絶砂の恋椿

ヤネコ

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恋は盲目

16―1

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(傷付けるつもりは無かったが――結果的に、傷付けてしまったな)
 トゥルース自身としては、この島で素直な心根のままに育ったカメリオを、海都の臭いが染み付いた、利己的な悪意から遠ざけたい気持ちは変わらない。だが、その想いからトゥルースが払ったつもりの配慮は、カメリオを悲しませたのが現実だ。傍らに置いて慈しみたいという感情も身勝手なら、目耳に触れる物を選別したいと思うのも身勝手なのだと、トゥルースも理解はしている。心の距離が近づいたかと思えばまた離れてしまう、ままならなさは嚥下するパンの喉通りをやけに悪くしていた。
「――そうだ、マリウス君。市場のビオラ嬢から君に伝言があったんだ」
 スープの匙を置いたイフラースが、朗らかな声色でカメリオへ告げた言葉に、トゥルースも耳を傾ける。視線で追ったカメリオは、考え事をしていたのかどこか驚いた様子だ。
「えっと、ビオラが……? 俺に、ですか?」
「彼女のご近所さん方が、君を随分と恋しがってるそうだ。律儀に一人一人の伝言を教えてくれたけれども――君が顔を見せに行った方が、彼女達も喜ぶと思わないか?」
 バハルクーヴ島の市場区域を主に担当しているイフラースは、砦の親分ガイオの一人娘であり、市場で繕い物屋を営むビオラとも個人的な交流があるようだ。
「それなら、今度の休みにでも顔を出してきます」
 親切心を表情に感じさせるイフラースの提案を、カメリオは素直に受け入れた。幼い頃から顔馴染みであり、人一倍お人好しなビオラの顔を立ててやろうとも思ったのだ。
 しかしカメリオのこの返事に、イフラースは少し慌てて言葉を継いだ。
「いや、それでだなマリウス君。もし、良かったらなんだが――今日、俺と一緒に市場へついてきてくれないか? ああ無論、トゥルース様から許可をいただくのが大前提だが」
 そう言いながらトゥルースにちゃっかりと期待を込めた眼差しを向けるイフラースは、トゥルースにこの日外出の予定が無いことは把握しているようだ。
 抜け目がないことだと苦笑しながら、トゥルースはカメリオに訊ねた。
「マリウス、君はどうしたい?」
「俺……は、番頭さんの指示に従います」
 言葉を紡ぎながらもためらうようにトゥルースに視線を返したカメリオの様子は、トゥルースの目には息苦しそうに映った。やはり朝食前の遣り取りは、カメリオの中でも消化しきれていないのだろう。
「ならば、今日はイフラースについて市場を回ってくれ。用事が済んだら、後は自由時間にしてもらって構わない」
「わかり、ました」
 ぎこちなく返事をするカメリオに、トゥルースも胸にちくりとした痛みを感じる。しかし、気落ちしているカメリオに室内で自分の手伝いをさせるよりは、青空の下でイフラースの手伝いをさせる方が彼の気が幾分紛れるだろうとトゥルースは考えた。
(……やっぱり、呆れられたよね)
 カメリオは自身が不安に駆られてトゥルースの言いつけを破ったことに、気まずいような恥ずかしさを抱いていた。トゥルースから信用されているタルズから揶揄われたことに、やきもちめいた反発心を抱いてしまった自身の未熟さもまた、カメリオの胸の中心に重く蟠る。
 何時ものようにトゥルースの手伝いをして時間を過ごすのではなく、イフラースの手伝いをして過ごすよう申し付けられたのは、気不味い想いを抱える自分へのトゥルースの慮りなのだろうとはカメリオも理解している。仕事に打ち込みながら頭を冷やすべきだという考えとは別に、トゥルースから離れることを寂しいと感じる自身の心を、カメリオは居心地が悪く感じていた。
「それじゃあ、マリウス君。今日はよろしく頼むよ」
 カメリオの様子を緊張していると捉えたらしく、イフラースは年長者らしい声色で会話を締めくくる。カメリオはイフラースの気遣いに、思考を切り替えるべく瞬きをして応えた。
「俺こそ、よろしくお願いします。イフラースさん」
 できるだけ明るく応えようと努めた声は、わざとらしくはなかっただろうか。カメリオは自身が、商会員マリウスの仮面を上手く被れていることを願った。
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