【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

文字の大きさ
10 / 59
本編 

著しい違和感

しおりを挟む
 
 ――セディウスは自分の居住用天幕へとネウクレアを運び入れ、ベッドの横に背を預けさせるようにして座らせた。


 兜に顔を寄せ、「ここには誰もいない。私だけには顔を見せてくれ。無理をして耐えるな。身体に影響が出る可能性もあるぞ。頼むから……、回復薬を飲んでくれ。これは、命令だ」と、でき得る限り優しく、穏やかに命じた。

「……め、……命令、……了解した」

 ネウクレアの手が、震えながら兜にかかる。甲高い金属音が襟元辺りから響き、兜が抜けていく。

「はあっ……、う、く……」


 聞き覚えのない、か細い若者の声がセディウスの耳に響いた。


 ――白磁のような肌。

 細い顎の輪郭と、兜の狭間から零れた長い純白の髪。淡い色味をした薄い唇と、すっと通った鼻筋。

 苦痛による生理的な潤みを帯びた漆黒の瞳は、髪と同じ純白の睫毛に縁取られている。その上には筆先で細やかに描かれたように整った眉があった。

 誰もが美しいと評するであろう顔立ちだ。

 ――そして、同時に色が抜け落ちた世界にいるような、人間味を感じさせない奇異な容貌でもある。

 純白と漆黒が彩る、作りものめいた人外の相だ。激しい苦痛に見舞われながらも、頑なに兜を外そうとしなかった理由として、強く納得できる姿だった。


「かはっ……、ううっ……」

「……回復薬を飲ませるぞ」

 セディウスは急いで広口の瓶の栓を抜いて放り捨て、苦し気に呻き震え続けるネウクレアの、血の気が失せた唇へと瓶を当てた。

「飲めるか」

「んっ、ぐ、はっ、んく……」
 
 咳き込むのを堪えるように眉根を寄せて、セディウスが僅かに傾けた瓶の口から、ネウクレアは少しずつ舐めるようにして薄紫色をした回復薬を飲み始める。

「よし、そのまま少しずつでいいから飲むんだぞ」

「ん、……んぐっ」

 顔から少しずつ苦痛の色が抜けて、表情が凪いでいく。しばらくすると白磁のような肌に血色が戻って、多少なりとも人間味を感じさせる顔色になった。

「はぁっ……、はぁ……」

「調子はどうだ」

「……やや良好。枯渇状態を脱した」

 涼やかな、瑞々しい声が簡潔に答えた。あの割れ鐘のような声は、兜に付与された術式かなにかだったらしい。声すらも隠していたとは、なんとも念入りなことだ。

「そうか。もっと飲んでおけ。自分で持てるか」

「可能」

 ネウクレアは震えの治まった両手で瓶を持つと、こくこくと回復薬を飲み始めた。

 
 ……その様子に安堵しながら、セディウスは改めて彼の素顔を観察した。

 目の前にいるのが、ネウクレアだとはすぐには信じられなかった。外面の印象から想像した姿とは全くの別人だ。荒々しい歴戦の猛者のような青年を想像していた。

 暴風のように駆け出し、狂暴な戦いぶりをした騎士が、こんな素顔を隠していたとは。

 三十を越したセディウスよりも、随分と若い。事前情報では二十三歳だとされていたが、本当にそうなのかと疑いたくなるくらい、回復薬を飲む姿はあどけなく、若すぎるくらいだ。


 ――こんなあどけない若者が、皇国の危機を救うために、ここまで力を尽くしてくれたのか。

 十五年前、当時十七歳だったセディウスもまた、若輩の身ながらも敵兵と戦った。

 初めて経験する恐ろしい戦場の空気に、足が竦み、敵とはいえ人を殺めるという深い業を背負うことに泣き叫びたくなりもした。

 皇国を……まだ幼い弟たちを守りたいというその一心で、家族と共に戦い抜いた。

 疲れ切った体で弟たちの元へと戻ったとき、不安を押し隠して精いっぱいの元気を装い、セディウスを出迎えてくれたことを思い出す。


「……お前のお陰で、私たち騎士団は、危機を乗り越えられた。ありがとう。……苦しかっただろうに……、よく頑張ったな。偉いぞネウクレア」

 心からの感謝とねぎらいを込めて、セディウスは回復薬を飲み終えて、口元を濡らしたまま小さく息をついたネウクレアの頭を優しく撫でた。可愛い弟たちの、あの頃の健気な姿を思い出しながら。

「……」

 漆黒の瞳が、こちらをひたと見据えていた。

 そこに感情は見えない。

 弟たちは照れ臭そうに笑って、くすぐったそうにしながらも受け入れてくれたが……ネウクレアは違う。照れもしなければ、笑いもしない。無表情のままだ。

「あ、すまない」


 ――彼は、弟たちとは、違う。


 しかも、顔を合わせたのは数刻前で、仮にも成人した騎士の身分にある立派な男性だ。こんな馴れ馴れしい、子どもに対するような真似をされて、気分を害してしまったのだろう。

「不躾な真似だったな。決して、お前を侮ってのことでは……」
「これは、貴方が謝罪するような行為なのか。自分は、このような行為と言葉を与えられた経験がない。このことに関して抗議をする必要性があるとは判別できない」

 恐ろしく論理的な言葉を、ネウクレアは羅列した。それに著しい違和感を感じながら、疑問に答える。

「初対面に近い、親しくもない間柄で、お前のように成人した立派な騎士である男性に対して、このような行為は、通常しないものだ。場合によっては侮辱に当たるだろう。だから謝罪をしたのだ」

「理解不能」

 それきり、ネウクレアは口を閉じる。

 表情は変わらないままだ。怒っているということでもないのだろうか。かなり気まずい空気をセディウスは味わうことになった。

「……さて、体調は落ち着いたな。しばらくここで休むといい。後でお前のために準備した天幕に案内しよう」

「了解」

 あまりに情緒の薄いネウクレアの様子に、得体の知れない不安が込み上げたが、言葉にならず後ろ髪を引かれる思いで天幕を出た。念のために、侵入者を防ぐ魔導術式を入口の幕にかけておく。

 ……これで、ゆっくりとなにも気にせず休むことができるだろう。難局を乗り越えたが、戦場の匂いはまだ薄れていない。騎士団長の自分が、休んでいる訳にはいかないのだ。


 セディウスは表情を引き締めて、防壁の方へと戻ることにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。 そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。 倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。 そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。 体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。 2026.1.5〜

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

処理中です...