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本編
戦略会議
しおりを挟む――着々と防衛準備が整い緊張感が高まる中で、戦略会議が行われる日がきた。
国境沿いの各地に散らばる駐屯地の騎士団長たちが、第一騎士団駐屯地に集った。セディウスを含めて七名の騎士団長と、補佐役として副団長がそれぞれ一名。総勢十四名だ。
勢揃いした彼らは、会議場として設営された白く巨大な天幕内で、見事な彫刻の施された飴色の円卓を囲んだ。
「では、今より軍議を始める」
低くも穏やかなセディウスの声に、全ての騎士が略式の礼をし着席する。
――セディウスは、皇王の血脈を濃く受け継ぐレゲンスヴァルト公爵家の長子である。現皇王の従兄弟に当たり、第一魔導騎士団の団長である彼こそが、有事の際には全ての騎士団を束ねる総大将なのだ。
七名の団長の背後に、副団長たちが立つ。円卓の中央には、エクスプレド平原を中心とした大判の地図と、様々な色と形の駒が用意されていた。
「皆も知っての通り、ヴァイド帝国軍は態勢を整えつつある。冬を越す前に、行軍を開始するという見立てだ」
平原中央部に、敵軍隊の駒が配置される。
「砲撃部隊が、どれほどの人員となるかは定かではないが、先の防衛線にて殲滅された砲撃部隊を上回る数を揃えてくることは想像に難くない」
背後に控えたリュディードが、資料を卓上に配布する。
「その他の部隊においても、こちらの倍以上だ。総戦力は少なくとも五千人を超える規模となるだろう」
……以前の比ではなく、防壁の強化は進んでいるが、敵の弾丸が尽きるまで防ぐことができるかは未知数だ。
セディウスの言葉を受けて、第二騎士団の団長が顎髭をいじりながら「ううむ……」と、唸る。
そして大砲を模した駒を防壁の近くに置き、西と東には騎士の駒を数個ずつ置く。
「引き籠って勝てるのであれば苦労はせぬなぁ……。これは平原に出て背後にも部隊を配置して、引き裂かねばならんかな。気づかれずにどこまで接近できるか……」
迎え撃つ備えは怠っていない。だが、それでも圧倒的な兵数の差に耐えられるのかどうか。
「第一のネウクレア殿は前線部隊に組み込むべきだ。砲撃部隊への突撃を任せたい」
ネウクレアを意味する黒い駒を砲撃の前に置いた第四の騎士団長に、セディウスが静かに答えを返す。
「今回のような大規模の戦いにおいて、過大評価していい戦力ではない。砲撃防衛戦で部隊を殲滅したとはいえ、その直後に激しい魔力枯渇を起こしている」
セディウスの手が、そっと黒い駒を取り上げ、そのまま手の中に握り締める。
「……むっ、しかし、前線に組み込むのは妥当だろう。少なくとも俺はそう考えるが」
「組み込みには同意するが、突撃には同意しない。防壁を活用した戦略を検討すべきだ」
活発な論議が続き、やがて大枠の戦略は決まったが、砲撃部隊に対する完璧な決定打はない。
これは、多くの騎士が犠牲になるのが目に見えている戦いだ。
――暗澹たる空気が会議室に満ちた、そのとき。
「失礼します。トウルムント公からの通達です!」
使者が告げたその報せに、会議室はどよめきが溢れた。
セディウスは、わずかに歯噛みをした。あの魔導公の通達……となると、ネウクレアに絡むものだろう。一体、彼に何をさせる気か。
使者が通達を読み上げる。
「――当方が派遣したネウクレア・クエンティンに、最新鋭兵器の使用を命じる」
ゼス・トウルムントの英知がまた発揮されるようだ。
「ヴァルド帝国軍砲撃部隊の射程を、遥かに超えた距離からの攻撃を可能とした魔導銃である」
椅子から立ち上がり、「ばかな!」と、叫び声を上げたのは第四の騎士団長だ。
魔導術式のなかで最も遠距離の術式を好んで使う男であり、その飛距離は最長を誇る。そんな彼でも砲撃部隊が布陣していた距離にすら攻撃が届かないのだ。
「発射限界弾数は五発。これにより、敵砲撃部隊の過半数殲滅が可能と推定」
ざわめきが大きくなるなか、使者が声を張り上げて続きを読み上げていく。
効果的な兵器の運用についても言及する通達がそれに続いた。偶然なのか、大枠で決まりつつあった戦略にも合致する内容だった。騎士たちはさらに大きくざわめき、場は騒然となった。
「セディウス殿、これは我々に有利な戦いに持っていけるのではないかな」
第二の団長がセディウスに近付いてきて、笑顔でそう言った。
「……そうだな。その兵器がどれほどの威力であるかにもよるが、たしかに有利な条件だろう」
トウルムント公の所業に思うところのあるセディウスでさえも、彼の英知と狡猾なまでの計略には頷かざるを得ない。団長たちに加えて、副団長たちでさえも目の色が変わっている。
「今回も、トウルムント公の英知に助けられることになるのか」
「俺たちの力が足りないばかりに、公に心労を掛けているように思えるな……」
それぞれ談笑すら始めそうな明るい表情になり、先ほどまでの深刻さを含んだ緊張を解いていた。
……公の非人道な本性も知らず、なんとも気楽なことだ。
セディウスは内心で彼らの態度に腹立たしさを覚えながら毒づいた。知らぬがゆえだ。そこに罪はないが、卓を蹴り飛ばしたいほどだった。
ネウクレアへの想いが、セディウスの心の奥底にある憎悪を引きずり出していた。あれほど精神と肉体を痛めつけるような仕打ちをしておきながら、まだ彼を道具のように扱うのか。
――希望の光が差し込むように、天幕内の空気が一変し、騎士たちの活気が戻った。
穏やかな声で論議を進行させながらも、膝の上では駒を持った手を強く握り締めていた。皇国を守る騎士の一人として、自分はネウクレアを戦略の駒として戦いの盤上に置かざるを得ない。
骨がきしむほど握りしめていた手を開き、取り出した黒い駒を静かに地図上に置いた。
その刹那、ネウクレアのあどけないばかりの白い寝顔や、ほのかな甘い香りの記憶が脳裏をかすめていく。砂糖菓子をねだる、愛らしい姿も……。
高ぶった感情によって、喉が締め付けられた。
……こんなところで、私は何をしているのだろうか。
今すぐにでもネウクレアの顔を見たい。頭を撫でてたっぷり甘やかして、抱き締めて眠りたい。騎士団長としての自分と、彼を愛する自分が、心の中でふたつに引き裂かれていくように感じた。
きっとネウクレアは、駒になることを選ぶ。
そんなことは、させたくない。
この場でそれを声高に叫ぶことは、決して許されない。トウルムント公の通達がなくても、なにかしらの形で彼に命令を下さなければならなかった。
わかり切っていたことだ。
せめて、彼が少しでも安らかでいられるように、今夜も必ず抱き締めて眠ろう。
――胸中では罪悪感と愛情とが、混ざり合いながら痛みとなってひしめいていた。
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