23 / 37
23 住み込みのリーゼル4
しおりを挟むその夜。リーゼルが仕事を終えて部屋に戻り、寝る準備を整えた頃になっても、隣の部屋にディートリヒが戻った気配はない。
そっと扉を開けてみたが部屋の中は真っ暗。ベッドを使用した形跡もない。
(まだ、お部屋にお戻りになっていないわ)
心配になったリーゼルは、様子を見に行くことにした。
ディトーリヒからは夜は部屋から出るなと指示されているが、パウルの処遇はすでに皇宮中に知れ渡っている。簡単に襲われたりはしないだろう。
それでも陛下に心配をかけたくないリーゼルは、上着のフードを目深にかぶり、護身用の武器も持ち、こそこそと部屋を出た。
誰にも合わずに陛下の執務室へ到着すると、ドアの隙間から灯りが漏れていた。彼はまだ、この中にいるようだ。
ノックをしてみたが返事がない。
静かにドアを開けてみると、そこには執務机の上で伏せているディートリヒの姿が。
「陛下っ!」
慌ててリーゼルが駆け寄ると、彼は「……リーンハルトか」と確認しながら顔を上げた。
どうやら倒れていたわけではなさそうだ。
ほっとしつつディートリヒの顔を覗き込んだが、昼間よりも顔色が悪い。やはり具合が悪くて伏せていたのか。
「今すぐお医者様を呼んでまいりますね!」と部屋を出て行こうとしたリーゼルの腕を、ディートリヒが掴んで引き留めた。
「待て。俺はなんともない。うたた寝していただけだ」
「……本当ですか?」
そうは見えないが。疑いの目で見るリーゼルから、ディートリヒは視線を逸らした。
「それより、夜中に部屋を出たら危険だ。なぜここへ来たんだ?」
「陛下が心配だからです。近ごろいつもご体調がすぐれないご様子でしたので」
心配そうに見つめられて、ディートリヒは心臓がバクバクと波打つ。恐れられることは日常茶飯事だが、このように誰かから心配されたのは初めてだ。
よく見れば、ここまで来るために、彼自身もそれなりに身構えてきたようだ。
顔を隠すためのフードと、それに護身用の武器だろうか。
「……そのホウキは、護身用か?」
「はい。接近される前にこちらで、ひと突きにしようかと思いまして」
そこまでの勇気を持って、ここまで様子を見に来てくれたことが嬉しい。
ますますディートリヒは、リーンハルトに愛おしさを覚える。
「様子を見に来てくれて感謝する。部屋まで送るから、リーンハルトはもう休んでくれ」
「いいえ。陛下もどうか、寝室でお休みくださいませ」
「あ……いや。俺はこの机のほうが寝心地が良くてだな……」
「いけません! 今日は力づくでも寝室へお連れしますよ」
「待ってくれっ、リーンハルト……」
リーンハルトを振り払うことなどできないディートリヒは、なすすべもなく寝室へと連れ戻された。
ディートリヒの寝室へと戻ると、リーンハルトはテキパキと着替えを用意し始める。今日はどうしても寝室で寝なければいけないようだ。ディートリヒは徹夜を覚悟する。
「さあ、寝間着へお着替えしてください。お手伝いいたします」
「わかったから……。自分で着替えるからリーンハルトはもう下がれ」
こんな夜中に、リーンハルトがシャツのボタンを外している姿など、悠長に見ていられない。絶対に抱きしめてしまう。
ディートリヒは背を向けて着替えを始めた。
「では、陛下がぐっすりお眠りになれるよう準備をしてまいりますので、ベッドに入ってお待ちくださいね」
リーンハルトも無理に手伝おうとはせず、そう言い残して隣の部屋へと戻っていく。
(香でも焚いてくれるのだろうか……)
それなら番の香りも紛れて、眠れるかもしれない。
着替えを終えたディートリヒは、リーンハルトの指示どおりにベッドへと入り、彼を待った。
そしてすぐに戻って来たリーンハルトは、香の準備をしていたのではなく、なぜか羊の姿だった。
「お待たせいたしましたぁ」
「どうしたんだ、その姿は……?」
怖がらせた覚えはないし、リーンハルト自身も陽気な雰囲気だ。意味がわからずにいると、彼は「今夜だけ無礼をお許しくださいね」と断る。
そしてひょいっとベッドに上がると、ディートリヒの隣に座り込んだ。
「どうぞっ!」
つぶらな瞳をきらきらさせながらリーンハルトは、ディートリヒに何かをさせようとしている。
ふわふわの毛に覆われた、まるまるとしたフォルム。本能的に美味しそうという言葉が浮かんできた。
しかし食事として差し出されているはずがない。ますます意味がわからない。
「…………なにがだ?」
「私を抱きしめてお眠りください」
「はあっ……?」
ディートリヒは思わず間抜けな声を出した。
番の香りに当てられてうっかり襲ってしまわぬよう、苦悩してきたというのに。当のリーンハルトは呑気なものだ。
「皆、私を抱きしめて寝ると気持ちいいって言ってくれるんです。モフモフには自信がありますのでっ」
しかも自慢げ。
「皆とは一体、誰のことだ……」
そのご自慢のモフモフを、どの男に触らせていたというのだ。カイ・アイヒか。それともアカデミーの同級生たちか。
ディートリヒの頭の中は嫉妬で爆発しそうになる。
そんな気持ちにも気づかないリーンハルトは、きょとんとした顔で首をかしげる。
「もちろん家族ですよ?」
ばかばかしい妄想が一気に鎮火されて、ディートリヒはため息をついた。
完全にリーンハルトに振り回されている。
「リーンハルトは……、そのような無防備な姿をして、俺が怖くないのか?」
「陛下はいつも、お優しいですよ?」
「食べるための準備だったかもしれない」
「陛下は叙任式の際に、皆が怖がらないように気を遣っておられましたよね。そのような気遣いをしてくださる方が、獣人を食べるはずがございません」
まさかあの時の行動の意図に、気づく者がいたとは。
相手に恐怖を与えない努力は常にしてきたが、初対面で気がついてくれたのはリーンハルトが初めてだ。
ディートリヒは嬉しくて涙が出てきそうな顔を隠すため。いや。それを言い訳にして、リーンハルトに抱きついた。
「……確かに。家族が言うだけのことはあるな」
「お褒めくださりありがとうございます。お眠りになれそうですか?」
「ああ。もう夢の中にいるような気分だ」
ディートリヒは、この世の幸せを全て集めて抱いているような気分で、眠りについた。
118
あなたにおすすめの小説
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』
伊織愁
恋愛
人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。
実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。
二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる