絶砂の恋椿

ヤネコ

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選別と和合

10―3

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 カームビズ商会の番頭トゥルースから告げられた言葉は、療養所で働く苦役刑囚達を大いに困惑させた。現在、療養所に患者として収容されている傭兵達が回復しつつあることを受けて、苦役刑囚達を新たな仕事場へ配置し直すと言うのだ。
「今後の身の振り方は、お前達自身で選んでもらおうか」
「え、選ぶってったって旦那……急に言われても、なあ?」
「そ、そうだぜ……俺ら、やっとこの仕事に慣れてきたってのに」
 寝耳に水だとばかりに、苦役刑囚達はトゥルースに訴える。そこそこに充実した日々を取り上げられることを、苦役刑囚達は嫌がっているようだ。
「今日中に答えを出す必要は無いさ。だが、お前達のこれからを決める大切なことだ。お前達はどうしたいか。どうなりたいかを、よく考えてくれ」
 困惑する苦役刑囚達に、トゥルースは優しく告げた。しかし、これまで身の振り方などろくに考えたことも無く、ただ美味い話に引き寄せられてきた結果、辺鄙な島で苦役刑を受ける羽目になった彼等からすれば、トゥルースの宿題はずいぶんと難題に思われた。
 不満と不安が入り混じった顔で見つめてくる苦役刑囚達に、トゥルースは右手の指を三本立てて、歌うように告げる。
「選択肢は大きく分けて三つだ。ここから具体的にどうしたいかの相談は、思い付いた者から俺に聞かせてくれ」
 トゥルースを取り囲む苦役刑囚達が頷いたところで、トゥルースは指を一本立てた。
「一つ目は、療養所での仕事に変わって従来の苦役刑を受けることだ。仕事は辛いが、刑期が明けるのは最も早いぞ」
「はあ……一つ目だと、自由の身になるのが早えーと」
「きついのはちょっとなあ」
 従来のバハルクーヴ島の苦役刑は溝浚い等の清掃作業から解体された砂蟲の加工まで多岐に亘るが、何れも気力と体力を酷く奪われるため、島民も嫌がる仕事ばかりだ。
 犯した罪を労働で償うことで真人間になったと他の島民に証明させる――という名目で、誰も好まない仕事を引き受ける労働力として使役するのだ。バハルクーヴ島の苦役刑囚は、商会が管理する他の島より再犯率が低いことからも、厳しい刑であることは間違いないだろう。
「二つ目は、この療養所で引き続き怪我人の看護をすることだ。今の患者である傭兵達が回復次第、お前達の仕事を教えてやってくれ」
 次は何を言われるのかと身構えていた苦役刑囚は、トゥルースが二本目の指を立てて継いだ言葉にほっとしたように表情を弛ませた。
「今まで通りってことかあ」
「今後は一般の島民の療養も引き受ける予定だ。主な患者は砦の鎚持ちだな」
「げぇっ!? あの連中を……!?」
 先の市場での取り締まりで、ムーシュの手下であった彼等が砦の男達からこっぴどく脅された記憶は、強い恐怖心として彼等の中に残っているようだ。まして、たかが破砕鎚一振りで砂蟲に躍り掛かる鎚持ちになど、頼まれても関わり合いたく無いのだろう。
「で、で、三番目はなんだってんだよ?」
 恐怖に舌がもつれているのか、吃ったような調子でトゥルースに続きを促す苦役刑囚に、トゥルースは頷いて三番目の指を立てた。
「三つ目は、農場で仕事をすることだ。仕事について学ぶ事は多いが、農場の者からはお前達を是非にと請われている」
 自分達が人から請われているという言葉に、苦役刑囚達は満更でも無いような顔で、お互いの顔を見合わせる。
「だが、刑期が明けても前のような自由な傭兵稼業には戻れないと思ってくれ。三つ目の選択肢を選んだ者達は、商会が管理する農場で農夫としてこの島で働いて貰う」
「うへぇ……よりにもよってこんな辺鄙な島で百姓暮らしかよ」
 呻くような声を上げた苦役刑囚は、生まれた島での農作業が嫌で傭兵稼業を選んだ男だ。この苦役刑囚の他の者達も、思い思いの独り言、或いは相談めいたぼやきを零す。
 どの選択肢もそれぞれの利点と欠点があることは、トゥルースの説明で苦役刑囚達も漠然とながらも掴めたのだろう。何れも楽な仕事ではない事から、彼等はようやく自らが課せられたのが苦役刑だということを思い出したようだ。
「旦那、一番目のきついやつだと刑期はどれくらいになるんで?」
