32 / 58
本編
六発目の弾丸
しおりを挟む……砲撃が止まない。
ネウクレアは、焦燥感に駆られていた。
砲撃部隊がまだ生き残っている。あの砲弾の威力は、少数であっても被害は甚大だ。
着任時の防衛戦で見た、鉄片を浴び血に塗れて倒れ伏した騎士の姿が脳裏をかすめる。
セディウスたちが傷付き生命が失われる危険因子は、まだ完全に取り除かれていない。
弾丸は撃ち尽くしたが、魔力にはまだ十分な余力がある。どうにかしてもう一度、弾丸の威力に相当する攻撃を放ちたい。
一度だけでいい。それできっと、因子のほぼすべてを取り除けるだろう。
『――お前の研究機関での成果は、過去最高だ』
いつかのゼスの言葉が脳裏に蘇る。
『その成果物であるお前が失われることは機関としても、私自身としても、大きな損害となる。自身の生命を損なう行動は慎め』
ここで撃つのを止めるのが、正しいのだろう。致命的な損害を出してはならないのだ。
『無理はするな。限界が近くなったら、撃つのを中止するように』
セディウスの穏やかな声を思い出す。彼の命令に、従わなければならない状況だ。
「あっ、う……、まだ……」
だが、それに背いてでも、撃ちたかった。
皇国を、セディウスを……守りたい。
今までに感じたことのない、強烈な衝動をともなう感情によって突き動かされていた。
自分の生命が損なわれる危険性を、どうやって取り除くか。残された魔力で最大限の損傷を敵部隊に与えるには、どう術式を組むべきか。
目まぐるしく思考を巡らせ、最適な術式の組み合わせを模索しながら、床を這って魔導銃のほうへと近づいた。
「ぐっ……! 術式……展開……」
精密な術式が展開され、魔導防壁が鎧全体へ張り巡らされていく。
「う、うぁ……!」
痛みを無視して魔導銃を手に掴み、よろめきながらもどうにか身を起こす。
「……はぁっ、う……ううっ!」
見晴らし台の縁に魔導銃を置き、そこに縋りつくようにして構える。
ネウクレア自身を中心として、環状の精緻な魔導術式が展開され、魔導銃に膨大な魔力が注ぎ込まれ、弾丸装填部分の空洞に凝縮されていく。
銃身にある爆発術式の刻印が、共鳴音を響かせながら青い火花を散らし始めた。
強い吐き気とめまいが、ネウクレアを容赦なく苛んでいる。単身で砲撃部隊を殲滅したときよりも、遥かに高い負荷が体にかかっていた。
どうして、自分はこんな無謀な行動を選択しているのか。
……理解不能だ。
たとえ砲撃部隊を完全に殲滅できても、ネウクレア自身が失われる可能性すらある。
損害は多大だ。撃つべきではない。
肌に刻まれた入れ墨が、刺すような熱をはらむのを感じる。ネウクレアが魔導銃に注ぐ魔力の流れに術式が反応して、新しい魔力を急速に生成しているのだ。
通常の生成速度を上回る負担によって、血肉そのものが体内から引き千切られるような痛みに襲われた。
それに堪え切れず、「ごほっ! うっ、ごほ……っ、ぐうっ……!」と、大きく咳き込む。
「はぁっ、はぁ……、げほっ……、はっ、はぁっ……」
口腔に、血の味が広がっていく。
吐血したのだ。
急激に魔力が枯渇している証拠だ。
限界は……、すでに超えている。
頭上には、セディウスの瞳のように深い青の空が広がっている。
「……セディ……ウス……」
名を口にするだけで、いつも胸が温かくなる。
今すぐにでも、彼に会いたい。
この攻撃が……戦いが終わったら、彼に、たくさん撫でてほしいと要求しよう。
あらゆる苦痛が襲い来る中で、弾丸を放つことだけに集中する。
術式で形成された弾丸が完成した刹那、すべての音が消えた。
これで、彼を守れる。
――ネウクレアは、ついに六発目の弾丸を放った。
ひと際、大きな明滅が起こった。
目の前が暗転したようにさえ感じる激しい明滅だった。誰もが動きを止め、砲撃よりも大きな轟音を響かせた塔を振り仰ぐ。六発目の弾丸が放たれたのだ。
激しい衝撃が、大気を震わせている。
弾丸が引き起こした爆発は、防壁をも越える高さの巨大な火柱となり、真昼の平原を照らした。この瞬間に、戦局は一気に皇国側へと有利な状況に傾いた。
巨大な火柱と激震は、ヴァイド兵にとって天の裁きにも見えたのか。
恐慌状態に陥り意味を成さない怒号と悲鳴を上げる者が続出した。闇雲に逃げ惑うか、あるいは破れかぶれに無謀な攻撃を仕掛ける彼らは、すでに軍隊としての秩序を失っていた。
勢いに乗って猛火のごとく攻勢を強めた騎士たちが、それを三方から食い千切っていく。
勝利を確信した彼らの、先走るような勝鬨の声があちこちから上がり始め、それがさらにヴァイド兵を追い詰める。絶望のあまりにか、武器を投げ出し降伏する者すら現れ始めた。
――黒い波のように蠢いていた大軍は、今やその雄姿など見る影もない塵芥に成り果てていた。
106
あなたにおすすめの小説
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
世界が平和になり、子育て最強チートを手に入れた俺はモフモフっ子らにタジタジしている魔王と一緒に子育てします。
立坂雪花
BL
世界最強だった魔王リュオンは
戦に負けた後、モフモフな子達を育てることになった。
子育て最強チートを手に入れた
勇者ラレスと共に。
愛を知らなかったふたりは子育てを通じて
愛を知ってゆく。
一緒に子育てしながら
色々みつけるほのぼのモフモフ物語です。
お読みくださりありがとうございます。
書く励みとなっております。
本当にその争いは必要だったのか
そして、さまざまな形がある家族愛
およみくださり
ありがとうございます✨
✩.*˚
表紙はイラストACさま
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる