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第73話 アデル嬢、殿下に媚薬を盛る
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「魔術師がいないのですか?」
私は驚いて尋ねた。
「ゼロって訳ではありません。あなたみたいに力のある魔術師が本当に稀だと言うだけで。まあ、確かに、魔力持ちの数自体も少ないでしょうね」
セス様は黙って聞いていたが、彼はきっと知っているのだろう。
「ほら、ルーカス第二王子殿下があそこにおられる。素晴らしい魔法力の持ち主だ」
ルーカス第二王子殿下は、確かにものすごく目立っていた。
本日の目玉、いや注目の的である。
なにせ受勲者でもあり、今回の悪獣騒ぎの立役者だ。
「彼の魔力は確かにすごい。悪獣相手は魔力同士のぶつかり合いなので、思うほど力を発揮できないかもしれないが、対人戦では圧倒的でしょう。まさに生きる兵器です」
グレイ様は、絶賛した。尊敬しているようだが、同時にとてもうらやましそうだった。
生きる兵器は、今、積極的などこかの令嬢が彼の手を捉えようと伸ばしたのをスルリとかわしたところだった。
「彼がいると言うことだけで、他国にとっては脅威です」
他国にとっての脅威は、汗だくになっていた。なにしろ相手は数が多い。
悪獣相手ではないので、攻撃するわけにもいかない。ましてや彼は王家の一員である上、本日はホスト側なのだ。
「大変そうですわねえ」
「本当に」
つい、私たちは殿下の攻防戦に見とれてしまった。見ていておもしろい。まるでダンスを踊っているかのようだ。
とは言え、かなりの人たちがこの見ものを見ていた。
「王家の席に座っていれば、誰も来ないのにねえ」
ちょっとおかしそうにグレイ様が言った。
とは言え、王家の人間全員が座りっぱなしも良くないんだろうな。
陛下は陛下であいさつにくる人々に愛想を振りまくのに精一杯だし、定位置にいないといけないだろう。
王太子殿下も似たようなポジションだし、誰一人フロアに出ないのは傲慢だとか言われそうだ。
「でも、殿下は本当に女性好きで口説くのが大好きですから、案外、楽しんでらっしゃるのでは」
私は言った。私の顔さえ見れば、のべつまくなしに口説き回る。よそでもやっているに違いない。王子のくせに、そんなことばっかりやっていたら、ああなるのは当然の結果だ。
せめてグレイ様みたいに、会話に混ぜて相手をさらりと褒めるとか言う芸があれば、まだとにかく。
いつもの、あの口説きっぷりでは相手に勘違いされるだけだろう。
「「え?」」
私が今話しているのは、グレイ様なのだけど、後ろからも声が出た。セス様だった。
セス様は殿下のいつもの様子をよく知っているだろうに、何を驚いたみたいな声を出しているのかしら。
セス様は、グレイ様がやってきた途端に、私は空気ですみたいな態度を取り始めたので、グレイ様は気が付かないか、本当に空気だと思っているのだろうか。
「殿下は氷の殿下と呼ばれているのですが……」
私はクスッと笑った。
「聞いたことあります」
どこが氷なのか知らないけど。
「私なんか話したこともありませんので、判じかねますが」
なるほど。男に対して、氷なのか。
「男の方には、そんな風な態度なのでしょうか?」
「いや、そうではなくて、女性に対して冷たいと聞いていますよ?」
グレイ様がそう言い、私が何か返事をしようとした時、殿下のいるあたりから声がした。
他のご令嬢たちが殿下から離れた。
そして遠巻きにしている。
なんと、殿下と二人きりになっているのは、アデル嬢だった。
何が起きたのだろう?
「おおっ。なんかすごい! あの蛇のようにしつこいご令嬢方を追い払うとは」
「確かに! これ、面白いですね!」
私は夢中で観察した。横ではグレイ様も目をキラキラさせながら、成り行きを見守ってた。
「何が始まるんでしょうか?」
令嬢たちが後ろに下がったので、様子がよく見える。
アデル嬢が手に何か持って、殿下の鼻先に差し出しているみたい。
「まっ、まさか、あれは!」
あれ、例の媚薬じゃないかしら?
すごいわ。本気なんだわ。
何がすごいって、他の令嬢たちをどかしたところだ。
他の令嬢たちだって、殿下とお話しする気満々だったはずだ。
ちょっとやそっとで、離れてくれるはずがない。
だけど、アデル嬢にしてみれは、他の令嬢には、どいてもらわないと殿下が誰に惚れ込むかわからない。
(もしや、毒薬だとでも言ったのかしら?)
「あれはリーマン侯爵令嬢ですよね? アランソン様はリーマン侯爵令嬢が何を手に持っているのか、わかるのですか? 私には何かの瓶のようにしか見えませんけど」
アレとコレを足すと、そうなんじゃないかって結論が出るのよね?
殿下は、何事かリーマン侯爵令嬢と一言二言話をしていた。
「なんなんでしょうね?」
「二人きりでお話ししてますわね」
私たちは夢中になって見物した。
見ようによっては、仲良しに見えるかも?
と言うことは、やっぱり殿下に、あの薬は媚薬として作用するのか。
「す、すごい……」
私は思わずつぶやいた。
「効果あるんだ……」
だが、その時、側近の一人が殿下に近づき何事か囁いた。
リーマン侯爵令嬢が大勢の令嬢たちを追い払ってくれたので、側近は殿下に近づけたのだ。
側近らしい何人かの青年貴族が殿下のそばに来て、ややこしい連中から殿下を守るように周りを囲んだ。そしてホールから出ていってしまった。
「結局何も起きなかったですね? 何だったんでしょうね?」
残されたアデル・リーマン侯爵令嬢は呆然としているように見えた。
私の時ほど、効果は出なかったみたいだ。よくわからない。しかし、やはり殿下は悪獣並みだったか。次はセス様に試してみなくては。
「あなたは、何か知っているのですか?」
気がつくと、愉快そうに黒い目を躍らせたグレイ様が、私の顔をのぞき込むように尋ねた。
私はとぼけた。
「アデル嬢が殿下にアタックするって言っていましたのよ」
「なるほど。それで、あの瓶はなんですか?」
「わかりませんわ。何の瓶なんでしょうね?」
私はとぼけたけれど、グレイ様は何が何でも知りたいと言う顔つきをしていた。まずいわ。
「これはこれは。お珍しい。グレイ殿ではありませんか」
突然、セス様が会話に割り込んだ。
まるで今来たばかりのように。
「おや。これは大魔術師様のお越しですか。こちらに来られていたことに、全然気がつきませんでした」
グレイ様は、ちょっと驚いたような顔をして、セス様を見上げた。
ええと? セス様、ずっといましたよね? グレイ様、本当に気がついていなかったの?
「お久しぶりです。こんなところでお目にかかれるとは思っていませんでした」
グレイ様は私の隣から立ち上がり、セス様に話しかけた。
立ち上がってみると、非常に背の高いセス様ほどではないが、グレイ様もそこそこ背の高い方だった。
「ポーシャ様のおばあさまから頼まれているのですよ。様子を見てやって欲しいとね」
グレイ様は一瞬何の話か分からなかったようだが、直ぐに思い出したらしい。
「ああ、ベリー公爵夫人ですね。あの大魔術師の……」
この二人は仲がいいのかしら? 悪いのかしら? なんだか、バチバチと言う音が聞こえるような気がする。主にグレイ様の方が威圧感を出しているわ。
多分気のせいよね。
私が彼らを見ていると、なんだか面倒が増えそうな気がする。
だが、二人が、私を放っておいて、熱心に?話を始めた途端、横に別な若い貴族の男性二人が寄って来た。
「女性がアルメー・クロス勲章を授与されたのは初めてではないですか?」
二人ともなんだかすばらしい恰好の男性だ。一人は黒ビロードに豪華な金糸の飾り、もう一人は光沢のある上等な濃緑色の上着だ。にこやかに微笑みながらソフトな口調で話しかけてきた。
「アルメー勲章は軍事功労者に贈られる勲章ですからね。筋肉隆々とした女性を想像していたのですけど、全然違いました。いい意味で裏切られましたよ」
もう一人が、嬉しそうに言った。
「それどころではない。こんなに美しい人にはお目にかかったことがありませんよ」
二人とも、本気で感嘆の色を目にたたえていた。
一生懸命見つめてくる。
「不躾にも名前も名乗らずに話しかけたりして、申し訳ございません」
彼らは自分たちの名前をモレルとガルシアだと名乗った。二人とも聞いたことがある名前だった。
メイフィールド夫人が連れて来た家庭教師は、私に、毎日一時間貴族名鑑を音読させたのだ。
「社交界に出た暁には、必ずや必要となります!」
なんて無駄な作業をさせるんだと思っていたけど、現在、猛烈に役に立っている。
何が役に立ったかって、単に人の名前を延々と読ませ続けるだけではなかったからだ。
「モレル伯爵には令息が二人おられます。次男は騎士学校に入学、優秀な成績で騎士団に入られご活躍と聞いております。お友達にガルシア男爵がいます。こちらも次男ですが、大富豪のご子息で、同じく騎士団でご活躍と聞いております」
なんのための家庭教師だったのか、今、理解できたわ。
「ポーシャ・アランソンですわ」
「本当にお美しい。どうして今まで気が付かなかったのだろう」
一人が言うと、もう一人も言った。
「パーティー会場にほぼ一番乗りで、ずっと見ていましたのに」
「こいつは本当に目がいいんです。何ものも見逃さない。それがどうしたことやら。こんなにも美しい宝石に気がつかないだなんて」
歯が浮く。
「まあ、褒めすぎですわ。何をおっしゃることやら」
そう言った途端、後ろから声がかかった。
「ポーシャ嬢、私からも同じ言葉を贈らせていただきたい」
この声はグレイ様だ。
「この美しい珍しい銀の髪と、これほどまでに美しい顔立ち、まるで神が作りたもうた最高傑作ですよ」
私は誰からも褒められたことなんかないのですけどね? 目の腐った殿下とセス様以外。
この事態はいったいどうしたことだろう。
初めてお目にかかった三人の男性から、絶世の美女と褒めまくられる。
しかも三人はにこやかに微笑んでいるものの、なぜか怖い。
セス様にも美人なんですよ、気を付けましょうねと、よく注意されたけど、気のつけようがなかった。だって、みんな背後や横から声をかけてくるのだもの。
若いモレル様とガルシア様はとてもおしゃれで、いかにもモテそうだし、そもそもモテたがっているように見える。グレイ様は定評のある熟練のモテ男だ。
それがそろって、何やらもの欲しそうな視線を送って来る。
困った。
助けて欲しいのに、唯一、ギラツキ感のないセス様は、気配を消している。
「あのう、先ほどまでいらしゃったマルク様は?」
「マルク様? ああ、大魔術師様のことだね? ルーカス殿下の側近だから、殿下の元に戻ると言っていたよ」
グレイ様はどことなしに満足そうに答えた。追い払ったつもりになっているのかもしれない。
そのマルク様ことセス様は、グレイ様の真後ろに立って、人差し指を唇に当てて、黙ってと言う身振りをしている。
私は、ちょっとゾッとした。
セス様の魔術って、本当なんだ。
モリス様とガリシア様の二人は、セス様と話をしなかったせいか、更に気がついていない様子だ。
私は身をもって魔術を目の当たりにした。
今、セス様は気配を消す魔法を自分自身にかけている。他の三人には、セス様の姿は全く見えていないみたい。
だけど、私にはセス様は普通に見えている。
セス様にも、私には見えていることがわかっているらしく、黙っているようにと言うサインを送ってよこした。
すごい……あの魔術を教わりたい。
私が知らないことが、世の中には一杯あるんだ。
「もしよかったら、ダンスのお相手をお願いできませんか?」
モリス様の一言に私はハッとした。彼の青い目がじっと私を見つめてくる。
「何かに見とれていらっしゃるだなんて、嫉妬しますね。その対象に」
グレイ様が低い声で言いだした。
「今晩、最初にお話ししたのは私ですよ。ぜひ、一曲」
そう言うとグレイ様は手を差し伸べた。
「ファーストダンスをお願いできたら、どんなに名誉なことか。僕では役不足だとわかってはいますけど」
澄んだ茶色い目のガルシア様は、身をかがめて頼むように言ってくる。
ううむ。若いガルシア様はお願い戦法で勝負に出るのか。彼はくるくるの巻き毛がキラキラしているかわいい系のイケメンだもんね。