 そこへ、苦役刑囚の一人がトゥルースに訊ねた。以前から苦役刑囚達との交流で、トゥルースは質問は遠慮無く発するように彼等に言いつけている。
「一番過酷な仕事で、次の乾期が始まる頃には刑期が明けることになるな」
 トゥルースの言葉には、苦役刑囚達もざわついた。通常、苦役刑は刑期が明けるまでに数年の月日を要するものを、たったの一年で刑期が明けるというのだ。一体どのように過酷な作業を課せられるものかと、質問した者はごくりと唾を呑み込む。
「作業中に命を落とす危険性もあるが、自由への一番の近道でもあるな。興味がある者は、追って俺に報せてくれ」
「お、おう……」
 トゥルースに質問した者は口を曲げながら、その背後の者はややむずついたような表情で、トゥルースの言葉に頷いた。
「他に、質問は無いか?」
 苦役刑囚達を見回して訊ねるトゥルースの言葉に、一人の男がおずおずと手を上げた。トゥルースが頷いて発言を促すと、男は緊張に鼻の穴を膨らませて言葉を発する。
「えと、三番目のを選んだら……必ず、商会の農場で雇ってもらえるのか?」
「もちろんだとも。刑期が明けたらそのまま、バハルクーヴ島民として商会の農場所属の身分となると思ってくれ」
「そ、そんなら……俺、三番目やるよ。農夫、やるよ」
 早速の立候補に、苦役刑囚達の間にどよめきが広がる。農夫として最果ての島バハルクーヴ島に永住しなければならない――言い換えれば、ようやく堅気の仕事で一所に落ち着くことができるというのは、中年を過ぎた稼げない傭兵であった男からすれば、破格の条件だと感じたのだろう。
「了解した。他の者達も、心が決まり次第俺に報せてくれ。重ねて言うが、これはお前達のこれからを決める大切なことだからな」
 先に告げられた言葉と同じ言葉を、苦役刑囚達は幾分神妙な顔つきで噛み締める。翌日も同じ時間に訪うことを約束し、トゥルースは療養所を後にした。
「あの人みたいに、農場で働くのを選ぶ人が多いといいですね」
 商会支部への帰路の中、療養所から幾分離れたところでカメリオはトゥルースに話し掛ける。トゥルースから日々学び、彼の思考を僅かながら理解しつつあるカメリオとしては、トゥルースが挙げた三つの選択肢は、苦役刑囚達が農場で働くことを選ぶよう誘導したものなのだろうと感じていた。
「そうだな。彼等のうち、三分の一も農場を選べば上出来だ」
 しかし、トゥルースの見立てが思ったよりも少ないことに、カメリオは長い睫毛が縁取る瞳を不可解そうに瞬かせた。
「あの人たちは、結構なおじさんだし――安定した暮らしを選ぶんじゃないんですか?」
「確かに、彼等の年で傭兵稼業に戻れば苦労は多いだろう。だが、生き方を変えるというのは年嵩であればこそ難しいからな」
 長年の習慣がなかなか改め難いように、中年に差し掛かるまでの半生を共にした傭兵という生き方を、彼等が易々とは捨てないだろうとトゥルースは考えている。現に、博打好きの者は最も過酷だが刑期も短い選択肢にわかりやすく関心を示していたし、これまで通りの療養所での仕事を選びたがる者も少なくないだろう。
「傭兵以外の生き方を知らない彼等が、これまでは見下していた――農夫としての生き方を自分から選ぶことは、勇気を必要とするだろうな」
「そうですね……傭兵の人たち、農場の人たちから好かれてないみたいですしね」
 表情を曇らせて新たな生き方を選ぶ苦役刑囚の前途を案じるカメリオに、トゥルースは微笑んで言葉を継いだ。
「生き方を変えるとは、未知を往く事だ。新たな自分と成るべく勇気を奮った彼等には、グラートが道標となることだろう」
 いくらグラートがその気でも、育てられる気概が無い者に農業を仕込んだところで、穴が空いた鉢に水を注ぐようなものだろう。だが、自らの選択で農夫としてこの島で生きることを選んだ者であれば、事情は変わってくる。
「どの道を選ぶにせよ、彼等を有効活用できることには変わらないが……双方に良い商いとなることを願いたいものだ」
 一度は自分の命を狙った咎人達ではあるが、現在は貴重な労働力であり島民候補だ。苦役刑囚にとっても納得が行く結果に行き着くことを、トゥルースは願っていた。
 苦役刑囚を案じて低くなったトゥルースの声色に、カメリオは口許を僅かに綻ばせた。
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