【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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本編 

自由意志

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 ――会議は活気を衰えさせることなく、陽が傾くまで続き、熱を保ったまま終わった。騎士の面々は、戦いに向けての決意を新たにしつつ席を立った。

 ネウクレアが利用する魔導銃の収められた箱は、駐屯地に運び込まれていたが、中身を改めるには至らなかった。

「開封はネウクレア・クエンティンが行うこと。試射用として一発のみ使用可能とのことです」

 ……という、使者の言葉があったからだ。

 術式によって強固に封印を施された箱は、禍々しい気配を漂わせている。好奇心で手をかけていい代物ではない。全員一致で、翌日の正午に演習場にて試射を行う運びになった。




 騎士団長同士の、ささやかな会食後の夕刻。

 セディウスは激しい憎悪と葛藤を抱えながら、疲弊した体を引きずるようにして自分の天幕へ帰った。

 暗い顔つきで寝支度を終えた頃合いに、いつものようにネウクレアが現れた。

「ネウクレア……」

 厳めしい鎧姿の彼を、セディウスは衝動的に抱き締めた。鎧の硬質な冷たさが、燃え盛っていたどす黒い憎悪を覚ましてくれる。

 「セディウス、鎧を脱ぎたい」

 抱き締めたまま、いつまでも動こうとしないセディウスに焦れたのだろう。じっと動かずにいたネウクレアが、兜を着けているとき特有の枯れた低い声で訴えた。

「あ、ああ……そうだな。すまない」

  今となっては、この枯れた声でさえも可愛いと思ってしまう自分がいる。そんな自分の変りようにおかしさを覚えて、小さく苦笑してしまった。

  どんな姿であっても、ネウクレアの中に宿る純粋さは変わらない。それが愛おしいと思うのと同時に、酷く胸が痛んだ。

  鎧を手早く脱ぎ終えたネウクレアが、「セディウス、なでてほしい」と、身を寄せながら要求してくる。

 いつもと変わらない動作だが、情緒は随分と変わった。 真っすぐにこちらを見上げてくる漆黒の瞳からは、確かな喜色を感じ取れる。

 最初に撫でたときのような、無表情ではないのだ。笑顔を浮かべることはまだないが、それでも。

「はやく、なでてほしい」

 感慨にふけっていると、急かされた。 

 彼本来の涼やかな声は、心をすすがれるような清涼感がある。会議で感じたやるせない感情が押し流されて、ただ愛しさだけが顔を覗かせる。

「ネウクレア……」

  強く抱き締めて頭を撫でて、純白の髪に口付けを落としていく。 

「ん……」

 胸板に頬を寄せて「セディウス……」と、名を呼び満足そうに小さなため息をつくのが、可愛い。

 狂おしいほどに愛おしい。

 この無垢な存在を、自分はひとつの兵力として扱ったのだ。ほかの騎士たちとて同じ兵力の立場だが、彼らには戦う意志がある。

 だが、ネウクレアにそれはない。

 ただひたすらに育成者であり、閉じられた世界の絶対者であったトウルムント公の言葉に従っているだけだ。

 そこに、自我はないのだ。

 ネウクレアは、必ずトウルムント公の命令通りに戦うだろう。それが、自身の存在理由として必要なことだと認識している以上は。

 ただ道具のように、危険な戦いに身を投じられ、また人を殺めるのだ。それを阻むことは、できない。帝国の侵略を退ける手段を、選んではいられないのだ。

 ネウクレアを戦わせずに彼だけを守り、愛するという選択を取ったとしたら。それはセディウスが半生を捧げて守護してきた民を裏切り、その信頼を踏みにじるということだ。



 ――その果てに、幸福な未来など存在しない。
 


 ネウクレアを抱えて、ベッドに腰かける。

「……お前にトウルムント公から、魔導銃が与えられることになった」

 務めて穏やかな声で、腕の中ですっかり脱力して甘え切っている彼を撫で続けながら告げると、華奢な体がわずかに強張った。

「次の戦いでそれを使って、砲撃部隊の過半数を、殲滅するのがお前の役目になる」

 ゆっくりとした動きで顔が上向き、漆黒の瞳がセディウスを見上げる。驚きや恐怖などの感情など欠片もない。空虚なほどの無表情だった。

「了解した」

 声にも揺らぎがない。


 ――悍ましい違和感を感じた。


 気圧されないように歯を食いしばり、彼の澄んだ瞳を覗き込む。底のない深淵のようだ。

 飲み込まれてしまいそうな恐ろしさに捕らわれたが、それでも目を逸らさず静かな声で問いかける。

「お前はどうしたい。ネウクレア、お前の望みは……、なんだ」

 ネウクレアが一度、強く瞬きをした。

「……命令に従い、魔導銃を使用する。戦線にて、成果を上げる必要が、あるからだ」

「それは、お前の望みか」

 さらに問いかけると、「……そう、だ」と、ぎこちなく唇を動かした。

 白い手が、セディウスの夜着をきつく掴む。

「……自分は、成果を上げることで……充足感を、得ていた。実験や訓練を行い成果を上げることが……、自分の……存在の価値、だから……だ」

 率直な物言いが特徴であるはずのネウクレアが、ところどころ奇妙に言葉を途切れさせ、言い淀んでいる。まるで、噛み合わない歯車がきしんでいるようだ。

 白磁の肌が血の気を失い、彼の端正な顔立ちをより一層、人外の者のように見せた。

 言い表し難い不快さを含んだが感じ取れる。


「ネウクレア……」


 ――充足感など、得られるはずがない。


 そう否定するのは容易い。

 だが、言ってはならないと感じた。辛うじてかみ合っている歯車が、砕け散り四散してしまう予感がしたのだ。

 誰からも、自らが成した結果を喜ばれることも褒められることもない。その環境に順応するために、実験の成果を充足感……肯定、あるいは賞賛の代替物として受け止めていたのに違いない。

 ネウクレアが心を守るために作り出した、酷く歪んだ自己肯定の形だ。防衛戦の直後に何気なくセディウスが与えたものが、ネウクレアにとって、どれほど鮮烈であったことか。


 この期に及んで、その重さを痛感した。


 セディウスが胸に生じた痛みに強く顔をしかめると、ネウクレアがぎこちなく腕を上げ、指先で頬に触れてきた。

 彼の漆黒の瞳が、微かに潤んで揺らいでいる。

 セディウスの苦し気な表情に、不安を覚えたのか。違和感の消えた瞳は、愛らしいばかりだ。

「自分の今の返答は、貴方にとって肯定できないものか」

「そうだ。私には……お前がそのように答える現状が、肯定しかねるものなのだ」

「理解、不能……」

 ネウクレアが力なく俯いたのと同時に、触れていた指先も落ちていった。

「貴方に否定されることは……、なにか……苦しさを感じる。これも理解不能だ」

 微かに声を震わせ、うつむく。漆黒の瞳が白い睫毛にの下に隠れた。悲哀が滲み落ちるようなその仕草に、胸の痛みが増していく。

 これ以上なにも考えさせずに、強く抱き締めて溺れるほど甘やかしてやりたいと思った。

 しかし、今ここで問いかけを中断してしまってはならない。このまま歪みだけを抱えて、彼が生きていくことを容認しないために。

「お前がほしいと思うものは、望むものは、なんだ」

 白い手を取り、両手で温めるように包み込む。

「なんでもいい。どんな、小さなことでもいい。お前の、お前だけが感じている、望みを、要求を、聞かせてくれ。そこから答えが見出せると……私は思う」
 
 セディウスはゆったりと、一言一句はっきりと言葉を発していく。その声に励まされるようにして、ネウクレアの白い顔が上げられる。

「……セディ、ウス」

 酷くか細く、たどたどしい声が、静けさに包まれた天幕のなかに響いた。

「自分は、セディウスを……、好ましいと、感じている。貴方の温かい手に、触れてもらえるのが……嬉しい。貴方が、与えてくれるすべてを、もっと……、これからもずっと、ほしい……」

 一途な告白のような、それでいてあどけなく愛らしい願い。

「そのためには……、帝国軍を、殲滅する必要があると認識している……」

 セディウスの手に頬をすり寄せながら、仕草とは剥離した物騒な物言いをした。

 ……恐ろしく飛躍しているが、間違ってはいない。

「自分が、戦果を挙げることに成功したら、貴方になでてほしい」

 戦果を挙げたら、撫でてほしいとは。防衛線でセディウスが頭を撫でながら褒めたことが、相当に強く刷り込まれているのだ。

 苦笑しながら、彼の頭にずしりと手を置く。

「ネウクレア……、前にも言ったが、そんなことをしなくとも、お前をなでてやれるぞ」

 頭がぼさぼさになるほど雑な手つきで乱暴に撫でてやると、反射的に目を瞑ってされるがままになる。乱れた髪をすいてやってから手を離すと、ネウクレアは幾度か忙しなく瞬きをしてからじっとセディウスを見据えてきた。

「そう認識はしている。しかし、貴方が自分への行為を継続するためには、帝国に勝利することが必要不可欠だと推定する。相違ないか」

「……相違ないな。もし、帝国が勝利するようなことになれば、私も無事では済まないだろう」

「それは、絶対に許容できない。皇国を守り、貴方を守りたい」
 
 心のきしみを感じさせない、力の秘められた声。仄かに血色の戻った頬が、表情の浮かばない面に彩りを添える。


 ――この瞬間、ネウクレアの瞳に強い光が宿った。


「それが、お前の意志か」

「そうだ」

 明確な肯定の言葉。

 歪な心を抱え、ただ命じられるままに選択したのではなく、彼自身の強い意志が込められたそれに、セディウスは小さな希望の光を見た。

「わかった。……頼んだぞ、ネウクレア」

「自分が戦闘を行うことを、肯定したと判断した」

「お前が、お前の望みのために、決めたことだ。肯定しないでいる理由がない」

 ネウクレアの頭を優しく撫でてやりながら、セディウスは穏やかに微笑んだ。


 自分たちの行動の全てが、なにがしかの抗えない大きな力の掌中にあるのだとしても。自らの意志で運命の波間に飛び込み、それを乗り越えていけたのなら。



 ――きっと、違う景色がその先にある。

 


 これは、ただの欺瞞であるのかもしれない。それでも、セディウスはその可能性を信じたかった。

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