【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi

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第71話 アルメー・クロス勲章授与式

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王宮は広い。

会場までは殿下の部屋から歩いて行かなくてはならない。

「ねっ? 殿下。一緒で良かったでしょう?」

セス様はルーカス殿下に話しかけた。

「四人で行動している分には、何の噂にもならない。ポーシャ嬢と二人で殿下の部屋から出てきたら、何を想像されても否定できないですからね」

「俺は何かあったと思って欲しいんだよ!」

メイフィールド夫人は目を輝かせ、私は目を伏せた。

「贅沢言いなさんな。とりあえず大舞踏会で婚約発表とかやめてくださいね。長引くだけだから」

殿下がいきなり黙った。

もしかして変なこと考えていた?


頭から湯気が出そうな担当者に案内されて、私は受勲式に臨んだ。

受勲式も夏も終わりの大舞踏会も、王城で最も大きい、最も正式な大広間で行われる。
受勲式は午後なかばから、大舞踏会は夕方から始まる。

会場は見たところ、広く豪華で、一部分が受勲式用に設えられていた。
かなりの数の椅子が並んでいて、栄えある賞なので、立ったまま式を見学している人々も大勢いた。

席順が決められていて、座ることが出来た。ほぼ真ん中の一列目だ。殿下は真正面の王族方の席にいた。

そして、何の気なしに後ろを振り返ると、いつだったか、レイビックの町の大本営で見かけたような陽気な爺さんたちが、猛烈に盛り上がっていた。

「ポーシャ様あ」

かすかだがそんな声も聞こえる気がする。

おかしい。

皆、えらく調子がよさそうだ。いや、見ない方がいい気がしてきた。



勲章を受け取る者たちは十人以上いるらしい。
私はぼんやりとその名前を聞いていた。
儀官の次の言葉を聞くまでは。

「ベリー侯爵夫人マーシャ・エリザベタは療養のためこの場に参加していないが、緑綬を贈与する」

療養?

おばあさま、そう言えば最近会ってない。

いつもの勝手だと思っていた。

でも、こんな場所では、誰かに聞くことさえできないわ。

「ルーカス・ウィリム 第二王子殿下」

ルーカス殿下が呼ばれて、黄綬を賜っている。

「そなたの魔力は赤だから、赤の方がふさわしいのだろうが、黄綬だ。魔獣を倒した数は誰よりも多いそうだな」

国王陛下は、全員の功績を知っていて、それぞれにふさわしい祝辞を一言述べられる。
だが、息子に対する言葉は温かく、誇りに満ちていた。

最後は私だ。

ちょっとドキドキする。

『でも、受勲は必要ですよ。あなたがあなたとして認められるために』

バスター君はいつでも正しい。

『楽に生きていくべきだ。女性らしいドレスも化粧も、余計な詮索を呼ばないために必要だよ。名誉もまた同じことだ。遠慮なんかする必要はない。あるがままのあなたが認められたと言うに過ぎない』

漆黒の闇の帝王もそう言った。

バスター君はこの会場にいない。
彼の身分ではあり得ない。

だけど魔法塔の代表で、筆頭大魔術師のセス様は来ていた。
仕事に行く時はさすがに妥協して、ちょっと目立つだけの服で出かける彼は、今日も場に合わせて隙のない夜会服に身を固めていた。

私の本日のドレスは、色は紺と地味だが、細かい刺しゅうを施され、刺繍と同じ模様をビーズで型どった紺よりやや薄い色調の薄手の生地でふんわりとおおわれていた。こんな豪華なドレスは着たことがない。歩くたびにキラキラと輝くのだ。

私はすっきりと立ち上がると、国王陛下の前に進み、優雅に身をかがめて礼をした。

「アランソン女公爵」

国王陛下はルーカス殿下に似ていた。怖いくらい鋭い目とそびえるような鼻、唯一違うところは、頭の毛が薄くなりかけていることだった。

だが、威厳はルーカス殿下とは比べ物にならなかった。

いや、国王陛下だもの。これくらいオーラがないと。

しかし、突然オーラは引っ込んだ。陛下がニコリと笑ったのだ。

「恒久的に悪獣を人里から遠ざける方法を見つけたことを讃えよう」

私はちょっとびっくりした。そんな風にほめてもらえるとは思っていなかったのだ。

「悪獣は、魔力を帯び、他の獣たちとは比べ物にならないくらい強力だ。悪獣の壊滅に突破口を開いた。そのことを讃えて赤綬を授与する。その類稀な魔法の才をたたえる。どうか今後とも、この国の安寧に尽くして欲しい」

