦わせるために、お前を褒めて撫でたのではないっ……!」
胸元に彼の頭を強く引き寄せた。がらりと、兜が床に転がっていく。
「そんなことをしなくても、私はお前を……撫でたい。それだけではない。……抱き締めて、愛情を与えたい。あどけないお前のことが、可愛くて仕方がないのだ……」
抱え込んだ頭をそっと撫でながら、切々と想いの丈をネウクレアの耳に注ぐ。
「私は……、私は、騎士団長としての立場も、守るべき国も民も、すべてを捨てて、……お前だけを愛して、守りたいと思ってしまった……」
想いが募るあまり、声が震えているのを自覚しながら、純白の髪に頬を寄せた。痛みをともない膨らんでいく自身の感情に胸を苛まれ、その苦しさから大きく息を吸い込む。
「――こんな、身勝手な感情を抱いた自分が! 許せなかった!」
内に秘められていた激情をほとばしらせて、セディウスはすべてを曝け出した。
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