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番外編
南街特別訓練・2「串肉」
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レゲムアーク皇国北端、第一騎士団駐屯地からもっとも近い位置にある街……それがストラディアだ。
騎士を相手に商売をしていた村が、その増員とともに発展した街である。
駐屯地の南に位置することから騎士の間では通称『南街』と呼ばれているこの街は、皇都並みとまではいかないが食や娯楽が豊富で嗜好品の類も手に入りやすい。
騎士たちにとって、貴重な憩いの場だ。
そんな南街の大通りを、ファイスはネウクレアを引き連れて歩いていた。
「人がいっぱいで凄いだろ。びっくりしたか?」
「……驚異的な人間の多さだ」
「だろ! なんか楽しいよな!」
赤や青、鮮やかな飾り布に彩られた通りを行き交う人々は、老若男女多種多様な姿をしていた。
あちこちから、嗅いだことのない匂いがする。
笑い声や話し声、荷馬車の車輪や馬のひづめの音など、耳から入る情報も多い。
研究機関や駐屯地とは違う、あらゆる情報が溢れ返った波の中で、ネウクレアは少し混乱していた。
こうした場所には、慣れていないのだ。
「よそ見してるとはぐれるぞ」
足元がおろそかになって人波に飲まれそうになり、ファイスに手を掴まれた。
「ほら、こっちだ」
そのままぐいぐいと引っ張られて、大きな串肉を焼いている出店の前に立つ。
「肉食おう! 甘しょっぱくてすごく美味いやつだぞ。おっちゃん、二本くれ!」
「あいよ!」
「おっ、でっかいのくれたな。ありがとな!」
「おまけだ。沢山食って大きくなれよ副団長殿!」
「もう食ってもでっかくならないぞ!」
「はっはっは! なるかもしれねぇぞ!」
店主とゲラゲラと陽気に笑い合いながら勘定を済ませたファイスは、受け取った串肉の片方をネウクレアに突き出した。
「ほら、お前の分だぞ。持ってくれ」
言われて受け取ってみると、なかなかの重さだった。
茶色のタレが付いていて、こんがりと焼かれた串肉だ。食欲をそそる脂とタレの焦げた匂いが、鼻孔をくすぐる。大通りの屋台で人気の食べ物のひとつだ。
「……これは、なんだ」
「串肉だぞ。肉、食べたことないのか?」
「ない」
研究機関ではこんな物体は見たことがなく、固形食と飲料液しか口にしていなかった。
「……ほんとお前、あっちでどんな生活してたんだよ。絶対に美味いから食べてみろよ!」
……ネウクレアにとっては、てらてらと油がまとわり付いる上に、少し炭化した茶色の物体にしか見えなかった。鼻先を近付けて、すん……と匂いを嗅いでみると、独特の甘い香りの中に炭化した物質や塩分の匂いを強く感じた。
「これは本当に、摂取可能なのか」
「食べられるものだぞ。俺はこれ、大好きだ」
「『大好き』……『好き』よりも、もっと好きということか」
「そうだぞ! いきなり食うのが怖いなら、ちょっとだけ齧って味見してみるといいぞ。食えなきゃ俺が食うし」
言うなりガブリと豪快に串肉にかじり付いて、肉の塊をひとつ頬張るファイス。口元は脂とタレで汚れ放題だ。
「うん、美味い!」
ぺろりと口の周りをひと舐めして、また次の塊にかじり付いていく。それを見た店主が「相変わらず、いい食いっぷりだな!」と言って、嬉しそうに笑った。
「……食べて、てみる」
ネウクレアは二人の笑顔に促されるようにして、串肉の端を少しだけかじり取ってみた。
「甘い……だけではない。これは……」
様々な刺激がある。
欠片を口の中で咀嚼して、じっくりと味を確かめる。ピリッとした刺激や砂糖菓子に似た甘み、肉の脂、炭化物や塩気……それらが混じり合い複雑な味を形成していた。
咀嚼するごとに、口の中に唾液が出てくる。これは摂取できそうな味だ。ファイスが『大好き』な味だと言う要因が理解できた。砂糖菓子ほどではないが……『美味しい』。
「甘しょっぱくて美味いだろ」
「これが、甘しょっぱい味……甘いだけではない。複雑な味だ。しかし……『美味しい』」
「そうかぁ! よかったな。もっと色んな美味いもの食べてみるといいぞ」
「了解した。美味しい物を複数、摂取する」
少しずつ肉をかじるネウクレアに対して、ファイスは「そんな食べ方だと、肉が減らないぞ!」と、笑いながら、あっと言う間に自分の串肉を食べ終えてしまった。
そんな彼を真似て肉を頬張ってみるが、ネウクレアは最初の塊すら平らげられない。
「副団長殿、今日はどこかのお坊ちゃんの護衛かい? ずいぶんと上品な子じゃないか」
串肉屋の店主が、少しずつ肉をかじる様子を微笑まし気に見ながら聞いてくる。
「いや、お坊ちゃんじゃないぞ。こいつは騎士で、俺の友達だ」
「ほー、騎士様かい! それにしちゃ、小綺麗で細いなぁ」
「ネウはすごく強いぞ」
「へええ、見かけによらねぇな! けどな、最近は何かと物騒だ。面倒なやつに無駄に目ぇ付けられんように気をつけてやんな」
「そんな奴がいたらボコボコにする!」
ネウクレアは二人が話している間ずっと、もぐもぐと口を動かし続けていた。頬張った肉が、なかなか口内からなくならないのだ。
「じゃ、またなおっちゃん! ネウ、食いながらでいいから、次行こうな」
