【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

文字の大きさ
10 / 58
本編 

著しい違和感

しおりを挟む
 
 ――セディウスは自分の居住用天幕へとネウクレアを運び入れ、ベッドの横に背を預けさせるようにして座らせた。


 兜に顔を寄せ、「ここには誰もいない。私だけには顔を見せてくれ。無理をして耐えるな。身体に影響が出る可能性もあるぞ。頼むから……、回復薬を飲んでくれ。これは、命令だ」と、でき得る限り優しく、穏やかに命じた。

「……め、……命令、……了解した」

 ネウクレアの手が、震えながら兜にかかる。甲高い金属音が襟元辺りから響き、兜が抜けていく。

「はあっ……、う、く……」


 聞き覚えのない、か細い若者の声がセディウスの耳に響いた。


 ――白磁のような肌。

 細い顎の輪郭と、兜の狭間から零れた長い純白の髪。淡い色味をした薄い唇と、すっと通った鼻筋。

 苦痛による生理的な潤みを帯びた漆黒の瞳は、髪と同じ純白の睫毛に縁取られている。その上には筆先で細やかに描かれたように整った眉があった。

 誰もが美しいと評するであろう顔立ちだ。

 ――そして、同時に色が抜け落ちた世界にいるような、人間味を感じさせない奇異な容貌でもある。

 純白と漆黒が彩る、作りものめいた人外の相だ。激しい苦痛に見舞われながらも、頑なに兜を外そうとしなかった理由として、強く納得できる姿だった。


「かはっ……、ううっ……」

「……回復薬を飲ませるぞ」

 セディウスは急いで広口の瓶の栓を抜いて放り捨て、苦し気に呻き震え続けるネウクレアの、血の気が失せた唇へと瓶を当てた。

「飲めるか」

「んっ、ぐ、はっ、んく……」
 
 咳き込むのを堪えるように眉根を寄せて、セディウスが僅かに傾けた瓶の口から、ネウクレアは少しずつ舐めるようにして薄紫色をした回復薬を飲み始める。

「よし、そのまま少しずつでいいから飲むんだぞ」

「ん、……んぐっ」

 顔から少しずつ苦痛の色が抜けて、表情が凪いでいく。しばらくすると白磁のような肌に血色が戻って、多少なりとも人間味を感じさせる顔色になった。

「はぁっ……、はぁ……」

「調子はどうだ」

「……やや良好。枯渇状態を脱した」

 涼やかな、瑞々しい声が簡潔に答えた。あの割れ鐘のような声は、兜に付与された術式かなにかだったらしい。声すらも隠していたとは、なんとも念入りなことだ。

「そうか。もっと飲んでおけ。自分で持てるか」

「可能」

 ネウクレアは震えの治まった両手で瓶を持つと、こくこくと回復薬を飲み始めた。

 
 ……その様子に安堵しながら、セディウスは改めて彼の素顔を観察した。

 目の前にいるのが、ネウクレアだとはすぐには信じられなかった。外面の印象から想像した姿とは全くの別人だ。荒々しい歴戦の猛者のような青年を想像していた。

 暴風のように駆け出し、狂暴な戦いぶりをした騎士が、こんな素顔を隠していたとは。

 三十を越したセディウスよりも、随分と若い。事前情報では二十三歳だとされていたが、本当にそうなのかと疑いたくなるくらい、回復薬を飲む姿はあどけなく、若すぎるくらいだ。


 ――こんなあどけない若者が、皇国の危機を救うために、ここまで力を尽くしてくれたのか。

 十五年前、当時十七歳だったセディウスもまた、若輩の身ながらも敵兵と戦った。

 初めて経験する恐ろしい戦場の空気に、足が竦み、敵とはいえ人を殺めるという深い業を背負うことに泣き叫びたくなりもした。

 皇国を……まだ幼い弟たちを守りたいというその一心で、家族と共に戦い抜いた。

 疲れ切った体で弟たちの元へと戻ったとき、不安を押し隠して精いっぱいの元気を装い、セディウスを出迎えてくれたことを思い出す。


「……お前のお陰で、私たち騎士団は、危機を乗り越えられた。ありがとう。……苦しかっただろうに……、よく頑張ったな。偉いぞネウクレア」

 心からの感謝とねぎらいを込めて、セディウスは回復薬を飲み終えて、口元を濡らしたまま小さく息をついたネウクレアの頭を優しく撫でた。可愛い弟たちの、あの頃の健気な姿を思い出しながら。

「……」

 漆黒の瞳が、こちらをひたと見据えていた。

 そこに感情は見えない。

 弟たちは照れ臭そうに笑って、くすぐったそうにしながらも受け入れてくれたが……ネウクレアは違う。照れもしなければ、笑いもしない。無表情のままだ。

「あ、すまない」


 ――彼は、弟たちとは、違う。


 しかも、顔を合わせたのは数刻前で、仮にも成人した騎士の身分にある立派な男性だ。こんな馴れ馴れしい、子どもに対するような真似をされて、気分を害してしまったのだろう。

「不躾な真似だったな。決して、お前を侮ってのことでは……」
「これは、貴方が謝罪するような行為なのか。自分は、このような行為と言葉を与えられた経験がない。このことに関して抗議をする必要性があるとは判別できない」

 恐ろしく論理的な言葉を、ネウクレアは羅列した。それに著しい違和感を感じながら、疑問に答える。

「初対面に近い、親しくもない間柄で、お前のように成人した立派な騎士である男性に対して、このような行為は、通常しないものだ。場合によっては侮辱に当たるだろう。だから謝罪をしたのだ」

「理解不能」

 それきり、ネウクレアは口を閉じる。

 表情は変わらないままだ。怒っているということでもないのだろうか。かなり気まずい空気をセディウスは味わうことになった。

「……さて、体調は落ち着いたな。しばらくここで休むといい。後でお前のために準備した天幕に案内しよう」

「了解」

 あまりに情緒の薄いネウクレアの様子に、得体の知れない不安が込み上げたが、言葉にならず後ろ髪を引かれる思いで天幕を出た。念のために、侵入者を防ぐ魔導術式を入口の幕にかけておく。

 ……これで、ゆっくりとなにも気にせず休むことができるだろう。難局を乗り越えたが、戦場の匂いはまだ薄れていない。騎士団長の自分が、休んでいる訳にはいかないのだ。


 セディウスは表情を引き締めて、防壁の方へと戻ることにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

世界が平和になり、子育て最強チートを手に入れた俺はモフモフっ子らにタジタジしている魔王と一緒に子育てします。

立坂雪花
BL
世界最強だった魔王リュオンは 戦に負けた後、モフモフな子達を育てることになった。 子育て最強チートを手に入れた 勇者ラレスと共に。 愛を知らなかったふたりは子育てを通じて 愛を知ってゆく。 一緒に子育てしながら 色々みつけるほのぼのモフモフ物語です。 お読みくださりありがとうございます。 書く励みとなっております。 本当にその争いは必要だったのか そして、さまざまな形がある家族愛 およみくださり ありがとうございます✨ ✩.*˚ 表紙はイラストACさま

【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」 *** 地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。 とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。 料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで—— 同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。 「え、これって同居ラブコメ?」 ……そう思ったのは、最初の数日だけだった。 ◆ 触れられるたびに、息が詰まる。 優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。 ——これ、本当に“偽装”のままで済むの? そんな疑問が芽生えたときにはもう、 美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。 笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の 恋と恐怖の境界線ラブストーリー。 【青春BLカップ投稿作品】

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

処理中です...