【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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番外編 

南街特別訓練・1「秘密会議」

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 とある日、ファイスがこう叫んだ。


「南街へ行きたい!」



 それは、前線部隊の訓練を終えた後のことだった。

 ネウクレアは、緑の瞳を輝かせているファイスを見下ろしながら「南街とは」と聞いた。

「あれ? ネウは知らないのか」

「知らない」

「あのな、駐屯地の南に街があるんだぞ」

「そうか」

「ここから一番近い街だぞ。みんなよく遊びに行くところだ」

「遊びに……」

「ん? ネウは遊んだりしないのか」

「経験がない」

「そうかぁ……そこからかぁ。よし! 俺が遊びに連れて行ってやるぞ! きっと楽しいぞ!」

 ファイスは小躍りでもしそうな様子で、弾けるような笑顔を見せながらネウクレアの肩を叩いた。

「楽しい、のか。遊びとは楽しいもの」

 賞賛などとは違う『楽しい』刺激らしい。ファイスの言動からも、『楽しい』のだと予測できる。

「そうだぞ! 今から俺の天幕で、南街特別訓練の秘密作戦会議を行う!」

 訓練でもなんでもない単なる行楽なのだが、真面目くさった顔つきでファイスは声高らかに宣言をする。

 そんなファイスの言葉遊びに対して、ネウクレアは驚きもせずに「了解した」と、感情の乗せられていない淡泊な返答をした。

 ……これは経験したことのない新しい訓練だ。受ける利点は大いにあると判断したからだ。
 




 彼の寝起きしている天幕の仲は、雑然とした倉庫のようだった。

 武器や防具が詰め込まれた木箱が床のあちこちに置かれている。粗末な木の棚には、奇妙な形をした置物や、色とりどりの鉱石が隙間なく並んでいた。

 そして、ベッドの上には丸められ皺だらけになった上掛けがあり、脱ぎ散らかした上着などもあった。


 ……ふと、書籍と書類で埋もれたゼスの執務室を思い出す。


 しかし、まるで印象が違う。


 ゼスの執務室は、確かに物で溢れていると表現するに足る空間だったが、これほど多様で豊富な色と形が溢れていなかった。

整然として無機質で色のない世界だった。


「ごちゃっとしてるけど気にするなよ。俺の趣味だ」

「趣味」

「武器とか色々集めるの好きなんだよ!」

「好きなのか」

 用途不明の物体を大量に収集することに、なんらかの意味があるのか。

 じっと棚や木箱に納められた物体を眺めてみたが、理解できない。だが、ファイスは収集が『好き』で『楽しい』と感じていることは認識した。

「それじゃあ、会議始めるぞ。まず、お前の全身鎧は目立つから、変装して一般人に成りすますんだ」

「変装して、一般人に……」

 姿を変えるのか。なんらかの術式を使うべきか。

「うーん、ネウ、とりあえず鎧脱いでくれ」

「了解した」

 指示に従って鎧を外し、肌着姿になった。

「真っ白で目立つぞ」

「そうか」

 皇国どころか大陸中でも見られないであろう純白の髪が、ネウクレアの容姿を奇異なものにしている。ファイスの銀髪ならば一般的だが、白と銀ではまるで印象が違う。

「生身は極力他者に晒すなと指示されている。その問題はどう解消するのか」

「それは、できるだけってことで絶対じゃないぞ。だったら、できるだけ隠すように頑張ろうな」

 ファイスが衣装箱から何枚かの衣服を取り出して、ベッドの上に無造作に放り出した。

「これとかどうだ。顔はほとんど隠せるぞ」

 大きなフードの付いたケープを渡される。

「おっ、俺の服がそのまま着られるな!」

 そして、彼の私服を着ることになった。靴なども、予備を借用した。

「ネウ、自前の服で着たい服あるなら、そっちにしてもいいぞ」

「自分が所持しているのは、鎧用の肌着のみだ。それ以外は必要性を感じない」

「感じろよ! これから俺ともっと遊ぶんだぞ。お前だって、あちこち出かけてみたいだろ。カッコいい服とか靴とか、色々ほしくなるぞ!」

 腕を振り回して熱弁を振うファイスに対し、ネウクレアは無表情で「理解不能」と返した。不特定多数の場所に行きたいという願望はないのだ。

 自分が行きたいのは、セディウスの天幕だ。

 撫でて、抱き締めてもらえて、甘くて美味しい砂糖菓子の供給も受けられるのだ。ネウクレアにとってはそれが『好き』で、『楽しい』ことだ。

「理解不能かぁ。……もし服がほしくなったら、言えよ。一緒に見てやるからな」

「検討する」


 ファイスの手を借りて、ネウクレアは変装をどうにか終えた。
 
 術式の入れ墨を隠すために、騎士団支給の紺色のスカーフを首に撒き、黒い手袋をはめている。

 ゆったりとしたケープに覆われた肩は華奢で、すらりと細い四肢は優美だ。

 肩までの純白の髪は紐で結い上げられ、漆黒の瞳も含めてフードで隠されているが、白磁の肌と顔立ちの端正さは口元や顎の線だけでも十二分に人目を惹き付けるだろう。

 やんごとなき身分の若君だと言っても、通りそうな姿だった。

 銀髪を粋に刈り詰めた威勢のいい髪型に、団服を着崩したやんちゃで少し悪ぶったファイスが横に並ぶと、世間慣れしていない上品なお忍び令息と、そのお供である気安い風情の護衛騎士のようだ。


