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本編
砂糖菓子の夜
しおりを挟む我らが団長、セディウスを癒してくれているネウクレアに、感謝を込めた差し入れをしたい。
セディウスとの会話から、そう思い立ったリュディードは早速、甘味を取り寄せた。
正直なところ、今は軍略会議の準備に追われ、倒れそうなほどに忙しい。そんなことに気を割いている場合かというところだが、こういうときだからこそ、潤いが大切なのだ。
……リュディードが取り寄せたのは、小指の先ほどの美しい宝石のような砂糖菓子で、上品な甘さが貴族にも人気という触れ込みの高級品だ。
団長も、これを食べたことがあるかもしれない。そして、味覚が怪しいネウクレアでも、食べやすいだろう。
「――しかし、これを直接渡すのは愚策ですね」
いざ差し入れようという段階になって、菓子の器を前にリュディードは悩んだ。食への無関心さは、おそらく筋金入りだ。最悪、菓子を食べずに放置されて終わってしまうかもしれない。
悩んだ末、団長に菓子を託すことにした。
「団長、これ差し入れです。宜しければ、ネウクレアとお二人で召し上がってください」
「ぐっ、ごほっ!」
休憩時間にさり気なく渡そうとすると、茶を飲んでいた団長は盛大にむせた。
「ごほ、なっ、なんっ……だ、差し入れとは」
「その、ネウクレアがどうも食に無関心でして。こういったものを与えれば刺激になるかと。少しでも食事に関心を持って欲しいんです」
もっともらしい理由を言いながら、まだむせている団長にハンカチを手渡す。それから布巾でさり気なく机を拭いておいた。
「そ、そんなにか……」
「ええ、相当に味覚が鈍いようなので……。直接渡しても、食べずに放置されるおそれがあります。団長が勧めてくだされば、きっと口にしてもらえるかと……」
「いや、その、気持ちは有難いが、ごほっ、くっ! わ、私が、ネウクレアに、た、食べさせ、るのか……」
団長の顔が、真っ赤になっていた。
ネウクレアと団長は、本当に親密な関係なのか。
リュディードは動揺した。しかし、浮かべていたにこやかな笑みを崩さず顔に貼り付けてそれを隠し、こう返した。
「いえ、あの、無理に口に入れるとかそういうことではなく、お二人で語らうときにでも無理のない程度に楽しんで頂ければと、思いまして」
……絶対に、この動揺を気取られるわけにはいかない。団長がどう受け取るかという以前に、こちらが居た堪れない。
「……そ、そうか。……ああ、分かった。勧めてみるとしよう。ありがとう……」
――その日の夕刻。
団長は大事そうに砂糖菓子を持って天幕を出ていった。……そんな背中を見送った後。
「…これは、食べてもらえそうですね」
リュディードは独り呟いた。
……自分はきっと、最高にいい仕事をしたのだ。
二人がどのような夜を過ごしているにしても、それが団長の心を癒してくれるのならば、リュディードは満足なのだ。
「リュディードからの差し入れだ」
いつも通り甘えるネウクレアをベッドの上に座らせて、セディウスは砂糖菓子の器を開けた。
ふんわりと上品な甘さの香る菓子は、セディウスに公爵家での日々を思い出させた。
偶然にも以前、食べたことのある菓子だったのだ。
高位貴族として相応しくあるために幼いころから受けていた厳しい教育の合間に、母がこっそり口に含ませてくれた。
その記憶は、優しく甘い慈愛に満ちたものとしてセディウスの中に刻まれている。
一粒取り出して口に含むと、甘くも爽やかな味わいが口の中に広がった。
……懐かしい味だ。
思わず口元がほころぶ。
「ネウクレア、食べてみるか。砂糖菓子だ」
ベッドに腰かけて、指で摘まんだ砂糖菓子をネウクレアに差し出す。
「砂糖菓子……。これは、摂取する必要があるのか」
「敢えて口にする必要もないが、味を楽しむために摂取するものだ」
「楽しむ……」
「単なる糖分だ。口にしても、問題はないだろう。まずは試してみてくれ」
「了解した」
ネウクレアは小さく口を開けて、セディウスの指に挟まっている砂糖菓子を直接、食んだ。
「……ネ、ネウクレア……!」
指先に軽く当たる歯と、柔らかな唇の感触に、胸が大きく高鳴る。
舌先が皮膚を滑り、菓子を絡め取っていく。指に濡れた感触を残し、ネウクレアが離れた。
予想もしなかった艶めかしい行動。
顔に熱が集うのを感じ、思わず片手の平で隠した。
……無防備すぎる!
セディウスは訳のわからない衝動に駆られ、それを抑え込むために歯を食いしばった。
「んっ、この味は……好ましい……」
しでかした本人は、そんなセディウスの赤面など知らぬ顔で、むぐむぐと口を動かして砂糖菓子の味に夢中になっていた。
「柔らかい味……。口の中が……心地いい……」
あどけないその様子に、セディウスの胸の高鳴りと衝動が一気に引いていく。
なんとも愛らしい。
指を食まれたくらい、気にすることでもない……落ち着け! ……と、どうにか平静を装ってネウクレアに「甘いか」と、尋ねた。
「この好ましい味は、甘い……味なのか。……もっと摂取したくなる味だ」
甘味を知らないのだろうか。
奇妙な答えが返ってきた。
「美味しいのだな」
「……これは、美味しいという、味……」
どんな育ち方をしたら、こういう反応になるのか。
愛情を注ぎたいと思いながら、食事については気を回せていなかった。
騎士たちの生活面にも気を配っているリュディ―ドは、気づいていたのだ。
砂糖菓子はその辺りを考慮して、味が優しく上質なものを選んだのだろう。
「……甘い。美味しい……セディウス、もっと」
口を開けて「あ」と、催促の声を上げてネウクレアが次をねだる。
……ただ口を開けているだけなのに、非常に可愛い仕草だ。
「……あ、ああ」
小さく開けられた口の中に、鮮やかな赤い舌がちらつく。誘われるようにして菓子を与えた。
「んっ、甘い……」
目を細めて、またむぐむぐと口を動かすネウクレア。
まるで幼い子供のように甘さを楽しむ姿に、セディウスはすっかり魅了されていた。
「よかったなネウクレア。リュディードに礼を言うんだぞ」
「了解した。感謝を伝える」
「今夜はこれくらいにしておこう」
砂糖菓子の器に蓋をして、ベッドの横にある棚に仕舞う。
「……さて、もう眠るか」
「ん……」
ネウクレアの瞼は、もうすでに下がり気味だ。大人しく返事をしてセディウスの胸板にすり寄ってくる。
「浄化術式をかけるのを忘れるな。歯に悪いぞ」
「了解した」
「よし、いい子だ」
素直に術式を発動させたのを褒めながら、セディウスは彼をしっかりと抱き締めて横になり、頭を撫でながら眠りに就いた。
この夜を境に、ネウクレアが寝る前に「あ」と、口を開けて砂糖菓子をねだるようになったのは言うまでもない。
そして当然、セディウスは彼の口に手づから菓子を入れてやることを止められなかった。
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