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第01話「監督」
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「シーズン開幕前に言っただろう! ボランチの補強は絶対に必要だったんだ!」
1stステージを20チーム中7位と言う不甲斐ない成績で終わった名門「横浜アルマーダ」のオーナールームに、清川 清彦監督の咆哮が響き渡った。
「今からでも遅くない! 森が必要なんだ! あいつが居れば――」
「彼は我がチームには相応しくない」
佐々木ゼネラルマネージャーが、窓の外から視線を外さずに、軽く手を上げて話を遮る。
「彼はもう37歳だ。もう終わった選手だよ。栄光と伝統ある我がアルマーダが、5年も前に一線を退いてJ2暮らしをしている選手など獲得する訳にはいかないんだ。分かるね?」
諭すような言い方ではあったが、その言葉には有無を言わせぬ命令的な響きがあった。
「佐々木さん、俺らは栄光や伝統を武器に試合をしてる訳じゃないんだ。一番使えるやつを使う。生え抜きだろうが人気のあるU-21代表だろうが、自分のためじゃなく、チームの為に戦う奴以外は使わない。それが分かってもらえないなら……俺はもうここには居られない」
GMの執務机に両手を突き、監督は最後の言葉を絞り出す。
現役時代を含めれば18年間、下っ端だった頃からの既知に対する、それは最後通告だった。
「……残念だよ」
GMは振り向くこともせず、ただそう答える。美しく磨き上げられた窓に映るその姿でも、その表情までは推し量れなかった。
11月。
清川清彦は、地方で行われた日本代表の親善試合の解説を終え、スポーツバーでJ3の試合を見ていた。
アナウンサーに言われた『清川監督は来季、何処で指揮を執られるんですか?』と言う質問が心を波立たせる。
『いやぁ、どこからも声がかからなかったのでね。もう草サッカーのチームでもタダでもいいから監督をやりたい気持ちですよ!』
いつもどおり、テレビ用の明るい表情でそんな軽口を叩いてみせたが、内心穏やかでは居られない。
チーム運営との確執、無理な補強のゴリ押し、YESマンしか使わず、有望な若手を腐らせたなど、業界内での清川の評価は地に落ちていた。
このままでは終われないと言う思いもあったが、もうやるべき事はやり尽くしたのではないかとも思う。
いっその事、本当に草サッカーチームでも作るか。
そう思いながら見るJ3の試合は酷いものだった。
「……なんだそのパス。これでプロでございだなんてよく言えたもんだ」
テレビの向こう、1万5千人は入るだろうJ規格のスタジアムには、ゴール裏にこびりついているシミのように見える、たった数百人のサポーター。
スポーツバー内でもほとんど誰も見ていないこの試合は、どうやら地元、多喜城FCが闘うアウェイゲームのようだった。
「そうなにょよ! 酷いにょ!」
突然隣のテーブルから、ろれつの回らない若い女の子に声をかけられる。
そこに居たのは、胸に「多喜城FC」と描かれたレプリカユニフォームを着たサポーターだった。
可愛らしい容姿に似合わない大ジョッキを両手で大変そうに持ち上げると、清川のテーブルに移動してくる。
「JFえりゅからJしゅりーに昇格して、あれから何かおかしいにょよ! 勘違いしてんじゃねーぞー!」
鬱屈としていた清川にとって、サッカーチームに入れ込んでいる女の子はいい退屈しのぎだ。
酔っては居るものの、女の子のサッカーに対する知識はかなりのもので、清川は久しぶりに仕事以外でサッカーに対する思いを熱弁する。好きだから続けてきたサッカーという素晴らしい趣味が、いつの間にか仕事になっていたことに、清川は気がついた。
3対0の完敗で試合も終わり、まだ1ヶ月以上のリーグ戦を残して、多喜城FCは最下位を決定した。店の常連だという女の子を店員に託して席を立つ清川に、女の子が名刺を手渡す。
「明日! 練習! 見に来てくらしゃい!」
適当に分かった分かったと返事をしてホテルに戻った清川は、次の日、なぜか多喜城FCの練習場に立ち寄っていた。
田園と住宅地の間に滑りこむように作られた練習場には、サビの浮いたゴールと汚れたボールが転がっていた。
クラブハウス……と言えば聴こえはいいが、こじんまりとしたプレハブの建物には人の気配もなく、10時にと約束したはずの自分が時間を間違えたかと思ったほどだ。
練習開始の時間を10分ほど過ぎた頃、自転車に乗った一人目の選手がやっと現れる。
男はプレハブの鍵がまだかかっている事を確認すると、ため息をついてネットの隙間から小さなグラウンドへと入り、ストレッチをはじめた。
続いて一人、二人と人が集まり始め、30分になる頃にはやっとクラブハウスの鍵も開く。白髪で見るからに好々爺然とした監督が指示を出し、ダラダラとしたランニング、鳥かごなどの高校生のような練習が惰性で続けられた。
つまらない。なんの情熱もない練習風景だ。
それでも我慢して10分ほど見ていたが、言いようのない苛立ちに襲われた清川は、ベンチから立ち上がった。
「酷いでしょう?」
踵を返した清川の目の前に、リクルートスーツに身を包んだ昨日の女の子が立っていた。
「あの、昨日はすみませんでした。清川清彦監督ですよね。あ……申し遅れました。私――」
「多喜城FCの運営団体、株式会社多喜城スポーツクラブ広報部長、伊達 雫くんだね」
清川は胸ポケットから昨日もらった名刺を取り出してヒラヒラとさせる。
「……部長と言っても、広報には私一人しか居ないんですけど、肩書がないと話を聞いて下さらない方も多いので……」
恥ずかしそうに頬を染めるその姿は、昨夜の雫とは別人のようだった。
練習場から笑い声が上がり、練習開始から15分も経たずに8対8のミニゲームが始まった。
「あんな練習じゃ何の強さも身につかない。……君は俺にこんなものを見せて、何をさせたい……いや、何がしたいんだ?」
清川はある種の予感を感じていた。
昨日蘇った子供の頃のようなサッカーへの情熱は、体の中で先ほど感じた言いようのない苛立ちと渾然一体となっている。それは胃の中に何か熱い塊を放り込まれたような感覚だった。
「率直な感想をお願いします。このチームは強くなれるでしょうか?」
「今のままでは無理だろう」
清川は即答し、もう一度ベンチに座り直すと、ミニゲームへ目を向けた。
J3の、最下位のチーム。練習もまともにやらない、プロ意識の低いチーム。
最初の印象は最悪だ。だがそんな色眼鏡を外してみれば、そこには確かに何千、何万分の1と言う競争を勝ち抜いて「プロサッカー選手」と言う職業についた者達の輝きが見え隠れしていた。
――俺ならどうする? 俺ならこいつらを戦う集団に変えられるか?
清川は口をつぐみ、身を乗り出すように黙って練習を見続ける。
返事を待っていた雫は、うつむいたままじっとしていたが、ついに意を決して口を開いた。
「失礼を承知でお願いします。……多喜城FCの指揮を執っていただけませんか?」
また返事はない。顎に手を当てたまま練習を見続ける清川の沈黙に耐え切れず、雫は耳まで赤くして再びうつむく。
「……すみません、無理なお願いでした。忘れてください。……でもS級を持っているコーチは我妻さんしか居なくて、でも来年80歳ですし……あの、契約金も少ししか無いんですけど……あの……私、どうしてもこのチームに強くなってもらいたくて……」
涙目でとりとめのない言葉をしゃべり続ける雫に、やっと顔を上げた清川が振り返る。
「四人……いや、最低限三人は補強しないと無理だな。一人は宛てがあるが……南米のストライカーを獲得できんか?」
「え?」
「え? じゃない。移籍ウィンドウが開いたら直ぐにブラジルへ飛んで、イキのいいやつを一人、見繕うぞ。それから、現有戦力の契約更改に俺も立ち会わせろ。後は……そうだな、この練習場の近くに俺の部屋を用意してくれ。ホテルからでは遠くてかなわん」
「は、はい」
「経営陣にも直ぐ会わせろ。それと、我妻監督にも紹介してくれ。出来れば明日からでも練習に参加したい。出来るか?」
「はい! 出来ます!」
「よし、良い返事だ」
この日の夜、雫は優勝の大皿を掲げる多喜城FCの夢を見、清川は来季の構想を練るために一睡もしなかった。
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「今からでも遅くない! 森が必要なんだ! あいつが居れば――」
「彼は我がチームには相応しくない」
佐々木ゼネラルマネージャーが、窓の外から視線を外さずに、軽く手を上げて話を遮る。
「彼はもう37歳だ。もう終わった選手だよ。栄光と伝統ある我がアルマーダが、5年も前に一線を退いてJ2暮らしをしている選手など獲得する訳にはいかないんだ。分かるね?」
諭すような言い方ではあったが、その言葉には有無を言わせぬ命令的な響きがあった。
「佐々木さん、俺らは栄光や伝統を武器に試合をしてる訳じゃないんだ。一番使えるやつを使う。生え抜きだろうが人気のあるU-21代表だろうが、自分のためじゃなく、チームの為に戦う奴以外は使わない。それが分かってもらえないなら……俺はもうここには居られない」
GMの執務机に両手を突き、監督は最後の言葉を絞り出す。
現役時代を含めれば18年間、下っ端だった頃からの既知に対する、それは最後通告だった。
「……残念だよ」
GMは振り向くこともせず、ただそう答える。美しく磨き上げられた窓に映るその姿でも、その表情までは推し量れなかった。
11月。
清川清彦は、地方で行われた日本代表の親善試合の解説を終え、スポーツバーでJ3の試合を見ていた。
アナウンサーに言われた『清川監督は来季、何処で指揮を執られるんですか?』と言う質問が心を波立たせる。
『いやぁ、どこからも声がかからなかったのでね。もう草サッカーのチームでもタダでもいいから監督をやりたい気持ちですよ!』
いつもどおり、テレビ用の明るい表情でそんな軽口を叩いてみせたが、内心穏やかでは居られない。
チーム運営との確執、無理な補強のゴリ押し、YESマンしか使わず、有望な若手を腐らせたなど、業界内での清川の評価は地に落ちていた。
このままでは終われないと言う思いもあったが、もうやるべき事はやり尽くしたのではないかとも思う。
いっその事、本当に草サッカーチームでも作るか。
そう思いながら見るJ3の試合は酷いものだった。
「……なんだそのパス。これでプロでございだなんてよく言えたもんだ」
テレビの向こう、1万5千人は入るだろうJ規格のスタジアムには、ゴール裏にこびりついているシミのように見える、たった数百人のサポーター。
スポーツバー内でもほとんど誰も見ていないこの試合は、どうやら地元、多喜城FCが闘うアウェイゲームのようだった。
「そうなにょよ! 酷いにょ!」
突然隣のテーブルから、ろれつの回らない若い女の子に声をかけられる。
そこに居たのは、胸に「多喜城FC」と描かれたレプリカユニフォームを着たサポーターだった。
可愛らしい容姿に似合わない大ジョッキを両手で大変そうに持ち上げると、清川のテーブルに移動してくる。
「JFえりゅからJしゅりーに昇格して、あれから何かおかしいにょよ! 勘違いしてんじゃねーぞー!」
鬱屈としていた清川にとって、サッカーチームに入れ込んでいる女の子はいい退屈しのぎだ。
酔っては居るものの、女の子のサッカーに対する知識はかなりのもので、清川は久しぶりに仕事以外でサッカーに対する思いを熱弁する。好きだから続けてきたサッカーという素晴らしい趣味が、いつの間にか仕事になっていたことに、清川は気がついた。
3対0の完敗で試合も終わり、まだ1ヶ月以上のリーグ戦を残して、多喜城FCは最下位を決定した。店の常連だという女の子を店員に託して席を立つ清川に、女の子が名刺を手渡す。
「明日! 練習! 見に来てくらしゃい!」
適当に分かった分かったと返事をしてホテルに戻った清川は、次の日、なぜか多喜城FCの練習場に立ち寄っていた。
田園と住宅地の間に滑りこむように作られた練習場には、サビの浮いたゴールと汚れたボールが転がっていた。
