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22 住み込みのリーゼル3
しおりを挟むその夜。仕事が終わり部屋へと戻ったリーゼルは、落ち着かない気持ちを静めるためにバルコニーへと出た。
涼しい風を浴びてみたが、やはり気分は落ち着かない。
(どうしよう……。いつになっても良いと陛下はおっしゃっていたけれど。なぜ私に会おうとなさっているのかしら……)
理由も聞いてみたが、単にリーンハルトの妹だから会ってみたいというものだった。
それだけの理由で、わざわざ地方領地の娘を呼び寄せるだろうか。しかもいつでも構わないからと。絶対に会うつもりのようだ。
男装がバレたわけではなかったので良かったが、新たな問題が浮上し気分が沈む。
再び下を向きながらため息をつきかけた時。皇宮の壁をよじ登ってくる小動物の姿が見えた。
その姿を見たリーゼルは、表情を明るくさせる。
「カイ!」
「リー様子を見にきたよ」
「カイ会いたかったわ。やっぱりリスの姿が一番ね」
バルコニーまで登ってきたカイを両手ですくい上げたリーゼルは、そのままカイに頬ずりした。しっぽのもふもふがとても気持ちいい。
「言っておくけど、女性に抱きしめられるのは恥ずかしいんだからな」
完璧使用人の彼としては、自分が愛玩動物の部類であることが、唯一の弱点だと思っている。
弱点どころか女性の興味を引くには、かなり有利な容姿だと思うが。
ぷっくりと頬を膨らませている姿すら愛おしくて、リーゼルは彼の頬をつついた。
「怒ったところも可愛い」
「くっ……。絶対、俺より小さい獣人と結婚してやるっ!」
これが、幼い頃からのカイの理想だ。
「それより聞いてよカイ。リーンの居場所がわかったわ」
「本当?」
「どうやら隣国へ留学しているみたいなの。それも、陛下の許可まで取っていたそうよ……」
「それじゃ、俺たちの苦労って……」
「私、泣きそう……」
「俺は怒りが湧いて来たけどな」
その姿で言われても迫力にかけるが、領地での大騒ぎを思い出すと、リーゼルも心穏やかではいられない。これまでの苦労はなんだったのか。
双子の兄のことは言葉を交わさずとも、手に取るように気持ちがわかると今まで思っていた。
けれど今回の騒ぎをきっかけに、今まで知らなかったリーンハルトを知ることになった。
そのせいか、今はリーンハルトが何を考えて留学までしているのか、皆目見当もつかない。
双子が急に遠い存在になってしまったようで寂しい。
「とにかく、領地へ手紙を送ってみるよ。もしかしたら俺たちが出発したあとで、リーンからの手紙があったかもしれないし」
「そうね。お願いするわ……」
再びカイの尻尾に顔を埋めるリーゼルを見て、カイはリーゼルの頬をなでた。
「ほかに何かあったの?」
はしゃぎながらカイにすり寄る際のリーゼルとは違い、このような雰囲気の時の彼女は大抵、何か不安があることが多い。
いつもは、リーンハルトよりも物怖じしない性格だと胸を張っているリーゼルだが、やはりシャーフ家の者。
精神面でもサポートするのがカイの役目だ。
「……ううん。少し疲れちゃっただけ」
(陛下が私に会いたがっていることは、まだ秘密にしておこう。これ以上、皆に心配はかけられないもの……)
「だからもう少しだけ、もふもふさせてね」
「仕方ないな」
時を同じくして、ディートリヒの部屋。外から声がすることに気がついたディートリヒは、静かにバルコニーへのガラス扉を開けた。
隣の部屋のバルコニーにはリーンハルトの姿が。
これからはこんなふうにも会えるのだと喜び、声をかけようとしたが。彼が抱きしめているものに気がつき、身体の動きが止まる。
リーンハルトが抱きしめているのはリスだ。微かに、カイ・アイヒの匂いを感じる。
(夜中に忍び込むほどの仲なのか……)
それから数日後。
ディートリヒは日に日にやつれていた。
リーンハルトと部屋を隣にしたのは失策だった。微かに甘い香りがしてくるし、リーンハルトが隣の部屋で寝ていると思うだけで、落ち着いて寝られやしない。
リーンハルトを守るつもりで部屋を隣にしたというのに、自分が一番の危険人物だと、ディートリヒは気づいてしまった。
これでは比喩的にも実際にも、狼になってしまいそうだ。
リーンハルトにまた、同じ恐怖を味わわせたくない。という気持ちがあるおかげで辛うじて、理性を保っている状態だ。
いっそのこと家へ帰したほうが安全だが、家にはカイ・アイヒがいる。やすやすとライバルにリーンハルトを渡したくはない。
心の中でそんな苦悩と戦いながら執務をしているディートリヒを、リーゼルは心配しながら見つめていた。
(最近の陛下は、いつも目の下にクマができているわ。今朝はお食事も残されたそうだし、どうなさったのかしら……)
侍従部屋を与えられるまでは元気だったはずなのに、陛下は日に日に体調が悪化しているように見える。
このままではいけないと思ったリーゼルは、レオンが執務室を出たタイミングを見計らって、彼を追いかけた。
「レオン卿……!」
「どうなさいましたか?」
「最近、陛下がお疲れのようなので心配です。私にもっとお手伝いできることはありませんか?」
そう申し出てみると、レオンは曖昧に微笑んだ。
「あー……。お気になさらす。陛下は今、病を罹っているんです」
「ご病気ですか! 今すぐお休みになられたほうが!」
それでなくても陛下は一日中、執務に追われている。仕事量が多すぎるのではないか。
「卿がご想像なさっている病とは、別ものと言いますか……。精神的なものなので、お仕事をなさっていたほうが気が紛れるのでしょう。いずれは解決するはずですので、どうか見捨てずに見守ってあげてください」
「陛下を見捨てるなんて恐れ多いです。これからも誠心誠意お仕えさせていただきます」
レオンは、これ以上は聞かれたくないかのように、すぐにこの場を離れる。
結局、陛下の役に立つ仕事はもらえなかった。
(仕事をしていたほうが気が紛れるだなんて……。悩み事でも抱えておられるのかしら)
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