国王陛下の声は朗々とよく響く。

聴衆は押し黙って陛下の言葉を聞いてた。陛下の声がひときわ大きくなった。

「その卓越した魔力と、功績をたたえて、ここ何十年来授与することがなかったアルメー・クロス勲章を授与する」

勲章はクロス型で、金で出来ていて真ん中に紅い石がはめ込まれていた

アルメー・クロス勲章。

王宮の広間を揺るがすほどの拍手が湧き、それぞれ勲章を胸にかけた受勲者は列になって出ていった。

先頭はもっとも格の高い勲章をもらった私。でも、王族たる殿下の前を歩くのはちょっと気が引けた。
そう思っていたら、殿下が進んできて並んだ。

「一緒に行こう」

私の方が功績は偉いんで! 私が先頭を歩くはず! でも、王族。

結局、並んで出ていくことになった。
拍手がうしろからついてきたが、それ以外に笑い声や話している声が混ざって聞こえてきた。

これ、だめな感じがする。

大広間から廊下に出ると、メイフィールド夫人が待ち受けていた。

「お待ちしておりました! この若さでアルメー・クロス勲章だなんて! でも、ダンスパーティーには重くてつけられませんから、お預かりしますわ!」

セス様もやってきた。

「あの、セス様は殿下の側近なのでは?」

「大丈夫、大丈夫。あっちには側近が他にもいるよ。殿下は勇猛果敢な魔法戦士の筆頭だしね! 王太子殿下より人気度では圧勝さ。それに殿下自身がポーシャ様に付いていろって命じたんだから」

「セス様、おばあさまは?」

勲章だの、大勢の拍手なんかより気になることがあった。
セス様はおばあさまの一番弟子だ。事情を知っているに違いない。

「何があったの?」

セス様は優しく言った。

「お年だからね。魔力の衰えはないけど、今まで魔力にばっかり頼っていたツケが回ってきたんだね」

「はい?」

「ぎっくり腰だよ。魔力戦は大活躍だったんだけどね。最初はね。だけど、しばらく療養しろと人間の医者に言われて、しぶしぶ筋トレに励んでるよ。人間、基本は体なんだなあ。殿下を見習わなくちゃね」

はああっ。つまり、それは魔法の絨毯にばっかり乗ってちゃダメってこと?

「魔術師である前に、人間だってことだよね」

それはとにかく、私たちは着替えのため来た道を戻った。

「次はダンスパーティ用のドレスに着替えます!」

控室をもらっている貴族なんかいるわけがない。ところが私はルーカス殿下の特別扱いで、殿下の部屋を使い倒すことが出来た。

「ほほほほほ。なんて楽なんでしょう!」

メイフィールド夫人は魔法が使えない。

しかしながら、私は使いたい放題。必要なものは服でも、お茶の用意でもなんでも持ってきたい放題だった。

こういった人が多い大行事の王宮での不自由さが身に沁みているメイフィールド夫人は、すっかり浮かれていた。

「ダンスパーティまで、時間がありますからね。でも、ゆっくりできるだなんて、夢のようですわ」

ちらっと見た王城の正門付近はぎっちり馬車で埋め尽くされていた。あれは大変だろう。

公爵邸に戻って着替えるか、殿下の部屋を借りるかでもめたが、結局セス様が部屋の見張りをすると言う条件で殿下の部屋を借りることになった。

ドレスは、泥棒魔法応用編で公爵家から取り寄せられ、さらにくつろぎ用のドレスはなぜか殿下が提供してくれた。

「下着で締め付けるのはきついから嫌だろう?」

くつろぎ用ドレスは、暖かな生地でやわらかく、着心地抜群だった。しかもぴったり。さらに言えば、完全な新品だった。

なぜ、ここにそんなものがあるのだろう。私は思わず眉を寄せてしまったらしい。
だって、不審じゃない?

「あれえ? 気に入らなかった? あんまり甘い感じのは好きじゃないかなと思って、薄いブルーのにしたんだけど」

殿下は自分も式典で着ていた衣装を脱いで、簡単なシャツとパンツに替えていた。

「別なのもあるんだ。こっちどう?」

殿下は衣裳部屋らしい隣の部屋のドアを開けると、中から落ち着いた濃いピンク色のドレスを出してきた。よく見ると薄いピンクで繊細な花の意匠が描かれていた。高そう。

「……誰用ですか?」

殿下は楽しそうに笑った。

「もちろんポーシャ用さ。サイズぴったりだろ。僕としてはこっちの方が似合うかなと思っているんだけど、どう? これに着替えない?」

「結構です」

どうして、いつこんなものを作ったんだろう。

思い出した。ドレスメーカーに行ったんだっけ。公爵令嬢にドレスは必需品だとか言って。
あの時、勝手に部屋着も頼んだのだろう。そして、この部屋に埋蔵していた。

なんだか、怖いって。

私は恐怖を覚えたが、殿下は楽しそうで嬉しそうだった。

ついでに言うとメイフィールド夫人も笑いが止まらないらしかった。

「なんて気が利いて、心配りできる方なんでしょう」

窓の外にチラリと見える延々と続く馬車の列のこと考えると黙っているしかなかった。

「軽食を頼むよ」

しかも平気でこんなことを頼むし。

「これだけ盛大な大舞踏会になると、意外と食べ物にまでたどり着けないものなんだ」

私はため息をくと、するっと王家の厨房から適当そうなものをちょろまかした。

王子殿下が共犯なら、誰も何も言わないだろう。

まったく関係ない筈のメイフィールド夫人とセス様もお相伴に預かり、楽しいお茶会が密かに開催された。そして、侍女がたった一人だと言うのに、完全に慣れた様子で殿下も手伝いに加わり、私の身支度は完ぺきに整えられた。

「着飾れば飾る程、美しい」

そんなことを言えば言う程、殿下が残念な存在に思えて来るんだけど。

ステキな美形のはずなのに。
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