クラブハウス……と言えば聴こえはいいが、こじんまりとしたプレハブの建物には人の気配もなく、10時にと約束したはずの自分が時間を間違えたかと思ったほどだ。
練習開始の時間を10分ほど過ぎた頃、自転車に乗った一人目の選手がやっと現れる。
男はプレハブの鍵がまだかかっている事を確認すると、ため息をついてネットの隙間から小さなグラウンドへと入り、ストレッチをはじめた。
続いて一人、二人と人が集まり始め、30分になる頃にはやっとクラブハウスの鍵も開く。白髪で見るからに好々爺然とした監督が指示を出し、ダラダラとしたランニング、鳥かごなどの高校生のような練習が惰性で続けられた。
つまらない。なんの情熱もない練習風景だ。
それでも我慢して10分ほど見ていたが、言いようのない苛立ちに襲われた清川は、ベンチから立ち上がった。
「酷いでしょう?」
踵を返した清川の目の前に、リクルートスーツに身を包んだ昨日の女の子が立っていた。
「あの、昨日はすみませんでした。清川清彦監督ですよね。あ……申し遅れました。私――」
「多喜城FCの運営団体、株式会社多喜城スポーツクラブ広報部長、伊達 雫くんだね」
清川は胸ポケットから昨日もらった名刺を取り出してヒラヒラとさせる。
「……部長と言っても、広報には私一人しか居ないんですけど、肩書がないと話を聞いて下さらない方も多いので……」
恥ずかしそうに頬を染めるその姿は、昨夜の雫とは別人のようだった。
練習場から笑い声が上がり、練習開始から15分も経たずに8対8のミニゲームが始まった。
「あんな練習じゃ何の強さも身につかない。……君は俺にこんなものを見せて、何をさせたい……いや、何がしたいんだ?」
清川はある種の予感を感じていた。
昨日蘇った子供の頃のようなサッカーへの情熱は、体の中で先ほど感じた言いようのない苛立ちと渾然一体となっている。それは胃の中に何か熱い塊を放り込まれたような感覚だった。
「率直な感想をお願いします。このチームは強くなれるでしょうか?」
「今のままでは無理だろう」
清川は即答し、もう一度ベンチに座り直すと、ミニゲームへ目を向けた。
J3の、最下位のチーム。練習もまともにやらない、プロ意識の低いチーム。
最初の印象は最悪だ。だがそんな色眼鏡を外してみれば、そこには確かに何千、何万分の1と言う競争を勝ち抜いて「プロサッカー選手」と言う職業についた者達の輝きが見え隠れしていた。
――俺ならどうする? 俺ならこいつらを戦う集団に変えられるか?
清川は口をつぐみ、身を乗り出すように黙って練習を見続ける。
返事を待っていた雫は、うつむいたままじっとしていたが、ついに意を決して口を開いた。
「失礼を承知でお願いします。……多喜城FCの指揮を執っていただけませんか?」
また返事はない。顎に手を当てたまま練習を見続ける清川の沈黙に耐え切れず、雫は耳まで赤くして再びうつむく。
「……すみません、無理なお願いでした。忘れてください。……でもS級を持っているコーチは我妻さんしか居なくて、でも来年80歳ですし……あの、契約金も少ししか無いんですけど……あの……私、どうしてもこのチームに強くなってもらいたくて……」
涙目でとりとめのない言葉をしゃべり続ける雫に、やっと顔を上げた清川が振り返る。
「四人……いや、最低限三人は補強しないと無理だな。一人は宛てがあるが……南米のストライカーを獲得できんか?」
「え?」
「え? じゃない。移籍ウィンドウが開いたら直ぐにブラジルへ飛んで、イキのいいやつを一人、見繕うぞ。それから、現有戦力の契約更改に俺も立ち会わせろ。後は……そうだな、この練習場の近くに俺の部屋を用意してくれ。ホテルからでは遠くてかなわん」
「は、はい」
「経営陣にも直ぐ会わせろ。それと、我妻監督にも紹介してくれ。出来れば明日からでも練習に参加したい。出来るか?」
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