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本編
著しい違和感
しおりを挟む――セディウスは自分の居住用天幕へとネウクレアを運び入れ、ベッドの横に背を預けさせるようにして座らせた。
兜に顔を寄せ、「ここには誰もいない。私だけには顔を見せてくれ。無理をして耐えるな。身体に影響が出る可能性もあるぞ。頼むから……、回復薬を飲んでくれ。これは、命令だ」と、でき得る限り優しく、穏やかに命じた。
「……め、……命令、……了解した」
ネウクレアの手が、震えながら兜にかかる。甲高い金属音が襟元辺りから響き、兜が抜けていく。
「はあっ……、う、く……」
聞き覚えのない、か細い若者の声がセディウスの耳に響いた。
――白磁のような肌。
細い顎の輪郭と、兜の狭間から零れた長い純白の髪。淡い色味をした薄い唇と、すっと通った鼻筋。
苦痛による生理的な潤みを帯びた漆黒の瞳は、髪と同じ純白の睫毛に縁取られている。その上には筆先で細やかに描かれたように整った眉があった。
誰もが美しいと評するであろう顔立ちだ。
――そして、同時に色が抜け落ちた世界にいるような、人間味を感じさせない奇異な容貌でもある。
純白と漆黒が彩る、作りものめいた人外の相だ。激しい苦痛に見舞われながらも、頑なに兜を外そうとしなかった理由として、強く納得できる姿だった。
「かはっ……、ううっ……」
「……回復薬を飲ませるぞ」
セディウスは急いで広口の瓶の栓を抜いて放り捨て、苦し気に呻き震え続けるネウクレアの、血の気が失せた唇へと瓶を当てた。
「飲めるか」
「んっ、ぐ、はっ、んく……」
咳き込むのを堪えるように眉根を寄せて、セディウスが僅かに傾けた瓶の口から、ネウクレアは少しずつ舐めるようにして薄紫色をした回復薬を飲み始める。
「よし、そのまま少しずつでいいから飲むんだぞ」
「ん、……んぐっ」
顔から少しずつ苦痛の色が抜けて、表情が凪いでいく。しばらくすると白磁のような肌に血色が戻って、多少なりとも人間味を感じさせる顔色になった。
「はぁっ……、はぁ……」
「調子はどうだ」
「……やや良好。枯渇状態を脱した」
涼やかな、瑞々しい声が簡潔に答えた。あの割れ鐘のような声は、兜に付与された術式かなにかだったらしい。声すらも隠していたとは、なんとも念入りなことだ。
「そうか。もっと飲んでおけ。自分で持てるか」
「可能」
ネウクレアは震えの治まった両手で瓶を持つと、こくこくと回復薬を飲み始めた。
……その様子に安堵しながら、セディウスは改めて彼の素顔を観察した。
目の前にいるのが、ネウクレアだとはすぐには信じられなかった。外面の印象から想像した姿とは全くの別人だ。荒々しい歴戦の猛者のような青年を想像していた。
暴風のように駆け出し、狂暴な戦いぶりをした騎士が、こんな素顔を隠していたとは。
三十を越したセディウスよりも、随分と若い。事前情報では二十三歳だとされていたが、本当にそうなのかと疑いたくなるくらい、回復薬を飲む姿はあどけなく、若すぎるくらいだ。
――こんなあどけない若者が、皇国の危機を救うために、ここまで力を尽くしてくれたのか。
十五年前、当時十七歳だったセディウスもまた、若輩の身ながらも敵兵と戦った。
初めて経験する恐ろしい戦場の空気に、足が竦み、敵とはいえ人を殺めるという深い業を背負うことに泣き叫びたくなりもした。
皇国を……まだ幼い弟たちを守りたいというその一心で、家族と共に戦い抜いた。
疲れ切った体で弟たちの元へと戻ったとき、不安を押し隠して精いっぱいの元気を装い、セディウスを出迎えてくれたことを思い出す。
「……お前のお陰で、私たち騎士団は、危機を乗り越えられた。ありがとう。……苦しかっただろうに……、よく頑張ったな。偉いぞネウクレア」
心からの感謝とねぎらいを込めて、セディウスは回復薬を飲み終えて、口元を濡らしたまま小さく息をついたネウクレアの頭を優しく撫でた。可愛い弟たちの、あの頃の健気な姿を思い出しながら。
「……」
漆黒の瞳が、こちらをひたと見据えていた。
そこに感情は見えない。
弟たちは照れ臭そうに笑って、くすぐったそうにしながらも受け入れてくれたが……ネウクレアは違う。照れもしなければ、笑いもしない。無表情のままだ。
「あ、すまない」
――彼は、弟たちとは、違う。
しかも、顔を合わせたのは数刻前で、仮にも成人した騎士の身分にある立派な男性だ。こんな馴れ馴れしい、子どもに対するような真似をされて、気分を害してしまったのだろう。
「不躾な真似だったな。決して、お前を侮ってのことでは……」
「これは、貴方が謝罪するような行為なのか。自分は、このような行為と言葉を与えられた経験がない。このことに関して抗議をする必要性があるとは判別できない」
恐ろしく論理的な言葉を、ネウクレアは羅列した。それに著しい違和感を感じながら、疑問に答える。
「初対面に近い、親しくもない間柄で、お前のように成人した立派な騎士である男性に対して、このような行為は、通常しないものだ。場合によっては侮辱に当たるだろう。だから謝罪をしたのだ」
「理解不能」
それきり、ネウクレアは口を閉じる。
表情は変わらないままだ。怒っているということでもないのだろうか。かなり気まずい空気をセディウスは味わうことになった。
「……さて、体調は落ち着いたな。しばらくここで休むといい。後でお前のために準備した天幕に案内しよう」
「了解」
あまりに情緒の薄いネウクレアの様子に、得体の知れない不安が込み上げたが、言葉にならず後ろ髪を引かれる思いで天幕を出た。念のために、侵入者を防ぐ魔導術式を入口の幕にかけておく。
……これで、ゆっくりとなにも気にせず休むことができるだろう。難局を乗り越えたが、戦場の匂いはまだ薄れていない。騎士団長の自分が、休んでいる訳にはいかないのだ。
セディウスは表情を引き締めて、防壁の方へと戻ることにした。
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