悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています

廻り

文字の大きさ
7 / 55

06 ヴィンセント10歳 06

しおりを挟む

 やっと外へと出る気になったヴィンセントを連れて、エルは街へと出かけた。
 ここは帝国の首都の外れにある、平民が多く住む街だ。貴族が住む皇宮のそばとは異なり、道は舗装されていないので土埃が舞っているし、手入れされていない建物も多い。お世辞にも美しい場所とは言えない。

「この辺りに来るのは初めてよね? あまり綺麗な場所ではなくてごめんね」
「いいえっ。とても新鮮で興味深いです」

 嫌がるかと思ったが、ヴィンセントが意外と楽しそうに辺りを見回している。エルの家にも不満はないようだし、意外と適応力があるようだ。
 これならヴィンセントを連れて働けそうだ。
 「食べたいものとかあったら言ってね」と声をかけながら歩いていると、「エル。あの……」とヴィンセントがエルの袖を引いた。

「食べたいものあった?」
「そうではなくて。その……。子どもたちは大人と手を繫いで歩いています」

 何を熱心に見ていたのかと思えば、彼の興味はお店ではなく、人々の行動だったらしい。
 皇宮で護衛などに守られていたであろう彼には、手を繫ぐ意味がわからないようだ。

「そうね。そのほうが迷子になる心配がないから」

 そう答えると、ヴィンセントはもじもじしながらエルを見上げた。

「僕も、この街には不慣れなので迷子になってしまうかもしれません。エルには迷惑をかけたくないので、その……」

(もしかして、手を繫いでみたいのかしら?)

 親と手を繫いで歩いている子どもは、彼より小さな子たち。十歳の男の子なら手を繫ぐのは恥ずかしいかと思い、エルは気を遣っていたが。

「手。繋ごっか?」
「はいっ」

 自らエルの手をぎゅっと握ってきたヴィンセントは、嬉しそうにエルの顔を見上げた。

(可愛い……。手ちっちゃい……)


 お互いに満たされた表情を浮かべつつ手を繫いで歩きながら、エルはとある建物へとヴィンセントを案内した。

 ここは魔法師ギルド。この街で魔法師の仕事をしている者のほとんどが登録しているギルドだ。
 エルもこのギルドを通して、いつも依頼を受けている。

 ヴィンセントを連れて建物の中へと入るとすぐに、エルを見つけて両手を広げながら近づいてくる女性がいた。

「エル! 久しぶりだね」
「マスターお久しぶりです」

 エルに抱きついてきたのは、この魔法師ギルドのギルドマスター。エルの魔法の師匠でもある。
 中年を感じさせないはつらつとした雰囲気があり、たくましい腕で抱きしめられると少し痛いくらい。
 とにかくマスターは、街の魔法師を束ねるだけの器量がある人だ。 

「ずっと顔を見ていなかったから、心配していたんだよ。アークに様子を見に行かせようとしたんだけど、あいつ地方に飛ばされたらしくて――」

 そう話しかけたマスターは、ふとエルの横に目を向けてから、ぽかんと言葉を途切れさせた。
 小さな男の子が、エルの手を握りながら「エル、苦しくないですか?」と不安そうにしていたのだ。

「じつはこの子を引き取ったので、なにかと忙しくて」
「引き取った? どういうことだい?」

 マスターの執務室へ行くよう指示されたエルは、ヴィンセントを連れて二階の執務室へと向かった。マスターが重要な話をしたい際は、いつもここを使う。
 しばらくしてマスターは、三人分の飲み物をトレーに載せてやってきた。
 マスターはコーヒー、エルとヴィンセントにはココア。マスターにとってエルはまだ、子どもの枠に入るらしい。エルは微妙な気分でココアを受け取った。

「それで。どんなトラブルに巻き込まれたんだい?」
「トラブルではないですよ。この子、私の弟なんです。以前に治療依頼を受けた方が偶然、私とこの子のマナが同じことに気がついて。引き合わせてくれたんです」

 言い訳は事前に考えてある。マスターを騙すことに罪悪感はあるが、マスターを巻き込まないためにも、ヴィンセントの素性を知られるわけにはいかない。

「それじゃあ……」
「はい。私にも家族がいたんです」

 エルは孤児だ。物心ついた頃にはすでに孤児院で暮らしていた。
 院長先生の話によると、『母親のマナでマナ核を染めました』と手紙が添えられた状態でエルは、孤児院の玄関に捨てられていたのだとか。

 孤児にとってマナ核を誰が染めたかは、非常に重要だ。
 もしも本当の親が染めてくれたなら、いつか会えるかもしれない。やむにやまれぬ事情で離れているだけだと、希望が持てるから。
 エルも幼い頃は淡い期待を抱いていたこともあるが、まさか言い訳に使う日が来るとは思っていなかった。

「そうかい。良かったねエル」

 マスターは自分の事のように幸せそうな笑みを浮かべる。ソファから立ち上がり、ヴィンセントの前に膝をついた。

「私はこのギルドのマスターだ。君の名前は?」
「ヴィーです」
「良い名だヴィー。私にもマナ核を確かめさせておくれ」

 素直にヴィンセントがうなずくと、マスターはヴィンセントの服の上からマナ核の辺りを手で触れる。そして嬉しそうにうなずきながら「本当にエルと同じマナ――」と言いかけたところで、表情を一気に曇らせた。

「この子。マナ核の動きが不安定だね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

seo
恋愛
 血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。  いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。  これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。 #逆ハー風なところあり #他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

処理中です...