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第72話 独占魔法
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私たちは受勲者だった。
つまり、最初から大広間にいてよかったのである。
「そうだったの!」
知ってる令嬢たちは、誰と一緒に入場するかで散々もめていた。
メイフィールド夫人だって、私が誰にエスコートされるかでかなり苦慮していた。
相手がいませんもので。
私も入場の時のエスコートについては、一人で行きますと断言したものの、内心悪目立ちしそうで心配していたのだ。
殿下はエスコートは任せろと言っていたが、殿下なんかと一緒に入場したら、お一人様入場以上に大問題になる。
入場と同時に誰が来たかを大声で呼ばわる習慣と言うのは、便利なのかもしれないが、廃止した方がよいのではと真剣に悩んだ。そんなことをするから、いろいろと問題が生じるのよ。これを辞めさせる魔法って、どんな魔法がいいのかしら。何かの種類の黒魔術かしらと悩んでしまう。
だが、受勲者なら、会場の大広間の中で待っていられると言うこの設定! 素晴らしい!
しかも、すでに入場していると言う前提の受勲者たちは、椅子があって座って待つことが出来た。
こう言う特別扱いばっかり受けてたから、おばあさま、ぎっくり腰になったのね。
夏の終わりの大舞踏会に参加する人々が次々に来場する。
「アデル・リーマン侯爵令嬢、並びにヘンリー・リーマン卿」
アデル嬢は兄上と来場か。
会場はどんどん混み合っていく。
庭も解放された。数限りない提灯が用意されていて、よく手入れされた美しい庭に侍従たちが次から次に灯をともしていった。
「提灯は、夏の終わりの大舞踏会の名物なんだ」
一緒にいたセス様が説明してくれた。
私は夜の庭の方を見渡した。
それは美しいものだった。
大広間と庭を挟んで、離宮があった。離宮にも煌々と灯りが点いていた。
「あちらでも軽食が用意されている。こちらの大広間がもちろんメイン会場なので、楽団はこっちだけれどね」
私はなんだかワクワクしてきて、その様子を見ていた。
昼間の受勲式は、厳かで緊張した雰囲気があったが、今は違う。
人々もずっと楽し気だ。
突然、ファンファーレが鳴り響き、奥の大扉が開いた。
「陛下と王妃殿下が来られる」
国王陛下と何人かが大勢の人々にかしずかれながら、大広間に入って来た。
「国王陛下ご夫妻、王太子殿下ご夫妻、ルーカス殿下だ。後は侍従たちかな」
その場にいた全員が立ち上がり、一斉に陛下に向かって礼をして、王族の人たちは立ち上がって手を振った。
殿下はあの中のどこかにいるのかな? 王様って大変だなあ。
そしてもう一度ファンファーレが鳴り響いた。
それが合図だった。
楽団が音楽を始め、当然のように大勢のカップルがダンスの組になって踊り始めた。
踊らない人たちの方が圧倒的に多かったけれど。
少しすると、陛下のところに人々が列を作ってあいさつに向かっている。
「国王って大変だね」
セス様が言った。
「挨拶に行かなくてもいいのかしら?」
セス様はフフっと笑った。
「行かなくていい。今日はポーシャ嬢の面倒を見てくれと、特別にルーカス殿下から頼まれているんだ」
「ええ? なぜなの?」
「夏の終わりの大舞踏会は、王家主催の会だけど、無礼講なんだ」
確かに。私は周りを見回した。みんなとても、楽しそう。