結局、串肉を食べ終われなかった彼は、次の出店に向かおうとするファイスの言葉に咀嚼を続けながらコクリと頷いた。
騎士を相手に商売をしていた村が、その増員とともに発展した街である。
駐屯地の南に位置することから騎士の間では通称『南街』と呼ばれているこの街は、皇都並みとまではいかないが食や娯楽が豊富で嗜好品の類も手に入りやすい。
騎士たちにとって、貴重な憩いの場だ。
そんな南街の大通りを、ファイスはネウクレアを引き連れて歩いていた。
「人がいっぱいで凄いだろ。びっくりしたか?」
「……驚異的な人間の多さだ」
「だろ! なんか楽しいよな!」
赤や青、鮮やかな飾り布に彩られた通りを行き交う人々は、老若男女多種多様な姿をしていた。
あちこちから、嗅いだことのない匂いがする。
笑い声や話し声、荷馬車の車輪や馬のひづめの音など、耳から入る情報も多い。
研究機関や駐屯地とは違う、あらゆる情報が溢れ返った波の中で、ネウクレアは少し混乱していた。
こうした場所には、慣れていないのだ。
「よそ見してるとはぐれるぞ」
足元がおろそかになって人波に飲まれそうになり、ファイスに手を掴まれた。
「ほら、こっちだ」
そのままぐいぐいと引っ張られて、大きな串肉を焼いている出店の前に立つ。
「肉食おう! 甘しょっぱくてすごく美味いやつだぞ。おっちゃん、二本くれ!」
「あいよ!」
「おっ、でっかいのくれたな。ありがとな!」
「おまけだ。沢山食って大きくなれよ副団長殿!」
「もう食ってもでっかくならないぞ!」
「はっはっは! なるかもしれねぇぞ!」
店主とゲラゲラと陽気に笑い合いながら勘定を済ませたファイスは、受け取った串肉の片方をネウクレアに突き出した。
「ほら、お前の分だぞ。持ってくれ」
言われて受け取ってみると、なかなかの重さだった。
茶色のタレが付いていて、こんがりと焼かれた串肉だ。食欲をそそる脂とタレの焦げた匂いが、鼻孔をくすぐる。大通りの屋台で人気の食べ物のひとつだ。
「……これは、なんだ」
「串肉だぞ。肉、食べたことないのか?」
「ない」
研究機関ではこんな物体は見たことがなく、固形食と飲料液しか口にしていなかった。
「……ほんとお前、あっちでどんな生活してたんだよ。絶対に美味いから食べてみろよ!」
……ネウクレアにとっては、てらてらと油がまとわり付いる上に、少し炭化した茶色の物体にしか見えなかった。鼻先を近付けて、すん……と匂いを嗅いでみると、独特の甘い香りの中に炭化した物質や塩分の匂いを強く感じた。
「これは本当に、摂取可能なのか」
「食べられるものだぞ。俺はこれ、大好きだ」
「『大好き』……『好き』よりも、もっと好きということか」
「そうだぞ! いきなり食うのが怖いなら、ちょっとだけ齧って味見してみるといいぞ。食えなきゃ俺が食うし」
言うなりガブリと豪快に串肉にかじり付いて、肉の塊をひとつ頬張るファイス。口元は脂とタレで汚れ放題だ。
「うん、美味い!」
ぺろりと口の周りをひと舐めして、また次の塊にかじり付いていく。それを見た店主が「相変わらず、いい食いっぷりだな!」と言って、嬉しそうに笑った。
「……食べて、てみる」
ネウクレアは二人の笑顔に促されるようにして、串肉の端を少しだけかじり取ってみた。
「甘い……だけではない。これは……」
様々な刺激がある。
欠片を口の中で咀嚼して、じっくりと味を確かめる。ピリッとした刺激や砂糖菓子に似た甘み、肉の脂、炭化物や塩気……それらが混じり合い複雑な味を形成していた。
咀嚼するごとに、口の中に唾液が出てくる。これは摂取できそうな味だ。ファイスが『大好き』な味だと言う要因が理解できた。砂糖菓子ほどではないが……『美味しい』。
「甘しょっぱくて美味いだろ」
「これが、甘しょっぱい味……甘いだけではない。複雑な味だ。しかし……『美味しい』」
「そうかぁ! よかったな。もっと色んな美味いもの食べてみるといいぞ」
「了解した。美味しい物を複数、摂取する」
少しずつ肉をかじるネウクレアに対して、ファイスは「そんな食べ方だと、肉が減らないぞ!」と、笑いながら、あっと言う間に自分の串肉を食べ終えてしまった。
そんな彼を真似て肉を頬張ってみるが、ネウクレアは最初の塊すら平らげられない。
「副団長殿、今日はどこかのお坊ちゃんの護衛かい? ずいぶんと上品な子じゃないか」
串肉屋の店主が、少しずつ肉をかじる様子を微笑まし気に見ながら聞いてくる。
「いや、お坊ちゃんじゃないぞ。こいつは騎士で、俺の友達だ」
「ほー、騎士様かい! それにしちゃ、小綺麗で細いなぁ」
「ネウはすごく強いぞ」
「へええ、見かけによらねぇな! けどな、最近は何かと物騒だ。面倒なやつに無駄に目ぇ付けられんように気をつけてやんな」
「そんな奴がいたらボコボコにする!」
ネウクレアは二人が話している間ずっと、もぐもぐと口を動かし続けていた。頬張った肉が、なかなか口内からなくならないのだ。
「じゃ、またなおっちゃん! ネウ、食いながらでいいから、次行こうな」
結局、串肉を食べ終われなかった彼は、次の出店に向かおうとするファイスの言葉に咀嚼を続けながらコクリと頷いた。
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