 つまり、あからさまに浮いている。

 
 一般人が聞いて呆れる程度に。


「うーん。なんかお前、悪目立ちしてるぞ」

 ぐるぐると周りを回って仕上がりを確認していたファイスが指摘した。だが、ネウクレアにはまるで理解できなかった。一体、なにが問題だというのか。

 確かに、彼とは異なる様相であると判別できるが、肌の露出は口元だけだ。これは、極力生身を晒すなという条件に合致する。

「そうだろうか。自分は、問題はないと判断した」

「問題だらけだぞ! お前、どこの令息だ!」 

「自分は令息ではない。しかし、不足であるのなら、兜を被ることを提案する」

 そうすれば、顔は全て隠せると判断して発言すると、ファイスの眉間に皺が寄った。

「やめろ本気かネウ! 頭だけ兜なんて、すごく目立つだろ!」

 兜を持ち上げて被ろうとすると、取り上げられてしまった。頭を丸ごと隠せるというのに、それで悪化するというのか。

「……よし、諦めよう。兜よりはましだ!」

 兜をベッドに置いて遠ざけながら、ファイスが叫ぶ。

「鎧を着たい」

 ……鎧が最良だ。あらゆる問題が解消される。

「駄目だ。一般人は全身鎧なんて着ないんだぞ」

「難解な問題だ」

「まっ、こっちの方が一般人に近い。これで決定だ!」

「了解した」

「変な奴が絡んできても、俺が付いてるから大丈夫だぞ!」

 ……変な奴……敵対行動をとる人物が南町に存在するようだ。

「では、実戦による訓練も視野に入れる」

「ちょっと待てよネウ! なに考えてたんだよ今! 戦わないぞ!」

「変な奴というのは、敵対行動をとる存在のことではないのか」

「もしそんなのがいたら、俺がネウを守る!」

「そうか。護衛される側を経験したことはない。そういった訓練か」

「お、おお、そういう訓練もありかもな…。あっ、出発するときは隠密行動だ。皆には内緒だぞ!」

「了解した」


 作戦会議はその後も続けられ、訓練を開始するのは明後日の朝に決まった。





 そして、明後日。 


「団長、ファイスがネウクレアを連れて南町へ行楽に出たそうです」

 その報告に、セディウスは飲んでいた茶を吹き出しそうになり、次いで盛大にむせた。

「ごほっ! がはっ! なっ、なんだと……?」

「……拭いてください」

「ぐっ、ごほっ、す、すまない」

 差し出されたハンカチを受け取って、どうにか咳を鎮めてから口元を拭う。その間にリュディ―ドが机を手早く拭いた。

「今度からは、茶を飲んでいないときに報告しますね。私の落ち度でした」

「い、いや、すまない。汚してしまって」

「いいんですよ。こんな報告を聞けば、誰だってこうなりますよ。ええ……」

 ゆらりと、リュディ―ドからなにかが立ち上るのをセディウスは見た。

 ……これは怒気だ。明らかに、怒っている。それも可視化しそうなほどに。

「……休暇申請書も外出予定の事前報告書も提出されていません。書置きのみ提出されていました」

 なにかと面倒な手続きだが、規律を守る上で欠かせないことだ。リュディードが怒るのも無理はない。

「随分とネウクレアと仲良くなっていたからな。二人で遊びに行きたくなったのだろう」

 セディウスは苦笑しながら、リュディードからファイスの書置きを受け取って目を通す。

「ふふ。これはまた、愉快な書置きだ」

 ……変装だの特別訓練だのという、怪しい単語の並んだ書き殴りを見て、苦笑が漏れた。

「愉快すぎます。情状酌量の余地がありません。しかも、自分だけならまだしも、ネウクレアまで連れ出しているんですよ。なにかあったらどうするつもりなのか……」

「二人とも腕に覚えのある立派な騎士だ。身の安全は心配ないだろう」

「はぁ……。私が連れて行った方が、まだましですよ。揉め事に巻き込まれそうです」

「仮にも副団長だ。南街でも顔が利く。あれに任せておけばいい」

「さらに騒ぎを大きくする気がしますよ。まったく……」

 ため息をついて、リュディードは茶を口にした。

「そう言ってやるな。お前が体調を崩したときのファイスは、頼りがいがあっただろう」

「ぐっ、けほっ!」

 セディウスの穏やかに笑いながらの言葉に、今度はリュディ―ドが軽くむせた。

「あっ、あれは、たまたま……! いや、その、そうですね。……ファイスはそういう男でした……」

「ふふ。いざというときには必ず頼りになる。それがファイスの美点だ。心配する気持ちは分かるが、信じてやってもいいのではないか?」

「はい……」

 看病をされたときのことを思い出したのか、顔を赤くしながらリュディードはしおらしく返事をした。

 そして、先程までの口うるささが嘘のように静かになり、書類整理を再開したのだった。






※この短編はファイス&ネウクレアです。兄弟みたいな二人を見たい方向け。
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