もう捕まらないから

どくりんご

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もう捕まらないから 

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 朝の日差しで目を覚ます。
 隣を見ると彼はまだぐっすりと眠っていた。起きる気配はしない。
 そっと彼にばれないようにベットから抜け出し、身支度をする。

 もうここを出ていく準備はひそかに進めていたことから済んでいる。

 あとは彼に最後の言葉を書くだけだ。
 最後の言葉を書くのは彼との別れをちゃんとしたかったから。
 これは彼女にお願いした私のわがまま。

 『さよなら』って書くだけなのに手が震える。なんとか書いたその四文字の言葉は私の涙でにじんでいた。

 荷物を持って歩き出す。扉の前につく。
 ごめんなさい。

「さよなら…」

 パタンと音が出て扉が閉まる音が後ろから聞こえたが振り返らない。
 涙をながし続けながら前を向いてひたすら歩いた。

☆★☆

「英知さんは私の婚約者なの。これからはもう近づかないでよね」

「えっ…」

 私、高橋美咲は普通のOLで26歳。

 そんな私は大学生の時知り合った桐生英知と付き合っている。
 英知は眉目秀麗という言葉が似合うサラサラな黒髪に綺麗な瞳。
 有名大学を主席で卒業できる程の頭の良さ。
 全てにおいてハイスペック。

 それに比べたら平凡な見た目。髪はサラサラではなく少し癖毛で目も大きい訳じゃない。そんな私が彼とつり合える唯一の点といったら頭の良さぐらいだろう。

 主席は取れたことはないが次席を譲ったことは一回もない。二人とも勉強のことに興味津々でよく討論をした。

 それから告白されてそこから始まっていった。
 
 彼はいわゆる御曹司というやつでそれに気づいたのは付き合って一年ぐらいだった。彼はよくモテたし「彼に近づかないで」という言葉は何回も聞いたことはあったはずだが、『婚約者』という話は聞いたことなかった。

 あの後聞いた話によると彼女も社長令嬢のようで彼と結婚の約束をしているらしい。婚約者がいるなんて話、英知からは聞いたことなんてなかったし初めは混乱したが直ぐに落ち着いた。

 『彼に婚約者がいてもおかしくない』

 そう思った。
 何に関しても完璧な御曹司に婚約者がいないはずないのだ。むしろ今まで疑わなかった自分にびっくりする。

 そもそもの問題で私が彼と付き合う?ことができたのは単なる遊びだと予想できる。遊びだからこそ適当な女で。頭がよくて状況が上手く理解できる面倒くさくない私を選んだのがわかる。

 嫉妬なんてない。

 むしろイケメン御曹司と付き合えて運が良かったと思えば良いのだ。
 ただ一言、私に彼が私との関係は『遊び』だと言ってくれれば良かったのにと思う。
 かれこれ数年の長い付き合いだ。
 隠し事をずっとされていたとなると少し悲しい。
 結構、いや かなり私は英知が好きだったから涙が出るのはしょうがないと多目にみてほしい。



 あの英知の婚約者ー沙保さんが私の実家付近の会社を紹介してくれた。
 逃げた日の次の日から早速仕事を始めた。皆優しくて楽しい職場だ。

 だんだん仕事に慣れてきて会社に勤めはじめて10日。
 帰り道。家がすぐ近くなため歩いて帰る。そう考えると沙保さんは結構いい人なのかもしれない。そんなことを考えながら歩いていると目の前に黒い車が止まる。
 
 何かあったのだろうか。
 首をかしげると車からおりてきた人にヒュッと息をのむ。


「…美咲」

 英知だった。あの顔にあの髪、間違えるはずがない。
 思わずバックを落とす。

「美咲。心ぱ…」

 英知の言葉を聞く前に走り出す。
 なんで追ってきたの?心臓がドクドクいっているのが聞こえる。一心不乱に走る。後先考えずに英知から逃げ出すことだけを考える。

 後ろを見ると英知が私を追ってきてるのが見える。

 沙保さんのことを思い出す。なんで婚約者がいるのに追ってくるの?遊びの私は放っておけば良いじゃん。
 彼とはもう一緒に居たくないの。
 好きになると辛くなるの。
 私はまだ苦しまなきゃいけないの?
 もう許して。英知も沙保さんも。
 

 私は貴方に



 もう捕まらないから



 
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