「毎年、ケンカが起きたり、決闘騒ぎが起きたり、恋人たちが生まれたりしている。王家としては、むしろこの会は止めたいくらいなのだけど、貴族たちはとても楽しみにしている」
大広間から庭に繰り出す連中や、パートナーを変えながらダンスをしている人々もいた。
「王家の人たちと親密になれる良いチャンスだと言われると、やめられないのだろう」
「陛下は権力者ですものね。お近づきになりたいのでしょう」
私はつぶやくように言った。
だんだん、この社会の仕組みがわかり始めてきた。
「あなたも陛下と同じ側だと思うよ。取り入りたい連中の方が多いだろう。その上、この上なく高い身分の美しい若い娘だ」
「そんな。ついこの間まで、ちっともきれいではない平民の娘でしたし」
私はつぶやくように言った。その証拠に私の周りには誰もいなかった。
「君が一人で居たら、ダンスの申し込みが引きも切らない」
セス様がまじめな顔で注意した。
私はクスクス笑った。あり得ない。
学園でだって、誰も男性は近づいて来なかった。以前は、みすぼらしい平民の娘だった。そして今は多分、身分が高すぎるのと、近づきがたい雰囲気があるのだと思う。
「違うよ。近寄りにくい感じの魔法をずっとかけていた」
「なんですか? それは?」
「独占魔法だ。殿下の頼みでかけている。彼は心配性なんだ。小さい頃から自分のものだと信じていた小さな姫君を盗まれることを心配している」
うん。嘘臭い。確かにセス様は万能魔術師。でも、これはないわ。人の心を自由に操るみたいな魔法。
それに私は小さな姫君なんかじゃない。自分では、他人をも守れる豪傑タイプだと思っている。
無論、物語にある夢の王子様が迎えに来てくれたらなあとは思っている。
きっとその人は、私が安心して頼れるような人。甘えられる人。
しかし、現実問題として、そんな人はいない。
「この魔法は、あなたに下心のある連中を寄せ付けない素晴らしい魔法だ。これを解いてしまうと、色々な人たちがやって来る。特に男たちが」
「まさか。それはないでしょう」
私は笑った。
セス様が常にそばにいたわけではない。だからその独占魔法がずっとかかっていたわけではないと思う。自慢ではないが、私は殿下以外からは終始一貫して全くモテなかった。その点に関しては自信と実績がある。
その殿下と言えば、今日も当然かわいらしい令嬢たちに取り囲まれていた。
きっと鼻の下を伸ばしているに違いない。英雄、色を好むと言う言葉を思い出した。
私なんか関係なく、楽しんでいることは間違いない。
「ちょっと解いてみようか。ずっと守られっぱなしって、本当は良くないよ。現実を見ないとね」
「現実は見てますわ」
私はちょっとだけ悲しくなったけど、キッパリ言い切った。
唯一、寄ってくる男と言えば殿下だけ。
それはあそこで、大勢の女性に取り囲まれている。
私は完ぺきにモテない。そんな現実、見せてくれなくていい。
セス様はニヤーと笑った。
「解くよ」
次の瞬間、突然、私は大勢の人の視線に晒された。
まるで文字通り、目に見えない透明な幕が切って下ろされたみたいだった。
初めて気が付いた、みたいな目つきをしてこっちを見ている大勢の人々。
同じ年ごろの令嬢たちは目を見張り、もっと上の年代の人々はなんとなく値踏みするような雰囲気の人が混ざっていた。そして一番明らかに違っていたのは、セス様が言うように若い男性たちだった。
戸惑っているらしいが、他の人たちとは明らかに違う視線。
もしかして、セス様の魔法は本物だったの?
「もちろんだよ。保護魔法程ではないが、独占魔法も高度な魔法だ。そして本人に掛けるわけではない。周りにかける魔法だから、掛けやすい。周りの連中は大抵魔力がないから耐性もないからね」
だが、私はセス様の解説を聞いていなかった。危機が背中に迫っていた。
「アランソン様」
優し気な声が響いた。
私はびっくりして振り返った。
「ああ、驚かせてしまってすみません。後ろから声をかけるだなんて、ほめたことではありませんね」
誰だろう。
初めて見る顔だった。
黒いくせ毛に黒い瞳。はっきりした顔立ちで、とても魅力的だった。笑っているわけでもないのに、元々口角が上がり気味にできている口元は特に好感を与える。
彼は、物柔らかにニコリと笑った。
少なくとも学校の知り合いではない。
だって、どう見ても私よりずっと年上だ。
私の見たところ、この人、きっと女たらしと言う人種なんだわ。
それくらい見た目がそれっぽく、話がスマートだった。
「受勲されたのであなたのお名前を聞いて知っていますが、私の名前なんかご存じないでしょう。オスカー・グレイと言います」
そうそう。その名前。女たらしとして有名な人だわ。うちの家庭教師が教えてくれた。確かどこかの侯爵家の三男とされているけど、実は庶腹だとか。
経歴はよくわからない部分があると、物知りのうちの家庭教師さえ言っていた。でも、はっきりしない部分が多い方がモテるそうなの。
「どうして、わざわざ危険のありそうな方向へ行くのか、女性心理とは不可解ですなっ」
うちの家庭教師の先生は全然モテない……いまだに独身らしいから、女性心理がまるで分らないと言う自白は、すごく説得力があったわ。
いや、それはとにかく、グレイ氏の属性に関して、一番有名なのは、とてもお金持ちだと言うこと。
それも、自分で商売をしているらしい。どこかの侯爵家とやらは、彼のおかげで持ち直したらしい。それくらいの実力派らしいわ。
気に入った女性に接する時は、とても気が利いていて、気前がいいと評判だった。
私の耳にさえ入ってくるくらいですもの。
セス様を見ると微妙な顔をしていた。
なるほど。これはセス様にとっても意外だったと言うことね。独占魔法、解きましたなんて言ってすぐに、男性が現れるだなんてことないと思う。それもこんな魅力的で美しい男性が。
「ポーシャ・アランソンと申します」
「存じ上げておりますよ。お差支えなければ少しだけおしゃべりしませんか? 貴方のポーションについて」
おしゃべりと聞いた途端に断ろうかと思ったが、話題がポーションについてなら、全然許可しよう。
「ポーションをお作りになりますの?」
「いいえ」
彼は残念そうだった。
「私には魔力がないんです。侯爵家の出身なのにね」
「貴族だから必ずあるはずだなんて思い込み、貴族の家の生まれの者を不幸にすると思いますわ」
相手はこちらを見直した。
「あなたみたいな高位貴族で、しかも膨大な魔力を持っておらっしゃる方にそんなことを言われるとは思っていませんでした」
「でも、そうお思いになりません? 魔力の有無は単なるその人の個性ですわ」
それはそうともしれませんがと言って、彼は続けた。
「でも、あなたには誰もがうらやむ魔法力があるでしょう?」
グレイ様は本気でうらやましそうだった。
誰もがうらやむ……そうかもしれない。だけど私はその魔法力に背中をずっと押され続けてきたことにも気がついてきていた。
「でも、それを使わなきゃと思い込んでいるところがあるんです。私の作ったポーションで誰かが助かるかもしれないと感じたら、夜中でも作ってしまう。そんなあせりは、魔力がなければなかったかもしれない」
彼の長い指が、顎を撫でた。それを見て私は、グレイ様の顎が割れていることに気がついた。細かいことを!
「多分、違うと思いますね。あなたは、魔力がなくても、出来ることがあると思ったら行動すると思います」
ゆっくりとオスカー・グレイ様の口元が弧を描く。
「僕は好きですね、そう言う人」
すばらしい。なんて上手にほめるんだろう。これは絶対に参考にしなくてはいけない。
「ありがとうございます。グレイ様」
私はにっこり笑って感謝した。
興味のありそうな話題を見付ける。話題にする。相手にしゃべらせる。ほめる、または好感を抱いたと感想を述べる。
相手は必ず喜んで好感を持つだろう。
オマケにこの人は美貌だ。感じがいい。
グレイ氏は私の素直な感謝を受け取ってくれたらしい。彼も自然な笑みを返してくれた。
グレイ氏は見たところ私より五つ六つ年上のようだった。もっと上かも知れない。
貿易で成功しているそうだが、貿易とはまた胡散臭いジャンルだ。
「この国の特産のポーションを輸出したいんです」
グレイ様は言った。
「まあ。でも、私には、どんなポーションが特産なのかわかりませんわ。異国にポーションはございませんの?」
何かわかったらハウエル商会の会長の意見を聞いてみよう。新商品開発につながるかも知れない。
「もちろんありますよ。でも、この国ほど、魔術師が多い国は実はないんです」
つまり、最初から大広間にいてよかったのである。
「そうだったの!」
知ってる令嬢たちは、誰と一緒に入場するかで散々もめていた。
メイフィールド夫人だって、私が誰にエスコートされるかでかなり苦慮していた。
相手がいませんもので。
私も入場の時のエスコートについては、一人で行きますと断言したものの、内心悪目立ちしそうで心配していたのだ。
殿下はエスコートは任せろと言っていたが、殿下なんかと一緒に入場したら、お一人様入場以上に大問題になる。
入場と同時に誰が来たかを大声で呼ばわる習慣と言うのは、便利なのかもしれないが、廃止した方がよいのではと真剣に悩んだ。そんなことをするから、いろいろと問題が生じるのよ。これを辞めさせる魔法って、どんな魔法がいいのかしら。何かの種類の黒魔術かしらと悩んでしまう。
だが、受勲者なら、会場の大広間の中で待っていられると言うこの設定! 素晴らしい!
しかも、すでに入場していると言う前提の受勲者たちは、椅子があって座って待つことが出来た。
こう言う特別扱いばっかり受けてたから、おばあさま、ぎっくり腰になったのね。
夏の終わりの大舞踏会に参加する人々が次々に来場する。
「アデル・リーマン侯爵令嬢、並びにヘンリー・リーマン卿」
アデル嬢は兄上と来場か。
会場はどんどん混み合っていく。
庭も解放された。数限りない提灯が用意されていて、よく手入れされた美しい庭に侍従たちが次から次に灯をともしていった。
「提灯は、夏の終わりの大舞踏会の名物なんだ」
一緒にいたセス様が説明してくれた。
私は夜の庭の方を見渡した。
それは美しいものだった。
大広間と庭を挟んで、離宮があった。離宮にも煌々と灯りが点いていた。
「あちらでも軽食が用意されている。こちらの大広間がもちろんメイン会場なので、楽団はこっちだけれどね」
私はなんだかワクワクしてきて、その様子を見ていた。
昼間の受勲式は、厳かで緊張した雰囲気があったが、今は違う。
人々もずっと楽し気だ。
突然、ファンファーレが鳴り響き、奥の大扉が開いた。
「陛下と王妃殿下が来られる」
国王陛下と何人かが大勢の人々にかしずかれながら、大広間に入って来た。
「国王陛下ご夫妻、王太子殿下ご夫妻、ルーカス殿下だ。後は侍従たちかな」
その場にいた全員が立ち上がり、一斉に陛下に向かって礼をして、王族の人たちは立ち上がって手を振った。
殿下はあの中のどこかにいるのかな? 王様って大変だなあ。
そしてもう一度ファンファーレが鳴り響いた。
それが合図だった。
楽団が音楽を始め、当然のように大勢のカップルがダンスの組になって踊り始めた。
踊らない人たちの方が圧倒的に多かったけれど。
少しすると、陛下のところに人々が列を作ってあいさつに向かっている。
「国王って大変だね」
セス様が言った。
「挨拶に行かなくてもいいのかしら?」
セス様はフフっと笑った。
「行かなくていい。今日はポーシャ嬢の面倒を見てくれと、特別にルーカス殿下から頼まれているんだ」
「ええ? なぜなの?」
「夏の終わりの大舞踏会は、王家主催の会だけど、無礼講なんだ」
確かに。私は周りを見回した。みんなとても、楽しそう。
「毎年、ケンカが起きたり、決闘騒ぎが起きたり、恋人たちが生まれたりしている。王家としては、むしろこの会は止めたいくらいなのだけど、貴族たちはとても楽しみにしている」
大広間から庭に繰り出す連中や、パートナーを変えながらダンスをしている人々もいた。
「王家の人たちと親密になれる良いチャンスだと言われると、やめられないのだろう」
「陛下は権力者ですものね。お近づきになりたいのでしょう」
私はつぶやくように言った。
だんだん、この社会の仕組みがわかり始めてきた。
「あなたも陛下と同じ側だと思うよ。取り入りたい連中の方が多いだろう。その上、この上なく高い身分の美しい若い娘だ」
「そんな。ついこの間まで、ちっともきれいではない平民の娘でしたし」
私はつぶやくように言った。その証拠に私の周りには誰もいなかった。
「君が一人で居たら、ダンスの申し込みが引きも切らない」
セス様がまじめな顔で注意した。
私はクスクス笑った。あり得ない。
学園でだって、誰も男性は近づいて来なかった。以前は、みすぼらしい平民の娘だった。そして今は多分、身分が高すぎるのと、近づきがたい雰囲気があるのだと思う。
「違うよ。近寄りにくい感じの魔法をずっとかけていた」
「なんですか? それは?」
「独占魔法だ。殿下の頼みでかけている。彼は心配性なんだ。小さい頃から自分のものだと信じていた小さな姫君を盗まれることを心配している」
うん。嘘臭い。確かにセス様は万能魔術師。でも、これはないわ。人の心を自由に操るみたいな魔法。
それに私は小さな姫君なんかじゃない。自分では、他人をも守れる豪傑タイプだと思っている。
無論、物語にある夢の王子様が迎えに来てくれたらなあとは思っている。
きっとその人は、私が安心して頼れるような人。甘えられる人。
しかし、現実問題として、そんな人はいない。
「この魔法は、あなたに下心のある連中を寄せ付けない素晴らしい魔法だ。これを解いてしまうと、色々な人たちがやって来る。特に男たちが」
「まさか。それはないでしょう」
私は笑った。
セス様が常にそばにいたわけではない。だからその独占魔法がずっとかかっていたわけではないと思う。自慢ではないが、私は殿下以外からは終始一貫して全くモテなかった。その点に関しては自信と実績がある。
その殿下と言えば、今日も当然かわいらしい令嬢たちに取り囲まれていた。
きっと鼻の下を伸ばしているに違いない。英雄、色を好むと言う言葉を思い出した。
私なんか関係なく、楽しんでいることは間違いない。
「ちょっと解いてみようか。ずっと守られっぱなしって、本当は良くないよ。現実を見ないとね」
「現実は見てますわ」
私はちょっとだけ悲しくなったけど、キッパリ言い切った。
唯一、寄ってくる男と言えば殿下だけ。
それはあそこで、大勢の女性に取り囲まれている。
私は完ぺきにモテない。そんな現実、見せてくれなくていい。
セス様はニヤーと笑った。
「解くよ」
次の瞬間、突然、私は大勢の人の視線に晒された。
まるで文字通り、目に見えない透明な幕が切って下ろされたみたいだった。
初めて気が付いた、みたいな目つきをしてこっちを見ている大勢の人々。
同じ年ごろの令嬢たちは目を見張り、もっと上の年代の人々はなんとなく値踏みするような雰囲気の人が混ざっていた。そして一番明らかに違っていたのは、セス様が言うように若い男性たちだった。
戸惑っているらしいが、他の人たちとは明らかに違う視線。
もしかして、セス様の魔法は本物だったの?
「もちろんだよ。保護魔法程ではないが、独占魔法も高度な魔法だ。そして本人に掛けるわけではない。周りにかける魔法だから、掛けやすい。周りの連中は大抵魔力がないから耐性もないからね」
だが、私はセス様の解説を聞いていなかった。危機が背中に迫っていた。
「アランソン様」
優し気な声が響いた。
私はびっくりして振り返った。
「ああ、驚かせてしまってすみません。後ろから声をかけるだなんて、ほめたことではありませんね」
誰だろう。
初めて見る顔だった。
黒いくせ毛に黒い瞳。はっきりした顔立ちで、とても魅力的だった。笑っているわけでもないのに、元々口角が上がり気味にできている口元は特に好感を与える。
彼は、物柔らかにニコリと笑った。
少なくとも学校の知り合いではない。
だって、どう見ても私よりずっと年上だ。
私の見たところ、この人、きっと女たらしと言う人種なんだわ。
それくらい見た目がそれっぽく、話がスマートだった。
「受勲されたのであなたのお名前を聞いて知っていますが、私の名前なんかご存じないでしょう。オスカー・グレイと言います」
そうそう。その名前。女たらしとして有名な人だわ。うちの家庭教師が教えてくれた。確かどこかの侯爵家の三男とされているけど、実は庶腹だとか。
経歴はよくわからない部分があると、物知りのうちの家庭教師さえ言っていた。でも、はっきりしない部分が多い方がモテるそうなの。
「どうして、わざわざ危険のありそうな方向へ行くのか、女性心理とは不可解ですなっ」
うちの家庭教師の先生は全然モテない……いまだに独身らしいから、女性心理がまるで分らないと言う自白は、すごく説得力があったわ。
いや、それはとにかく、グレイ氏の属性に関して、一番有名なのは、とてもお金持ちだと言うこと。
それも、自分で商売をしているらしい。どこかの侯爵家とやらは、彼のおかげで持ち直したらしい。それくらいの実力派らしいわ。
気に入った女性に接する時は、とても気が利いていて、気前がいいと評判だった。
私の耳にさえ入ってくるくらいですもの。
セス様を見ると微妙な顔をしていた。
なるほど。これはセス様にとっても意外だったと言うことね。独占魔法、解きましたなんて言ってすぐに、男性が現れるだなんてことないと思う。それもこんな魅力的で美しい男性が。
「ポーシャ・アランソンと申します」
「存じ上げておりますよ。お差支えなければ少しだけおしゃべりしませんか? 貴方のポーションについて」
おしゃべりと聞いた途端に断ろうかと思ったが、話題がポーションについてなら、全然許可しよう。
「ポーションをお作りになりますの?」
「いいえ」
彼は残念そうだった。
「私には魔力がないんです。侯爵家の出身なのにね」
「貴族だから必ずあるはずだなんて思い込み、貴族の家の生まれの者を不幸にすると思いますわ」
相手はこちらを見直した。
「あなたみたいな高位貴族で、しかも膨大な魔力を持っておらっしゃる方にそんなことを言われるとは思っていませんでした」
「でも、そうお思いになりません? 魔力の有無は単なるその人の個性ですわ」
それはそうともしれませんがと言って、彼は続けた。
「でも、あなたには誰もがうらやむ魔法力があるでしょう?」
グレイ様は本気でうらやましそうだった。
誰もがうらやむ……そうかもしれない。だけど私はその魔法力に背中をずっと押され続けてきたことにも気がついてきていた。
「でも、それを使わなきゃと思い込んでいるところがあるんです。私の作ったポーションで誰かが助かるかもしれないと感じたら、夜中でも作ってしまう。そんなあせりは、魔力がなければなかったかもしれない」
彼の長い指が、顎を撫でた。それを見て私は、グレイ様の顎が割れていることに気がついた。細かいことを!
「多分、違うと思いますね。あなたは、魔力がなくても、出来ることがあると思ったら行動すると思います」
ゆっくりとオスカー・グレイ様の口元が弧を描く。
「僕は好きですね、そう言う人」
すばらしい。なんて上手にほめるんだろう。これは絶対に参考にしなくてはいけない。
「ありがとうございます。グレイ様」
私はにっこり笑って感謝した。
興味のありそうな話題を見付ける。話題にする。相手にしゃべらせる。ほめる、または好感を抱いたと感想を述べる。
相手は必ず喜んで好感を持つだろう。
オマケにこの人は美貌だ。感じがいい。
グレイ氏は私の素直な感謝を受け取ってくれたらしい。彼も自然な笑みを返してくれた。
グレイ氏は見たところ私より五つ六つ年上のようだった。もっと上かも知れない。
貿易で成功しているそうだが、貿易とはまた胡散臭いジャンルだ。
「この国の特産のポーションを輸出したいんです」
グレイ様は言った。
「まあ。でも、私には、どんなポーションが特産なのかわかりませんわ。異国にポーションはございませんの?」
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平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
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かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
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