絶砂の恋椿

ヤネコ

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狩りの始末

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 トゥルース達がバハルクーヴ島を訪れてから幾度目かの砂蟲の襲撃を、砦の男達が退けた翌朝。念には念をと砂蟲避けの油薬で愛船を整備したタルズは、単身砂原へと船を出した。
「タルズさんが向かった島って、ここから遠いんですか?」
「片道で日暮れまでには着く距離、といったところだな。俺もこの島に来る時は世話になったよ」
 遠ざかるタルズの砂船を並んで見送りながら、カメリオはトゥルースに訊ねる。
 カメリオは、タルズが目指す島のことはよく知らない。物見櫓からは島影さえ見えないその島に対して、カメリオを含めた殆どの島民は、特に関心を抱くこともなかったのだ。
「それにしても――倉庫島なんて、変な名前ですね」
「島中に大きな石倉が建っているのは壮観だぞ。いつか、君も連れて行こう」
 カームビズ商会が統治する島には、本来の島名とは別に『倉庫島』と呼ばれる島が複数存在する。その呼び名の通り、商会に納めるための生産活動は行わず、他の島から運び込まれた品を保管し、適宜流通させるための拠点としての役割を担っているのだ。当然、善からぬ企みを持つ者達に狙われやすいため、島には商会所属の武装警備員達が多数駐在している。
「タルズさん、何日か帰らないって言ってましたね」
「ああ。タルズには、色々とお使いを頼んだからな」
「お使い……」
 その内訳を漠然と悟ったらしく、表情を曇らせるカメリオに、トゥルースは言葉を継いだ。
「俺がやろうとしていることは、君からすれば不快な行いだろうが――これからもついて来てくれるか?」
「……約束を好き嫌いで曲げるほど、俺は、子供じゃないです」
 カメリオの声は、正義感が強い若者らしくむくれている。やはりトゥルースが海都で慣れた遣り方は、この青年の肌には馴染まないのだろう。
「でも、こんなやり方は……俺、嫌いです」
「そうか」
 トゥルースとしても、カメリオの健全に育まれた良識を、自身の悪徳で染めたくはない。自らの信奉する戦神の名を授け、海都の言葉遣いを仕込み、暴力と謀略の構図の上に成り立つ世の理を教え込みながらも、トゥルースはカメリオに無垢な正しさを求めている。
「俺の遣り方が嫌いだと思う時は、今のように教えてくれ」
 それが歪んだエゴイズムに他ならないことは、トゥルースも自覚していた。だが、こうして自分の遣り方に真っ直ぐに反発しながらも、傍らに居てくれるカメリオに、トゥルースは恋情を募らせずにはいられない。
「……わかりました」
 一方、カメリオは歯痒さを感じていた。トゥルースの遣り方に反発を覚えながらも、良いと思える代替案が思い付かない自分自身にだ。
 これまでのカメリオの世界は、随分と単純に出来ていた。争いは拳を交えた後までは引き摺らず、憎む相手は砂蟲と母を捨てた父親のみであった。だが、今のカメリオはトゥルースの命を狙い、アルミロらの命運を弄んだクーロシュを憎く感じている。
 正面からクーロシュの顔面に一撃を喰らわす方法――これが見出せない自分が、カメリオには酷く無力に感じられた。
「タルズが戻るまでは、朝食の仕度は持ち回りだな。君は、得意料理はあるか?」
「……パンに卵を挟んだのくらいなら、できます」
「そうか。俺も、パンに魚を挟んだのが得意料理だ」
 トゥルースの言葉に、カメリオは僅かに頬を緩ませる。自信満々に言う割には自身とそう変わらないトゥルースの料理の腕に、可笑しみを覚えたのだろう。
「魚なんてこの島じゃ、油漬けのがたまに出回るくらいですよ」
「それなら、君の得意な卵を挟んだのを伝授してもらおうか」
 呆れたような笑みを浮かべて頷くカメリオに、トゥルースは深い笑みを返した。
「――そんじゃ、こいつは海都へ。ほんでこいつは……」
 翌朝。タルズは幾つかの油紙の包みを、倉庫島の郵便番に手渡していた。油紙に梱包されているのは、トゥルースから託された文書だ。郵便番は送り先毎に異なる連絡鳥達の腹に、淀みない手捌きで油紙を括り付けていく。
 倉庫島には、海都や各島々にを持つ連絡鳥が複数飼育されており、主に文書の郵送に活用されている。連絡鳥の飼育と調教を担っている郵便番もまた、カームビズ商会の商会員だ。
「急に押し掛けて早々、無茶をお頼みしやしたな」
「なんの。タルズさんと早々に再会が叶って、我々も嬉しいくらいですよ」
 この魔の季節とも言える砂蟲の繁殖期に、海都を追われたトゥルースに唯一人付き従った船頭タルズの侠気は、倉庫島の商会員の間でも評判であった。
「タルズさん、今回は何日か滞在するんでしたよね?」
「へえ。次の木の日までご厄介になりやす」
「やった! 僕、タルズさんの料理がまた食べたくって!」
 加えて、倉庫島の商会員達は、前回の滞在時に振る舞われたタルズが拵える海都仕込みの料理の味に、すっかり魅了されているようだ。
 二人の会話に割り込んできた年若い警備員がはしゃぐのを窘める郵便番も、どこか嬉しそうに口元を緩ませている。
「トゥルース様がバハルクーヴ島に赴任なさったのは、我々としても歓迎しているんですよ。なにせ――」
「酷かったですもんね! 前の人が!」
 口を挟んだ警備員に、郵便番は苦笑を浮かべながらも頷く。彼らがトゥルースの前任者から随分と横暴な振る舞いを受けたことは、タルズにも充分に察することができた。
「ったく……クーロシュ一家のモンは、ろくなもんじゃねえでやすな」
「そうなんですよ! このおじさんなんて、ずうっとしょうもないことで扱き使われちゃって……!」
「いや、まあ……しかし、あの家の者達は、些か横暴が過ぎますな」
 相槌を打ちつつ、二人の内心に燻るクーロシュ一家への反発心を焚き付けながら、タルズは悪意に勝る共通言語は無いと冷ややかな心情を覚える。
「クーロシュ一家を糾弾するってなら、僕も一肌脱ぎますよ!」
「そいつぁ、頼もしいでやすが……よろしいんで?」
「そりゃあもう! 豪族だからって、好き勝手やるのも限度があるってもんですよ!」
 警備員の無邪気な正義感に燃える瞳に、タルズは島で留守番をしているカメリオを思い出した。
(……尤も、あの坊主なら他人の陰口にゃ乗らんだろうが)
 苦笑いを布の下に隠して、タルズは神妙な声色を作り、クーロシュの疑惑を打ち明けた。
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