若いと言っても私よりは年上だと思うけど。
そのギラツキ具合、怖いんですけど。そして、誰と踊っても角が立ちそう。三分裂して全員と踊ったらいいんでしょうけど、そんな魔法は教科書に載っていなかったな。
私は驚いて尋ねた。
「ゼロって訳ではありません。あなたみたいに力のある魔術師が本当に稀だと言うだけで。まあ、確かに、魔力持ちの数自体も少ないでしょうね」
セス様は黙って聞いていたが、彼はきっと知っているのだろう。
「ほら、ルーカス第二王子殿下があそこにおられる。素晴らしい魔法力の持ち主だ」
ルーカス第二王子殿下は、確かにものすごく目立っていた。
本日の目玉、いや注目の的である。
なにせ受勲者でもあり、今回の悪獣騒ぎの立役者だ。
「彼の魔力は確かにすごい。悪獣相手は魔力同士のぶつかり合いなので、思うほど力を発揮できないかもしれないが、対人戦では圧倒的でしょう。まさに生きる兵器です」
グレイ様は、絶賛した。尊敬しているようだが、同時にとてもうらやましそうだった。
生きる兵器は、今、積極的などこかの令嬢が彼の手を捉えようと伸ばしたのをスルリとかわしたところだった。
「彼がいると言うことだけで、他国にとっては脅威です」
他国にとっての脅威は、汗だくになっていた。なにしろ相手は数が多い。
悪獣相手ではないので、攻撃するわけにもいかない。ましてや彼は王家の一員である上、本日はホスト側なのだ。
「大変そうですわねえ」
「本当に」
つい、私たちは殿下の攻防戦に見とれてしまった。見ていておもしろい。まるでダンスを踊っているかのようだ。
とは言え、かなりの人たちがこの見ものを見ていた。
「王家の席に座っていれば、誰も来ないのにねえ」
ちょっとおかしそうにグレイ様が言った。
とは言え、王家の人間全員が座りっぱなしも良くないんだろうな。
陛下は陛下であいさつにくる人々に愛想を振りまくのに精一杯だし、定位置にいないといけないだろう。
王太子殿下も似たようなポジションだし、誰一人フロアに出ないのは傲慢だとか言われそうだ。
「でも、殿下は本当に女性好きで口説くのが大好きですから、案外、楽しんでらっしゃるのでは」
私は言った。私の顔さえ見れば、のべつまくなしに口説き回る。よそでもやっているに違いない。王子のくせに、そんなことばっかりやっていたら、ああなるのは当然の結果だ。
せめてグレイ様みたいに、会話に混ぜて相手をさらりと褒めるとか言う芸があれば、まだとにかく。
いつもの、あの口説きっぷりでは相手に勘違いされるだけだろう。
「「え?」」
私が今話しているのは、グレイ様なのだけど、後ろからも声が出た。セス様だった。
セス様は殿下のいつもの様子をよく知っているだろうに、何を驚いたみたいな声を出しているのかしら。
セス様は、グレイ様がやってきた途端に、私は空気ですみたいな態度を取り始めたので、グレイ様は気が付かないか、本当に空気だと思っているのだろうか。
「殿下は氷の殿下と呼ばれているのですが……」
私はクスッと笑った。
「聞いたことあります」
どこが氷なのか知らないけど。
「私なんか話したこともありませんので、判じかねますが」
なるほど。男に対して、氷なのか。
「男の方には、そんな風な態度なのでしょうか?」
「いや、そうではなくて、女性に対して冷たいと聞いていますよ?」
グレイ様がそう言い、私が何か返事をしようとした時、殿下のいるあたりから声がした。
他のご令嬢たちが殿下から離れた。
そして遠巻きにしている。
なんと、殿下と二人きりになっているのは、アデル嬢だった。
何が起きたのだろう?
「おおっ。なんかすごい! あの蛇のようにしつこいご令嬢方を追い払うとは」
「確かに! これ、面白いですね!」
私は夢中で観察した。横ではグレイ様も目をキラキラさせながら、成り行きを見守ってた。
「何が始まるんでしょうか?」
令嬢たちが後ろに下がったので、様子がよく見える。
アデル嬢が手に何か持って、殿下の鼻先に差し出しているみたい。
「まっ、まさか、あれは!」
あれ、例の媚薬じゃないかしら?
すごいわ。本気なんだわ。
何がすごいって、他の令嬢たちをどかしたところだ。
他の令嬢たちだって、殿下とお話しする気満々だったはずだ。
ちょっとやそっとで、離れてくれるはずがない。
だけど、アデル嬢にしてみれは、他の令嬢には、どいてもらわないと殿下が誰に惚れ込むかわからない。
(もしや、毒薬だとでも言ったのかしら?)
「あれはリーマン侯爵令嬢ですよね? アランソン様はリーマン侯爵令嬢が何を手に持っているのか、わかるのですか? 私には何かの瓶のようにしか見えませんけど」
アレとコレを足すと、そうなんじゃないかって結論が出るのよね?
殿下は、何事かリーマン侯爵令嬢と一言二言話をしていた。
「なんなんでしょうね?」
「二人きりでお話ししてますわね」
私たちは夢中になって見物した。
見ようによっては、仲良しに見えるかも?
と言うことは、やっぱり殿下に、あの薬は媚薬として作用するのか。
「す、すごい……」
私は思わずつぶやいた。
「効果あるんだ……」
だが、その時、側近の一人が殿下に近づき何事か囁いた。
リーマン侯爵令嬢が大勢の令嬢たちを追い払ってくれたので、側近は殿下に近づけたのだ。
側近らしい何人かの青年貴族が殿下のそばに来て、ややこしい連中から殿下を守るように周りを囲んだ。そしてホールから出ていってしまった。
「結局何も起きなかったですね? 何だったんでしょうね?」
残されたアデル・リーマン侯爵令嬢は呆然としているように見えた。
私の時ほど、効果は出なかったみたいだ。よくわからない。しかし、やはり殿下は悪獣並みだったか。次はセス様に試してみなくては。
「あなたは、何か知っているのですか?」
気がつくと、愉快そうに黒い目を躍らせたグレイ様が、私の顔をのぞき込むように尋ねた。
私はとぼけた。
「アデル嬢が殿下にアタックするって言っていましたのよ」
「なるほど。それで、あの瓶はなんですか?」
「わかりませんわ。何の瓶なんでしょうね?」
私はとぼけたけれど、グレイ様は何が何でも知りたいと言う顔つきをしていた。まずいわ。
「これはこれは。お珍しい。グレイ殿ではありませんか」
突然、セス様が会話に割り込んだ。
まるで今来たばかりのように。
「おや。これは大魔術師様のお越しですか。こちらに来られていたことに、全然気がつきませんでした」
グレイ様は、ちょっと驚いたような顔をして、セス様を見上げた。
ええと? セス様、ずっといましたよね? グレイ様、本当に気がついていなかったの?
「お久しぶりです。こんなところでお目にかかれるとは思っていませんでした」
グレイ様は私の隣から立ち上がり、セス様に話しかけた。
立ち上がってみると、非常に背の高いセス様ほどではないが、グレイ様もそこそこ背の高い方だった。
「ポーシャ様のおばあさまから頼まれているのですよ。様子を見てやって欲しいとね」
グレイ様は一瞬何の話か分からなかったようだが、直ぐに思い出したらしい。
「ああ、ベリー公爵夫人ですね。あの大魔術師の……」
この二人は仲がいいのかしら? 悪いのかしら? なんだか、バチバチと言う音が聞こえるような気がする。主にグレイ様の方が威圧感を出しているわ。
多分気のせいよね。
私が彼らを見ていると、なんだか面倒が増えそうな気がする。
だが、二人が、私を放っておいて、熱心に?話を始めた途端、横に別な若い貴族の男性二人が寄って来た。
「女性がアルメー・クロス勲章を授与されたのは初めてではないですか?」
二人ともなんだかすばらしい恰好の男性だ。一人は黒ビロードに豪華な金糸の飾り、もう一人は光沢のある上等な濃緑色の上着だ。にこやかに微笑みながらソフトな口調で話しかけてきた。
「アルメー勲章は軍事功労者に贈られる勲章ですからね。筋肉隆々とした女性を想像していたのですけど、全然違いました。いい意味で裏切られましたよ」
もう一人が、嬉しそうに言った。
「それどころではない。こんなに美しい人にはお目にかかったことがありませんよ」
二人とも、本気で感嘆の色を目にたたえていた。
一生懸命見つめてくる。
「不躾にも名前も名乗らずに話しかけたりして、申し訳ございません」
彼らは自分たちの名前をモレルとガルシアだと名乗った。二人とも聞いたことがある名前だった。
メイフィールド夫人が連れて来た家庭教師は、私に、毎日一時間貴族名鑑を音読させたのだ。
「社交界に出た暁には、必ずや必要となります!」
なんて無駄な作業をさせるんだと思っていたけど、現在、猛烈に役に立っている。
何が役に立ったかって、単に人の名前を延々と読ませ続けるだけではなかったからだ。
「モレル伯爵には令息が二人おられます。次男は騎士学校に入学、優秀な成績で騎士団に入られご活躍と聞いております。お友達にガルシア男爵がいます。こちらも次男ですが、大富豪のご子息で、同じく騎士団でご活躍と聞いております」
なんのための家庭教師だったのか、今、理解できたわ。
「ポーシャ・アランソンですわ」
「本当にお美しい。どうして今まで気が付かなかったのだろう」
一人が言うと、もう一人も言った。
「パーティー会場にほぼ一番乗りで、ずっと見ていましたのに」
「こいつは本当に目がいいんです。何ものも見逃さない。それがどうしたことやら。こんなにも美しい宝石に気がつかないだなんて」
歯が浮く。
「まあ、褒めすぎですわ。何をおっしゃることやら」
そう言った途端、後ろから声がかかった。
「ポーシャ嬢、私からも同じ言葉を贈らせていただきたい」
この声はグレイ様だ。
「この美しい珍しい銀の髪と、これほどまでに美しい顔立ち、まるで神が作りたもうた最高傑作ですよ」
私は誰からも褒められたことなんかないのですけどね? 目の腐った殿下とセス様以外。
この事態はいったいどうしたことだろう。
初めてお目にかかった三人の男性から、絶世の美女と褒めまくられる。
しかも三人はにこやかに微笑んでいるものの、なぜか怖い。
セス様にも美人なんですよ、気を付けましょうねと、よく注意されたけど、気のつけようがなかった。だって、みんな背後や横から声をかけてくるのだもの。
若いモレル様とガルシア様はとてもおしゃれで、いかにもモテそうだし、そもそもモテたがっているように見える。グレイ様は定評のある熟練のモテ男だ。
それがそろって、何やらもの欲しそうな視線を送って来る。
困った。
助けて欲しいのに、唯一、ギラツキ感のないセス様は、気配を消している。
「あのう、先ほどまでいらしゃったマルク様は?」
「マルク様? ああ、大魔術師様のことだね? ルーカス殿下の側近だから、殿下の元に戻ると言っていたよ」
グレイ様はどことなしに満足そうに答えた。追い払ったつもりになっているのかもしれない。
そのマルク様ことセス様は、グレイ様の真後ろに立って、人差し指を唇に当てて、黙ってと言う身振りをしている。
私は、ちょっとゾッとした。
セス様の魔術って、本当なんだ。
モリス様とガリシア様の二人は、セス様と話をしなかったせいか、更に気がついていない様子だ。
私は身をもって魔術を目の当たりにした。
今、セス様は気配を消す魔法を自分自身にかけている。他の三人には、セス様の姿は全く見えていないみたい。
だけど、私にはセス様は普通に見えている。
セス様にも、私には見えていることがわかっているらしく、黙っているようにと言うサインを送ってよこした。
すごい……あの魔術を教わりたい。
私が知らないことが、世の中には一杯あるんだ。
「もしよかったら、ダンスのお相手をお願いできませんか?」
モリス様の一言に私はハッとした。彼の青い目がじっと私を見つめてくる。
「何かに見とれていらっしゃるだなんて、嫉妬しますね。その対象に」
グレイ様が低い声で言いだした。
「今晩、最初にお話ししたのは私ですよ。ぜひ、一曲」
そう言うとグレイ様は手を差し伸べた。
「ファーストダンスをお願いできたら、どんなに名誉なことか。僕では役不足だとわかってはいますけど」
澄んだ茶色い目のガルシア様は、身をかがめて頼むように言ってくる。
ううむ。若いガルシア様はお願い戦法で勝負に出るのか。彼はくるくるの巻き毛がキラキラしているかわいい系のイケメンだもんね。
若いと言っても私よりは年上だと思うけど。
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