24 / 56
本編
副官の好奇心
しおりを挟む――一時は噂に過ぎなかった全面戦争という事態が、現実味を帯び始めてきた。
「団長、息をつく暇がありませんね」
「ああ……、仕方のないこととはいえ、気が重いな」
「帝国が簡単に引き下がるとは思っていませんでしたが、動きが早すぎませんか」
ここにきてようやく防衛戦の事後処理を終えたリュディードは、続いて情報収集や近々行われる軍略会議の準備に追われていた。
「砲撃戦で退けられたとはいえ、魔導防壁を突破したのは快挙だろう。勢いづくのも当然だ。私が帝国側の人間だとしたら、勝機を見出すに足りる戦果だ」
「……確かに……。国境防壁が完成してからずっと、帝国は目立つ戦果を挙げていませんでしたね」
「帝国軍部の強権もいつまでも続くとは限らん。勢いに任せて押し切るつもりだろう」
皇国諜報部隊の動きも活発になり、不穏な帝国の動きが伝えられる回数が増えている。重苦しいものに胸を押さえつけられる気分になるが、それでもできる限りのことをやり尽くすしかない。
――そんな多忙を極める最中で、リュディードが気になっていたのは団長セディウスの体調だ。
防衛戦後から苦渋に満ちた表情で眉間に皺を寄せてばかりいて、それが大きな心配の種だった。
団長がいつも大らかに笑っているからこそ、安心して自分たちは任務に勤しめるのだ。どうにかして元気づけたいと、なにかと気を回していた。
それが……ここのところ、以前にも増して笑顔でいるときが多い。加えて、顔色が驚くほど良くなったのだ。
毎朝している剣術稽古のときも、前よりも身のこなしが軽やかになった気がする。こんなにまで急激に回復するような、なにか特別な出来事が団長に起こったのだろうか。
これは少し……いや、かなり気になる。
一体なにが彼の心を癒やし、眉間に皺を寄せるほどの苦悩を取り払ったのか。副団長として……というより、やや個人的な興味に近い疑問が湧いた。
「――休憩にしましょう」
茶を淹れて休憩を促した際に、言外にその疑問を匂わせて話をぶつけてみることにした。
「団長、このところ顔色がいいですね。一時期は心配しましたが、安心しましたよ」
「……ああ、よく眠れているからだな」
「そうですか。それは良いことですね。なにか……いいことでもありましたか?」
団長が少し視線をさまよわせる。
「いいことか……。あるにはあったな」
奇妙な間があった。怪しい。なにかを隠している気配がする。
「…ネウクレアと、その……、親しく意思の疎通ができるようになった」
「――彼とですか」
「ああ見えて、素直で可愛げがある」
……素直で、可愛げがあるのか。
「素直……ですか。私は論理的という印象ですが……」
それに加えて、前線部隊預かりになってからは、無愛想で物騒な部類の男であるという印象も追加されている。
ファイスからなんとも楽しそうな顔で、『相変わらず不愛想だけど、仮想敵ってことで模擬戦に放り込むと面白いぞ。アイツ頭がいいし、色んな魔導術式仕掛けてきて動きがえぐいからな!』……という話を、昼食兼情報交換の時間に聞いたばかりだ。
人懐っこく頻繁に話しかけるファイスにすらも、ネウクレアは不愛想らしい。
だとすると、素直で可愛げがあるのは団長に対してだけ。二人が親密な関係だということだ。
低く枯れた声で全身鎧を着た、まるで歴戦の猛者のようなあの騎士が、団長の癒しになっている……?
……想像すると、違和感しかない。
「――ネウクレアは、情緒が薄いが……彼なりに豊かな感情がある。向き合えば見えてくるものがあるのだ」
団長の語り口がとても柔らかい。
男らしくも端正な顔に、慈愛すら感じさせる穏やかな笑みまで浮かんでいる。団長の笑顔が眩しい。いつにも増して、眩しい。神々しいくらいだ。
……もうこれはこれで、いいのではないだろうか。
ここまで団長を癒してくれたネウクレアに、感謝の印として差し入れをしたいくらいだ。
――しかし、彼の好みが分からない。
彼が魔導研究機関から支給されている飲食物を譲ってもらい口にしてみたことがあるが、あの酷い味をいつも食べていて平然としている彼は、舌が完全に死んでいる。絶対にそうだ。
味の優しい、砂糖菓子なら喜んでくれるだろうか。なんなら団長と語らいながら食べてくれでもしたら、なおいい。団長も、甘味は嫌いではない。
「そうですか……。彼は独特の言動をしますし、一時はどうなることかと思いましたが、良好なやりとりができるようになったのでしたら、喜ばしいことです」
「ああ、大丈夫だ。リュディード、お前には心配をかけたな。いつもすまない」
公爵家の長子という出自、騎士団随一の魔力量、魔導術式の扱いの巧みさ……すべてに恵まれながらも、それに驕ることなく努力を続ける団長は、尊敬すべき男だ。
リュディードの持つ俯瞰的な才能を過分なほどに認めてくれて、副団長に抜擢してくれた上司でもある。今こうして騎士として……副団長として騎士団を支えていられるのも団長がいたからこそだ。
なにが起ころうとも皇国を守るため、彼とともに持てる力を尽くして自分なりに戦い抜くつもりだ。
「心配をかけた分、しっかり私たちを引っ張っていってください。よろしくお願いしますよ」
「ふふ。ああ……承知した。これからも頼むぞ」
――団長に頼りにされることが誇らしい。
熟さなければならないことは多肢に渡る。しかし、それらを大変だとは思わない。戦場に斬り込むのはファイスの役目だが、裏方として騎士団を支えるのは自分の役目だ。
「はい。了解しました団長」
……ネウクレアとの関係については、我らが団長の癒しのため、これ以上は探りを入れずにそっとしておこう。
しかし、差し入れの件は確定事項だ。彼には、ぜひこれからも団長と仲良くしていてほしい。
リュディードは、にこやかに微笑む顔の裏でそう思っていた。
110
あなたにおすすめの小説
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
筋肉質な人間湯たんぽを召喚した魔術師の話
陽花紫
BL
ある冬の日のこと、寒さに耐えかねた魔術師ユウは湯たんぽになるような自分好み(筋肉質)の男ゴウを召喚した。
私利私欲に塗れた召喚であったが、無事に成功した。引きこもりで筋肉フェチなユウと呑気なマッチョ、ゴウが過ごす春までの日々。
小説家になろうにも掲載しています。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる