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本編
幸いなこと
しおりを挟む――今日という今日は、もう許さない。
リュディードは腕を組み恐ろしい形相でファイスを見下ろしながら、心に決めた。
「リュデ、ど、どうしたんだ。怒ってるのか」
「どうしてそう思うんですか」
自分でも引くほどに声は低く、底冷えのする怒りが漏れ出していた。
「……お、俺のせい?」
「わかってはいるようですね。ええ、そうですよ。貴方の所為です」
いつもより小柄に見えるほどベッドの上で身を竦ませている彼の体は、包帯だらけだ。短く刈り込まれた銀髪頭も、ほぼ見えない。
――血に塗れた彼の姿を見たとき、心臓が止まるかと思った。
腕に刺さった夥しい数の鉄片を、救護班が寄ってたかって欠片も残さずに摘出。傷口の辺りを徹底的に洗い流し、異物を取り除いて縫合した。
治療用の術式もいくつか使われた。出血が激しく、止血剤と縫合だけでは足りないと判断されたからだ。
頭部を含めた全身に打撲もあり、死ななかったのが不思議な重症具合に、こちらの方が生きた心地がしなかった。
その治療中に意識を取り戻した途端、ファイスは「敵はどこだ!」と、叫んで飛び起きようとした。
怒鳴り付けて羽交い絞めにしなかったら、走り出してどこかで野垂れ死にしたかもしれない。
彼を取り押さえたリュディードまで、完全に血塗れになった。そして、羽交い絞めにするとき、飛び起きるためにか振り上げられた彼の強靭な腕によって、顎を強かに打った。
顎の骨が砕けたり、舌を噛んだりしなくてよかった。怪我人が増えるところだった。
――本当に、散々な治療だった。
ファイスは驚いたことに、吹き飛ばされた監視塔にいたのだそうだ。砲弾が直撃して生き延びたのは驚異的なことだが、そのまま戦うとはなにを考えているのか。
死にたいのか。
退避して治療を受ける判断くらいでき……いや、できる頭があったら、ここまで酷い出血状態にはならない。
同じ場所にいたもう一人の騎士は、無残な死を遂げている。それを間近で見てしまったファイスが、退避を選ぶ方が不自然とも言えるが……。
斃れた仲間のために奮い立つ心意気はさすがだが、あまりの無謀さに感心よりも怒りが勝った。
……そして、極めつけの怒りの原因は、もっとほかにある。
「貴方、団長に締め落としで止められる前に、術式を使おうとしていましたね。しかも特大のものを」
自殺行為も大概にしろと言いたい。
「見てたのか! あれでいける計算だったんだぞ。使っても、多分ちょっとぶっ倒れるだけで済んだと思……」
「――はい?」
思わず出てしまった低く冷たい声に、びくっとファイスが震えた。
「今なんと言いましたか」
「……ちょ、ちょっと倒れるだけで済んだと思う……」
これだ。この極めて雑で無計画な言動だ。これが許せない。
「……私は、そういった雑な計算が一番嫌いです」
ちょっとしたずれや不足が、命に関わることもあるのだ。誰より深く敵に斬り込んでいき危険と隣り合わせの場にいる彼が、こうも雑な理由が分からない。
この男の、こういうところが頭の痛いところだ。自分がしっかりしなくてはと、常々思う。
「お、おう」
「おう、じゃありません」
「ご、ごめん。なんかいっぱい……心配かけたか?」
「そうですね。いっぱい、心配しか、かけていませんよ」
「悪かった……」
目を合わせ辛いのか顔を逸らしているが、ときどきチラッとこちらを見てくる仕草が、まるで叱られた犬のようだ。こんなむかつくまでに愛嬌のある態度が、彼の憎み切れないところのひとつだ。
ファイスの駄犬っぷりを見ていると、頭の中を焼いていた怒りが、あっけなく鎮火していく。
どんなに腹が立っても、非常に悔しいことに許してやろうという気になってしまう。そこがまたなんとも言えず憎たらしくて、際限ないくらいに質が悪い男だ。
「はぁ……。もういいです。生きていてよかったですね」
ごつりと、鈍い音を立ててリュディードの拳がファイスの脳天へと振り下ろされた。狙ったのは、辛うじて包帯が巻かれていない、短い銀髪が見えている箇所だった。
「いってぇ! すごくいってぇ! お、お前、俺、怪我人だぞ!」
「ふっ、ふふ……。元気な怪我人ですね。少しくらい刺激があった方が早く治りますよきっと」
「ばっ、バカ! んなワケ、ないぞ!」
涙目で呻くファイスを見下ろしながら、リュディードは彼が生き延びたことに心から安堵した。
「しばらく絶対安静です。動いたら、またお見舞いしますからね」
「安静の意味、知ってるか」
「知っていますが、なにか不満でも?」
ぐっと拳を握り締めて見せると、ファイスは「ひぇっ!」と珍妙な声を上げてきゅっと首を竦ませた。
「もうわかったよ、お前の拳いてぇよ……」
「わかればよろしい」
彼とこうしてくだらない言い合いができることが、とても幸いなことだと……、リュディードは今日になって自覚した。
――失わなくてよかった。
煩わしいと思うこともあるが、自分の横に同僚として、仲間として立っていて、必ず生きていてくれなければ困るのだ。騎士団にとっても、自分にとっても彼は欠かすことのできない人間だ。
「許可が下りるまで、大人しくしているんですよ」
「へいへい、了解」
「返事は短くなさい」
「了解……」
小言と拳が効いたのか、今だけはいつもより大人しくなった同僚に、にっこりと笑みを浮かべて見せる。
「私はまだまだ忙しいですから、行きますよ」
「おう、頑張ってな」
「言われずともです。……ゆっくり休みなさい」
――成すべきことは山のようにあるのだ。
穏やかな声で言い置いてから、駆け足でファイスのそばを離れて行った。
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