31 / 59
本編
決戦の日
しおりを挟む――瞬く間に時が過ぎていき、ついに決戦の日は訪れた。
帝国軍をおびき寄せ決着をつけるべく、皇国はあえて彼らの行軍の妨害をしなかった。平原に布陣を開始する帝国軍は、全てを飲み込まんとする黒い波のように見えた。
軍勢を真っ先に受け止めるのは、第一騎士団の団長であるセディウスを将とし、各騎士団から選りすぐった前線部隊の騎士による混成大隊だ。
魔導公ゼス・トウルムントの提案――皇国議会にて可決された――によるネウクレアの長距離射撃攻撃が、こちらの初手だ。そして、五発の弾丸発射完了が全騎士団の戦闘開始の合図になる。
砲撃部隊の過半数を殲滅できると想定されているが、皇国魔導騎士団はたった一人の騎士に戦局の行く末を託すつもりはない。
あえて防壁の一部の石積みを薄くすることで脆くし、砲撃の振動で崩れるようにしておいた。それを餌として敵兵を意図的に誘導しながら戦う。
簡単に国境は突破させない。さらに内側に数か所の防壁と堀を設けて、その対策はしている。
そして、最終的には平原の東西に潜伏している別動隊が、背後から敵軍を切り裂き粉砕する作戦だ。
――戦の準備が整い緊迫した独特の空気が漂う駐屯地にて、ネウクレアは開戦を前にセディウスたちとの最後の言葉を交わしていた。
「ネウクレア……任せたぞ。結局、お前に頼ることになってしまったのが歯がゆいが……」
「この選択に誤りはないと判断する。貴方の無事な帰還を要求する」
「ああ、必ず戻る。待っていてくれ」
ネウクレアの真っすぐな言葉に、セディウスは微笑して彼の肩を軽く叩いた。
「おいおい団長だけずるいぞ! 俺にも帰還を要求してくれよ」
飛び跳ねて騒ぐファイスに、リュディードが思わずと言った感じで吹き出した。
「おや、やきもちですか? 大人げないですね」
「悪いか!」
騒がしいファイスに対して、ネウクレアは律儀に視線を向けて「……ファイス、貴方との手合わせがまだ完了していない。帰還を要求する」と、淡々としながらもファイスが喜ぶことが間違いのない要求をした。
「へへっ、おうよ! 帰ったら手合わせしてくれよ、くじ引きなしでな!」
実は、ファイスはくじ引きが始まって以来ずっと負け続けていて、まだ手合わせをしていないのだ。くじ運がつくづく悪い男である。
「了解した。最優先で受け付ける」
「よーし、絶対だぞ!」
ファイスがぐっと拳を突き出すと、それに対してネウクレアが少しぎこちなく拳を合わせた。
こうしたやり取りにいまだ慣れず、なんとなく真似しているといったふうだが……それなりに良い関係を築いているのだろう。ファイスが引っ張り、ネウクレアがそれに引きずられているという形ではあるが。
微笑ましいそれを目にしたセディウスとリュディードは、思わず苦笑いをした。
「団長、ネウクレアのことは任せてください。もしものときは、私がすぐに対応します」
「ああ、頼んだぞ」
リュディードの腕を軽く叩き、セディウスは防壁へと視線を向ける。装備を固めた騎士たちが、士気を漲らせながら開戦の時が訪れるのを思い思いに待っている姿を見て、彼は深い青をした目を細めた。
「……この戦いで必ず終止符を打って見せる。では、配置に着く。行くぞファイス」
「了解! さて、派手にぶっとばすか!」
「切り込み過ぎて、自分がぶっとばされないようになさい。気をつけるんですよ」
「そんなヘマしないって! こっちに帝国は絶対入らせないからな!」
拳を振り回して叫びながら、ファイスが走っていく。
「はは。まったく、いつも元気だな」
あっと言う間に小さくなっていく彼の背中を追って、セディウスは穏やかに笑いながら防壁の方へゆっくりと歩いていった。
ネウクレアはしばしその姿をじっと見送った後、リュディードに見守られながら駐屯地にそびえ立つ塔の階段を登り始めた。
防壁から数百レト離れた位置にある白い石造りの塔は、魔導銃による狙撃のために急遽、建造されたものだ。急いだとは思えないほど堅牢な造りで、どっしりと大地に座す姿は圧巻だ。
防壁を越えた高みにある塔屋上の射撃台へと出ると、はるか向こうにヴァイド軍が蠢いているのが見えた。じきに砲撃部隊が射程距離に到達するだろう。それが、戦いの火蓋が切って落とされるときだ。
眼下ではセディウスが居並ぶ騎士たちに向けて迎撃態勢を取るように指示し、ファイスが激を飛ばしている。
ファイスはともかくとして、いつもは穏やかなセディウスの声も、今日ばかりは厳しさを多分に含んでいるように聞こえた。
彼らの姿を一瞥した後、「……射撃準備に入る」と、ネウクレアは弾丸を砲身に装填し、魔導銃を構えた。
――それから暫くして、ついに帝国軍の砲撃が皇国の防壁に炸裂した。
それを合図に、ネウクレアは砲撃部隊目掛けて一発目の弾丸を放った。鉄の塊を大地に叩き付けるような、力強く鈍い轟音が響き、塔が揺れた。
初撃の砲弾を撃った敵部隊から火柱をともなう爆発が巻き起こり、次いで周辺の大砲までもが爆発し、次々と黒煙が立ち上っていく。
爆発した場所から、一斉に兵士たちが離れて輪ができあがる。凄まじい威力に倒れ伏した兵士の姿もあった。防壁越しにも分かる爆発の威力に、下方から騎士たちの咆哮のような歓声が響いてくるのを耳にしながら、無言で次の弾丸を装填した。
「……うっ、く……」
腕を動かすたびに肩に鋭い痛みが走るが、まだ耐えられる。
ゼスが言った五発が限界だというのは妥当だと感じた。全身鎧が衝撃を吸収しているが、これを五発以上撃ったとしたら、肩の骨が持たないだろう。
痛みに動きを鈍らせることもなく、防壁に炸裂する砲弾の轟音を聞きながら、素早く狙いを定めた。
二発目の弾丸が戦場の空を切り裂いて、次なる砲撃部隊へと牙を剥く。
再び上がる黒煙と、炎。
砲撃の音が減ったが、まだ止まらない。
撃つことを中断することはできない。震える手で三発目を装填。そして発射した瞬間に肩から激痛が走ったが、まだ撃てる。右肩へと銃身を後部を当て直して、四発目を撃った。
襲いくる激しい痛みにぎしりと奥歯を食いしばり、勝手に喉から飛び出そうとしてくる絶叫を殺す。
そして、五発目。
「――うあっ……!」
ついに姿勢を保っていられなくなったネウクレアは、発射と同時に体をぐらつかせた。手から離れた魔導銃が、乾いた音を立てて転がっていく。
「ぐっ!」
床に倒れ込み強かに打ちつけられ、呼吸が一瞬止まる。
「あっ、はぁっ、はぁっ……」
胸を大きく上下させ、喘ぐようにして息を吸い込む。全身が痛い。特に両肩から腕にかけて激しい痺れと激痛があり、指先ひとつ動かせなくなっていた。
「全弾、射出完了……」
ネウクレアは、微かな声で任務の完了を誰にともなく告げた。
――五発目の着弾を確認した直後、セディウスは破れた壁へ向けて手を振り下ろした。
「総員、戦闘開始だ!」
砲撃は止んでいないが、怒涛の勢いで撃たれていたのに比べれば、まるで効いていないと思えるほどだ。ここで怯んでいるわけにはいかない。
「ネウがやってくれた! 行くぞお前ら!」
魔導防壁をまとったファイスが、叫びながら真っ先に突撃していく。
「最低限の防壁を体に張っておけ! 前に出過ぎるな!」
セディウスがそれを追い、攻撃と防壁の魔導術式を同時展開しながら叫ぶ。
すでに壁側からは帝国兵による銃撃が始められている。防御を固めていなければ、こちらが一方的に仕留められる側になってしまうだろう。
崩れた石積みの狭間から入り込んできた敵兵に、ファイスの展開した複数の爆発術式が発動した。
「吹っ飛べ!」
足元に小規模の爆発を起こされ、悲鳴を上げる間もなく壁の外側へと吹き飛ばされていく。それを皮切りにセディウスを含むほかの騎士たちも、それぞれ術式による一斉総攻撃を開始した。
防壁周辺は凄まじい数の爆発音と悲鳴、怒号が入り混じる戦場へと早変わりしていった。
137
あなたにおすすめの小説
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる