絶砂の恋椿

ヤネコ

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恋は盲目

16―2

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「俺がついて行くことで、どんな風にイフラースさんの役に立つんですか?」
 朝方に降ったらしい雨が生乾きとなった市場への道を行きながら、カメリオはイフラースに訊ねる。カメリオのことはその気立ての良さを認めながらも、美貌と腕っ節ばかりが取り柄の青年だと認識していたイフラースは、彼が自身の同行の利点を知りたがっていることに、おや、と感心した。
「そうだな、マリウス君。市場のお嬢さんたちが君に会いたくてたまらないと、恋しがっている気持ちを活用させてもらう」
「俺……あの人たちを口説いたりは、できませんけど」
 やや不審げに眉をひそめたカメリオに、イフラースは笑ってカメリオの懸念を打ち消す。イフラースとしても、市場区域で働く乙女たちの噂話から聞こえてくる硬派なカメリオ像から外れた振る舞いを、カメリオに求めるつもりは無い。
「いいや。マリウス君は、普段通りにしていてくれ。市場に殆ど顔を出さなくなった君と久しぶりに接点を持てたと彼女たちが感激する状況が、俺の仕事をやりやすくするというものだ」
 全く悪びれる様子もなく、乙女たちの心を玩ぶ行いを口にするイフラースに、カメリオは内心で不愉快を覚えた。交渉を優位に進める手段として、相手の好感情をくすぐることの有用さは、カメリオも理解はしている。しかし、カメリオも知って日が浅い恋心という感情を利用することが、彼の心の柔らかい部分を罪悪感で痛ませた。
「……こういうの、商会員なら慣れないといけないですよね」
「そうとも。君のようにトゥルース様を近くでお守りする立場ならば特に、だな」
 イフラースはカメリオの美しい容貌は、商会のため――延いてはトゥルースのために活用されるべきだと考えている。敵が多いトゥルースを守る手札は現状では少ないだけに、彼の盾となる立場のカメリオの手数は多い方が良い。そのためならば、自身が多少憎まれ役になることは、イフラースは厭わない。
「……勉強になります」
「何よりだ。君の容色の麗しさなら、島の外でも応用が利くだろうさ」
 少しぎこちない空気を纏ったまま、二人連れは市場へと足を踏み入れる。途端に浴びせられる自分だけでは肌に感じたことのない色めきだった眼差しに、イフラースは内心で苦笑した。
 イフラースがまとめる話を背後から聞きながら、店主の気さくな眼差しに目礼を返すのを幾度か繰り返したところで、カメリオはよく見知った橙色の頭を見つけた。
「ビオラ」
「カメリオ……!? 久しぶり、だね?」
 驚きのせいか、丸い目を更に丸く見開いたビオラに、カメリオは島の顔見知りに接する態度で言葉を継ぐ。
「イフラースさんの手伝いで、こっちに用があったんだ」
 少し素っ気ないかとはカメリオ自身思いもしたが、幼馴染みらしい態度で接してはビオラが周囲から嫉みを買うと思い至る程度には、カメリオも周囲の感情を読む思慮を身に付けている。
 ビオラも子供っぽいとばかり思っていた幼馴染みの意外な気遣いに、眉間に僅かな感心を乗せて頷いてみせた。
「そっか。みんながね、カメリオの顔を見たがってたよ」
「うん。えっと――こんにちは」
 他の店へと向き直り、挨拶をするカメリオに、黄色い声で挨拶が返ってくる。久しぶりに浴びせられる歓声にやや面食らいながらも、カメリオはぺこりと頭を下げた。
「えと、あの、カメリオ……君! 元気だった?」
「ああ、うん……そっちは?」
「あた、あたしも元気! すごい、今、元気になった!」
 普段は勝ち気な性格のその少女は、首まで紅潮した顔に混乱にも似た表情を乗せて、つっかえつっかえとカメリオに言葉を返す。その息遣いの端々に自身への好意が感じられることに、カメリオの胸の奥はちくりと痛む。
「うっ、ふぇ……っ、カメリオくん……っ、もう会えないと、思っ……」
 と、そこへ別の少女の嗚咽が割り込んだ。どうやらカメリオの姿を間近に見て、感極まったらしい彼女の背を、別の少女がさすっている。
 大袈裟だという言葉を呑み込んで、カメリオは涙を流す少女を慰めに掛かった。
「前みたいに見回りには来ないけど……また、来るから」
「うん……! ごめ、困らせちゃっ……うぇぇ……」
 泣かないでとあやすように言う少女も、カメリオへ盗み見るような熱い眼差しを向けている。カメリオは改めて、自身が同年代の少女たちと会話することが苦手だと、思い知らされた。
(まいったな……)
 これが同年代の青年から向けられる好戦的な眼差しなら、カメリオもいなすなり応戦するなりして応えることができる。だが、彼女たちがカメリオに向ける眼差しは、好意であり恋慕のそれだ。
 どうにかこの場を収める術は無いかと、額に薄っすらと汗を浮かべて思案するカメリオの脳裏に、ふと、トゥルースの顔を思い浮かんだ。いつも相手の胸の内側をくすぐるような言葉で、気が付けば彼の望み通りにその場を支配しているトゥルースなら、どんな言葉でこの場を切り抜けるだろうか。
「……君が、元気だと周りのみんなも嬉しいと思うし、俺も……嬉しいから」
 なんとかカメリオが紡いだ言葉に、涙を浮かべていた少女は、頬を濡らしたまま感激の表情を浮かべる。にわかに場の空気がひりついてきたのに、カメリオはしまったなと頬の内側を噛んだ。やはり、トゥルースのように気の利いた言葉で場を収めるには、カメリオには足らないものがあるようだ。
 対抗するかのように、自身がいかにカメリオを恋しく思っていたかと口々に訴え掛けてくる少女たちの怒涛の恋情に、カメリオは太刀打ちできずにいた。
「――それじゃあ、そろそろ行くか。まだまだ回る店はうんとあるからな」
 カメリオがまごついている間も、ビオラと何やら話し込んでいたイフラースが、ようやく声を掛けてきた。カメリオは幾許かの申し訳なさとほっとした心地が混じった顔で、イフラースの提案に頷いた。
「あっ、そうだカメリオ!」
 名残惜しむ少女たちのざわめきにぎこちない笑顔で応え、イフラースの背を追うようにその場を去ろうとしたカメリオに、今度はビオラが声を掛ける。いつもより目を丸くして振り向いたカメリオに、ビオラは身振りを交えて言葉を継いだ。
「エンサタさんが、いい加減帰って来なさいって言ってた!」
「……わかった!」
 伝言に応えるカメリオは、自身の頬の内側が、随分と乾いていることに気付いた。その代わりのように、カメリオの白い首筋は今までかいたことがない汗で濡れていた。
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