42 / 58
番外編
南街特別訓練・1「秘密会議」
しおりを挟むとある日、ファイスがこう叫んだ。
「南街へ行きたい!」
それは、前線部隊の訓練を終えた後のことだった。
ネウクレアは、緑の瞳を輝かせているファイスを見下ろしながら「南街とは」と聞いた。
「あれ? ネウは知らないのか」
「知らない」
「あのな、駐屯地の南に街があるんだぞ」
「そうか」
「ここから一番近い街だぞ。みんなよく遊びに行くところだ」
「遊びに……」
「ん? ネウは遊んだりしないのか」
「経験がない」
「そうかぁ……そこからかぁ。よし! 俺が遊びに連れて行ってやるぞ! きっと楽しいぞ!」
ファイスは小躍りでもしそうな様子で、弾けるような笑顔を見せながらネウクレアの肩を叩いた。
「楽しい、のか。遊びとは楽しいもの」
賞賛などとは違う『楽しい』刺激らしい。ファイスの言動からも、『楽しい』のだと予測できる。
「そうだぞ! 今から俺の天幕で、南街特別訓練の秘密作戦会議を行う!」
訓練でもなんでもない単なる行楽なのだが、真面目くさった顔つきでファイスは声高らかに宣言をする。
そんなファイスの言葉遊びに対して、ネウクレアは驚きもせずに「了解した」と、感情の乗せられていない淡泊な返答をした。
……これは経験したことのない新しい訓練だ。受ける利点は大いにあると判断したからだ。
彼の寝起きしている天幕の仲は、雑然とした倉庫のようだった。
武器や防具が詰め込まれた木箱が床のあちこちに置かれている。粗末な木の棚には、奇妙な形をした置物や、色とりどりの鉱石が隙間なく並んでいた。
そして、ベッドの上には丸められ皺だらけになった上掛けがあり、脱ぎ散らかした上着などもあった。
……ふと、書籍と書類で埋もれたゼスの執務室を思い出す。
しかし、まるで印象が違う。
ゼスの執務室は、確かに物で溢れていると表現するに足る空間だったが、これほど多様で豊富な色と形が溢れていなかった。
整然として無機質で色のない世界だった。
「ごちゃっとしてるけど気にするなよ。俺の趣味だ」
「趣味」
「武器とか色々集めるの好きなんだよ!」
「好きなのか」
用途不明の物体を大量に収集することに、なんらかの意味があるのか。
じっと棚や木箱に納められた物体を眺めてみたが、理解できない。だが、ファイスは収集が『好き』で『楽しい』と感じていることは認識した。
「それじゃあ、会議始めるぞ。まず、お前の全身鎧は目立つから、変装して一般人に成りすますんだ」
「変装して、一般人に……」
姿を変えるのか。なんらかの術式を使うべきか。
「うーん、ネウ、とりあえず鎧脱いでくれ」
「了解した」
指示に従って鎧を外し、肌着姿になった。
「真っ白で目立つぞ」
「そうか」
皇国どころか大陸中でも見られないであろう純白の髪が、ネウクレアの容姿を奇異なものにしている。ファイスの銀髪ならば一般的だが、白と銀ではまるで印象が違う。
「生身は極力他者に晒すなと指示されている。その問題はどう解消するのか」
「それは、できるだけってことで絶対じゃないぞ。だったら、できるだけ隠すように頑張ろうな」
ファイスが衣装箱から何枚かの衣服を取り出して、ベッドの上に無造作に放り出した。
「これとかどうだ。顔はほとんど隠せるぞ」
大きなフードの付いたケープを渡される。
「おっ、俺の服がそのまま着られるな!」
そして、彼の私服を着ることになった。靴なども、予備を借用した。
「ネウ、自前の服で着たい服あるなら、そっちにしてもいいぞ」
「自分が所持しているのは、鎧用の肌着のみだ。それ以外は必要性を感じない」
「感じろよ! これから俺ともっと遊ぶんだぞ。お前だって、あちこち出かけてみたいだろ。カッコいい服とか靴とか、色々ほしくなるぞ!」
腕を振り回して熱弁を振うファイスに対し、ネウクレアは無表情で「理解不能」と返した。不特定多数の場所に行きたいという願望はないのだ。
自分が行きたいのは、セディウスの天幕だ。
撫でて、抱き締めてもらえて、甘くて美味しい砂糖菓子の供給も受けられるのだ。ネウクレアにとってはそれが『好き』で、『楽しい』ことだ。
「理解不能かぁ。……もし服がほしくなったら、言えよ。一緒に見てやるからな」
「検討する」
ファイスの手を借りて、ネウクレアは変装をどうにか終えた。
術式の入れ墨を隠すために、騎士団支給の紺色のスカーフを首に撒き、黒い手袋をはめている。
ゆったりとしたケープに覆われた肩は華奢で、すらりと細い四肢は優美だ。
肩までの純白の髪は紐で結い上げられ、漆黒の瞳も含めてフードで隠されているが、白磁の肌と顔立ちの端正さは口元や顎の線だけでも十二分に人目を惹き付けるだろう。
やんごとなき身分の若君だと言っても、通りそうな姿だった。
銀髪を粋に刈り詰めた威勢のいい髪型に、団服を着崩したやんちゃで少し悪ぶったファイスが横に並ぶと、世間慣れしていない上品なお忍び令息と、そのお供である気安い風情の護衛騎士のようだ。
つまり、あからさまに浮いている。
一般人が聞いて呆れる程度に。
「うーん。なんかお前、悪目立ちしてるぞ」
ぐるぐると周りを回って仕上がりを確認していたファイスが指摘した。だが、ネウクレアにはまるで理解できなかった。一体、なにが問題だというのか。
確かに、彼とは異なる様相であると判別できるが、肌の露出は口元だけだ。これは、極力生身を晒すなという条件に合致する。
「そうだろうか。自分は、問題はないと判断した」
「問題だらけだぞ! お前、どこの令息だ!」
「自分は令息ではない。しかし、不足であるのなら、兜を被ることを提案する」
そうすれば、顔は全て隠せると判断して発言すると、ファイスの眉間に皺が寄った。
「やめろ本気かネウ! 頭だけ兜なんて、すごく目立つだろ!」
兜を持ち上げて被ろうとすると、取り上げられてしまった。頭を丸ごと隠せるというのに、それで悪化するというのか。
「……よし、諦めよう。兜よりはましだ!」
兜をベッドに置いて遠ざけながら、ファイスが叫ぶ。
「鎧を着たい」
……鎧が最良だ。あらゆる問題が解消される。
「駄目だ。一般人は全身鎧なんて着ないんだぞ」
「難解な問題だ」
「まっ、こっちの方が一般人に近い。これで決定だ!」
「了解した」
「変な奴が絡んできても、俺が付いてるから大丈夫だぞ!」
……変な奴……敵対行動をとる人物が南町に存在するようだ。
「では、実戦による訓練も視野に入れる」
「ちょっと待てよネウ! なに考えてたんだよ今! 戦わないぞ!」
「変な奴というのは、敵対行動をとる存在のことではないのか」
「もしそんなのがいたら、俺がネウを守る!」
「そうか。護衛される側を経験したことはない。そういった訓練か」
「お、おお、そういう訓練もありかもな…。あっ、出発するときは隠密行動だ。皆には内緒だぞ!」
「了解した」
作戦会議はその後も続けられ、訓練を開始するのは明後日の朝に決まった。
そして、明後日。
「団長、ファイスがネウクレアを連れて南町へ行楽に出たそうです」
その報告に、セディウスは飲んでいた茶を吹き出しそうになり、次いで盛大にむせた。
「ごほっ! がはっ! なっ、なんだと……?」
「……拭いてください」
「ぐっ、ごほっ、す、すまない」
差し出されたハンカチを受け取って、どうにか咳を鎮めてから口元を拭う。その間にリュディ―ドが机を手早く拭いた。
「今度からは、茶を飲んでいないときに報告しますね。私の落ち度でした」
「い、いや、すまない。汚してしまって」
「いいんですよ。こんな報告を聞けば、誰だってこうなりますよ。ええ……」
ゆらりと、リュディ―ドからなにかが立ち上るのをセディウスは見た。
……これは怒気だ。明らかに、怒っている。それも可視化しそうなほどに。
「……休暇申請書も外出予定の事前報告書も提出されていません。書置きのみ提出されていました」
なにかと面倒な手続きだが、規律を守る上で欠かせないことだ。リュディードが怒るのも無理はない。
「随分とネウクレアと仲良くなっていたからな。二人で遊びに行きたくなったのだろう」
セディウスは苦笑しながら、リュディードからファイスの書置きを受け取って目を通す。
「ふふ。これはまた、愉快な書置きだ」
……変装だの特別訓練だのという、怪しい単語の並んだ書き殴りを見て、苦笑が漏れた。
「愉快すぎます。情状酌量の余地がありません。しかも、自分だけならまだしも、ネウクレアまで連れ出しているんですよ。なにかあったらどうするつもりなのか……」
「二人とも腕に覚えのある立派な騎士だ。身の安全は心配ないだろう」
「はぁ……。私が連れて行った方が、まだましですよ。揉め事に巻き込まれそうです」
「仮にも副団長だ。南街でも顔が利く。あれに任せておけばいい」
「さらに騒ぎを大きくする気がしますよ。まったく……」
ため息をついて、リュディードは茶を口にした。
「そう言ってやるな。お前が体調を崩したときのファイスは、頼りがいがあっただろう」
「ぐっ、けほっ!」
セディウスの穏やかに笑いながらの言葉に、今度はリュディ―ドが軽くむせた。
「あっ、あれは、たまたま……! いや、その、そうですね。……ファイスはそういう男でした……」
「ふふ。いざというときには必ず頼りになる。それがファイスの美点だ。心配する気持ちは分かるが、信じてやってもいいのではないか?」
「はい……」
看病をされたときのことを思い出したのか、顔を赤くしながらリュディードはしおらしく返事をした。
そして、先程までの口うるささが嘘のように静かになり、書類整理を再開したのだった。
※この短編はファイス&ネウクレアです。兄弟みたいな二人を見たい方向け。
100
あなたにおすすめの小説
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
世界が平和になり、子育て最強チートを手に入れた俺はモフモフっ子らにタジタジしている魔王と一緒に子育てします。
立坂雪花
BL
世界最強だった魔王リュオンは
戦に負けた後、モフモフな子達を育てることになった。
子育て最強チートを手に入れた
勇者ラレスと共に。
愛を知らなかったふたりは子育てを通じて
愛を知ってゆく。
一緒に子育てしながら
色々みつけるほのぼのモフモフ物語です。
お読みくださりありがとうございます。
書く励みとなっております。
本当にその争いは必要だったのか
そして、さまざまな形がある家族愛
およみくださり
ありがとうございます✨
✩.*˚
表紙はイラストACさま
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる