【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り

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37 これからも(最終話)

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 それから一か月後。
 ディートリヒは執務室にて熱心にペンを走らせていた。

 最近は朝になると、いつも心が落ち着かない。今日はリーゼルに会えるのか。そればかり考えている。

 結局、夜の毛づくろいの約束も、リーンハルトによって却下された。未婚の妹に外泊はさせられないと。
 ディートリヒに対してあれほど恐怖していたリーンハルトも、妹のことになると必死に守る気持ちが出るようだ。

 それは仕方ないとしても、リーゼルに気軽に会えなくなってしまったのは問題だ。
 今までは当たり前のようにリーゼルがそばにいたが、彼女はもうディートリヒの侍従ではない。一応はリーンハルトが、妹のあとを引き継いだ。

 執務室の扉をノックする音が聞こえてきて、「おはようございます」と愛らしい声が聞こえてくる。

「リーゼル……!」

 しかし今日は、会えた。ディートリヒは幸せな気持ちいっぱいで彼女を迎える。

「申し訳ございません陛下。今朝は兄の体調が悪くて、私が代わりに参りました」

 リーゼルは申し訳なく事情を説明する。
 兄はたびたび体調が悪くなる。そのたびにリーゼルが代わりに男装して出勤している状態だ。
 体調不良の理由は主に心の問題。今はまだ、リーンハルトが皇宮に慣れるには時間がかかるようだ。

 それに加えて、ユリアーネとの問題もある。リーゼルが見る限り二人は運命の番のようだが、兄はその感情を『恐怖』として認識している様子。
 リーゼルはディートリヒへの感情に対してにぶい部分があったが、兄は兄で過敏すぎる。
 兄とユリアーネが気持ちを通わせるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

「気にしないでくれ。俺もリーゼルに会いたかったんだ。今日は一秒でも長く一緒にいたい」

 手招きされたのでリーゼルはいそいそと彼のもとへと向かう。そのまま手を広げたディートリヒに抱きしめられ、頬にキスされる。

「陛下。この恰好で誰かに見られたら、誤解をされてしまいますよ……」
「大丈夫だ。最近はまた、めっきり人が来なくなったからな」

 執務室が賑わっていた理由は、紛れもなくリーゼルがいたから。リーゼルの出勤が減ったことでまた、皇帝と官吏の間には恐怖という壁ができた。

「それより、ご両親の件は……?」

 心配そうに見つめられて、リーゼルはさらに申し訳なくなる。

「もそれがまだ、到着していなくて……」

 すぐにでも婚約を結びたいディートリヒは、リーゼルと心を通わせたその日のうちに、シャーフ伯爵へと結婚に関する手紙を送った。
 速達ワープゲート便で送り、リーゼルの両親がワープゲートで来られるよう通行券も同封したのだが。

 リーゼルの両親は「決心する時間がほしい」と馬車での移動を選んだ。
 それから十五日後に領地を出発する旨の連絡ももらったが、十日で到着できるはずの距離を、まだ低速で移動中らしい。

「リーゼルの両親に嫌われないか心配だ……」

 リーゼルの首に顔を埋めるディートリヒの姿が可愛くて、リーゼルは彼のさらさらの髪をなでた。
 国民から恐れられている皇帝のこのような姿を見られるのは、きっとリーゼルだけだ。

「両親は臆病ですが、陛下のお人柄を知ればきっと好きになると思います」
「そうだろうか……」
「兄もそうですから。陛下のおそばでなければ、皇宮での仕事を続けられる自信がないと申しておりましたわ」

 初めは皇帝が最も恐れる相手だったようだが、最近のリーンハルトは陛下のそばこそが皇宮での安住の地だと気がついたようだ。
 皇帝と思うと怖いが、未来の義兄だと思えば頼もしいのだとか。

 両親もきっとそうだ。肉食獣人と草食獣人のカップルは珍しいので今は対応に困っているだろうが、ディートリヒの性格を知れば安心して娘を嫁がせられる相手だと判断するに違いない。

「ところで陛下。こちらはお急ぎのお仕事ですか?」

 リーゼルは、執務机の上に散らばっている書類に目を留める。

「新しい法案を作成しているところだが、貴族の理解を得るには時間がかかるから、根気強く進めるつもりだ」
「大切な法案のようですね」
「とてもな。読んでみるか?」

 手渡された書類を読んだリーゼルは、目を見開く。まさかディートリヒがこのような考えを持っているとは考えもしなかった。

「女性の爵位……」
「女性にも爵位を得る権利があったなら、リーゼルは男装する苦労はせずにすんだだろからな」

(私みたいな苦労をする人をなくすために……)

 パウルに罰を与えた際と同じだ。彼はリーゼルだけでなく、皆の今後も考えてくれる素晴らしい君主だ。

「心から感謝します陛下」

 リーゼルが爵位を継ぐわけではないが、この法案が成立すれば救われる令嬢も多いはずだ。 

「まずは来年から、女性のアカデミーへの進学を推進つもりだ。そこで学んだ女性を積極的に官吏として採用すれば、必然的に爵位の必要性も生まれてくる。いずれ男性側も反対できない状況となるはずだ」
「それなら、陛下専属の侍女も作ってください。そうしたら兄と一緒に陛下のお世話ができますので」

 リーゼルは瞳を輝かせながらそうお願いする。それが叶えば彼といられる時間が増えるし、兄も今より仕事への安心感を得られるはず。
 名案だと思ったが、ディートリヒはくすりと笑みを浮かべる。

「リーゼルには、俺の隣という特等席を用意してあるんだが。それよりも侍女が良いのか?」
「あのっ……」

 良いわけがない。侍従の仕事が気に入っているばかりに、つい思いついただけ。同じくディートリヒのそばにいられるなら、隣のほうが良いに決まっている。
 慌てるリーゼルの頬を、ディートリヒは愛おしそうに触れてくる。

「リーゼルのおかげで、俺はさまざまなことに気がつけた。これからも俺のそばで気づかせてくれ。そしてこれからは、一緒に考えて、ともにこの国を良くしていきたい」
「はい。私も陛下のお隣にいられる日を心待ちにしております」

 両親の警戒心を解き、婚約期間を経て結婚までにはまだまだ時間がかかるが。
 それまで待てないリーゼルの男装生活は、これからも続きそうだ。

 これからはリーンハルト本人もいる。兄に迷惑をかけないためにも男装にはより一層、注意が必要。
 そう思いはしても、ディートリヒからの求めは拒めない。
 リーゼルは運命の番の本能に従いながら、彼と唇を重ねた。
 
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