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本編
剣術稽古
しおりを挟む――なにかと多忙を極める騎士団長のセディウスだが、それでも毎日の鍛錬は欠かさない。
ほとんどの団員が、まだ寝静まっている早朝。
ネウクレアをひとしきり甘やかし送り出した後に、駐屯地の南東にある雑木林へと向かう。軽装で剣を帯びた姿で、雑木の間を風のように軽やかに走り抜けていく。
清浄な朝の空気を味わいながら、不規則に並ぶ木々や枝、岩などを巧みに躱しながら縫うようにして進むと、やがて小さく開けた場所に出る。
――この広場が、彼にとっての鍛錬場だ。
騎士の本懐は、守護者であることだ。書類の処理に追われがちな日々ではあるが、体を鈍らせてしまってはならない。
鍛錬場で部下たちと混ざって体を動かすのも悪くはないのだが、どうも皆がそわついてしまうので控えている。彼らは、やたらと手合わせをしたがるのだ。
……その中で、落ち着いて鍛錬するのは難しい。
人の気配のない、自然の静けさがセディウスの逞しい長躯を包み込んでくれる。
さらさらと吹く風が枝葉を揺らし、心地よい音を奏でる。
見上げた明けの空の美しさに心を和ませながら、細く、長く、独特の深い呼吸を繰り返し軽く体を解す。
そのついでに術式を複数、中空に描き出しては発動させずに消していく。
何十回と繰り返すことで、練度と集中力を養うのだ。セディウスのそれは正確かつ、驚異的な速度だった。
雑木の向こうから、もう一人の騎士が広場に駆け込んできた。
「団長、おはようございます」
――リュディードだ。
息を切らせた様子もなく、軽やかな足取りでセディウスのそばに躍り出て、略式の礼をした。
セディウスと同じく軽装で、腰には剣がある。
「おはよう、リュディード」
穏やかな声で挨拶を返すと、リュディードは微笑んですらりと剣を抜き放った。
「よろしくお願いします」
すっと、正眼に剣を構える彼に対して、「……ああ」と、応えて、セディウスも剣を抜いて構えた。
――刹那、鋭い音が響き渡る。
最初の一撃はリュディードからだった。
「ふっ……!」
短く息を吐きながら鋭く放たれた一閃を、傾けた剣で受け止めたセディウスは、リュディードの剣を自分の剣の腹上で滑らせて横へと流す。
「……っ!」
流された力に姿勢を崩されるのを堪え、リュディードが滑らかに素早く剣を切り返す。
「はっ!」
振り上げられた刃がセディウスを襲うが、そのときにはその軌道上に彼の姿はない。
空を切った切っ先を引き戻し、リュディードは迎え撃つ姿勢へと移る。
「くっ……!」
短い振りだが腕のしなりの利いた、セディウスの重い一撃が剣にぶつかり激しい火花が散った。
間を置かず何度も同じ重さの一撃が続く。
彼の的確な一撃ごとに、リュディードは押し潰されないよう腰を据えて構え、流麗な腕の動きで剣を捌いては威力を逃していく。
――少しずつ陽が昇り、柔らかい光が満ち始める中で、静けさを破る剣戟の音が絶え間なく続く。
魔導術式に頼らない、純粋な剣技のみのぶつかり合いだ。
幾度かの重い斬撃を凌ぎ切ったリュディードが、反撃に転じる。
普段の上品ですらある態度から一変した、勇猛さを見せる動きは鋭くも、彼らしい繊細さがある。
空を切り裂く音を響かせながら、止まることなく流れるような足運びで攻め立てる。
セディウスは青い瞳に真剣な光を閃かせ、確実にそれらを受け止めた。
数度の防戦後に軽い一撃で巻き込むようにして切っ先を払い、右に均衡を崩されたリュディードのわずかに浮いた左足の脛へと蹴りを放つ。
その一瞬で、彼の流れは断ち切られた。
「くっ!」
蹴りを避けて瞬時に右足で地面を蹴り、土ぼこりを引きながら低く飛んで逃げたリュディードに追いすがり、セディウスは立て続けに強さを変えた斬撃を放って追い込んでいく。
――やがて、リュディードが息を荒げ始めたところで、セディウスがすっと身を引く。
「はっ、はぁっ……、団長、ありがとうございました……」
息を弾ませながらも、リュディードが礼をする。その表情は、晴れやかだ。
「ふ……、今日もいい動きだったぞ。ありがとうリュディード」
それに応えてセディウスも礼を返す。呼吸の乱れは少なく、声は穏やかなままだ。
こうして、セディウスとリュディードはいつも早朝に稽古をしている。
――リュディードは、騎士団内で特に魔力量が少ない騎士だ。
元来、皇国の騎士は魔導に重きを置く傾向がある。
加えて帝国の銃火器類の発達により、弾丸を防ぐ防壁術式を扱う必要に迫られる近年の戦線状況において、魔力量の少なさは命を危うくする要因となった。
防壁術式をほぼ発動できない彼は、そのために戦線を退いたのだ。
……だが、それ以前の動乱期においては、十代後半の若さで前線部隊に所属し、多くの敵兵を討ち取ってきた強者だった。
群を抜いた剣技の才があり、いまだに古参の間で一目置かれている。
戦いの中で磨かれた剣技があるからこそ、セディウスの相手を務められるのだ。
彼との鍛錬は、セディウスにとって心置きなく剣に没頭できる貴重な機会だ。
逆にリュディードにとっては……尊敬する団長と交わす特別な研鑽の場であり、戦線に出られない不遇のなかで騎士としての矜持を保つ精神的な支柱となっている時間なのだった。
「――さて、今日も書類と格闘だな……。いかんせん量が多い……せめて筆記を減らせないものか」
彼にしては珍しいくらいに酷くうんざりした顔で、肩を揉みながらセディウスが言うと、リュディードが小さく苦笑した。
「そうですね。忙しいとはいえ、改革していかないといけませんね……」
「ここのところ、記入の抜けが多い。特に前線部隊だ。あれらは文字を書くのを億劫がる。どうしたものかな」
「はは、確かに。ファイスが筆頭ですよ。副団長なのに、まったく彼ときたら……」
拳を強く握るリュディードを見て、セディウスが「あまり強く小突いてやるなよ。あれでも堪えるようだからな」と小さく吹き出す。
――剣戟の音が止んで静けさを取り戻した広場に、小鳥たちのさえずりが響き、陽光が次第に輝きを増していく。
清々しい風が吹く中を、二人は肩を並べて愚痴をこぼしながら歩いて広場を後にした。
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